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少年と少女の日常

本日二話目の投稿になります。


 "落星の日"から十五年の歳月が流れた。

 その間、この世界では多くの事が起っていた。特に"落星の日"直後から数年の間は特にひどい物であった。


 生き残った人々は残されたわずかな食料や住む場所を奪うためならば誰かの命を奪う、外道に落ちてしまう人々で溢れかえった暗黒の時代が訪れた。しかし、そんな時代もすぐに終わり平穏を取り戻る事になる。

 人が生き残った世界では、新しい集団組織が形成されていった。


 かつて魔道工学で栄えた大陸では、星獣から人の生活圏を守るために魔道工学によってつくられた壁を形し、すこしずつ領土を取り戻し復興を遂げた、魔動機興国マシニア。

 かつて魔法によって栄えた大陸では、新たに生み出した魔法による障壁を形成し星獣を打ち滅ぼし、荒廃した大地を再生させ新たな秩序を作り上げ国として復興を遂げたアーゼレスト帝国。

 かつて様々な種族の共生によって栄えた大陸では、難民たちが寄り合い助け合い、小さな村々が集まりいつしか法と秩序を取り戻したセントレシア公国。

 今現在この世界に存在している主なのがこの三か国なのだが、各大陸には国に属さず小さな人々の集まる村や小さな町、それに集落がいくつも点在していた。

 そんな小さな村や町を守る存在として、世界では唯一国とは分けられた独立の機関として成り立っていた各種ギルド、その中で戦いを専門とした冒険者ギルドに所属する冒険者たちによって守られてきた。


 物語の始まりはセントレシア公国にある小さな村から始まった。


「アレン!アレン!どこに行ったの!!」


 うららかな日差しの差し込む朝、村にある小さな二階建ての民家の中ではこの家の主婦であるミアの声が響いていた。

 エプロン姿のミアは家の中を探し回り、ついに目的の人物が見つからないでいると家の戸を開けて誰かが入ってくる。


「まったく、あの子ったらどこに消えたのかしら?」

「どうしたんだいミア。さっきからそんなに大声を出して」


 そう尋ねながら家の中に入ってきた男は、この家の家長であるカシウスだった。

 カシウスは首にかけた手拭いで汗をぬぐいながら訪ねる中、呑気な夫の言葉に苦言を呈する。


「どうしたじゃありませんよ!あの子ったらまたどこかへ出かけて」

「良いんじゃないか?あのこの年頃なら遊びたい盛り出し」

「その通りですけど、出かけるなら一言くらい言ってほしいんです……あなたからも何か言ってください」

「仕方ないさ。あの子も十五歳。君だってその年ごろはいろいろと難しい年頃だっただろう?」

「それはそうですけど……それでも心配なんです!」


 分かっている子供の事が心配ではない親などいない。だけど、その想いが一方通行だとしても、それでもかまわないとカシウスは考えていた。


「ミア。もうすぐあの子も十五歳の誕生日だ。そうすればあの子も成人、大人だよ」

「分かっているわ……あの子に伝えるのね、あの事を」

「あぁ。あの子が選択したことなら、笑顔で見送ってあげよう。もしそれが私たちに出来る最後の事でも」

「そうね」


 カシウスとミアがやさしく抱き合う中、窓の外で部屋の中を伺っていた銀髪の少年がそっと去っていくのだった。


 ⚔⚔⚔


 四方を壁で囲まれたこの村には森に近い場所にある丘に見張り台が設置されていた。

 その見張り台の頂上では森の方をじっと見つめる老人が一人、そしてもう一人、銀髪の少年が寝転がり気ままに空に流れる雲を見ていた。


「ふぅあ〜、いい天気だなぁ~」


 呑気にあくびをしながら流れる雲の数を数えているこの銀髪の少年こそ、あの夫婦が探していた少年アレンだった。

 そんなアレンは暖かな日差しのせいで眠気に誘われ、ウトウトしていると隣から声が投げかけられる。


「アレン坊、お前さん、また何も言わずにここへ来たね」


 そう声をかけてきたのはこの村の猟師である老人でありアイザックは、アレンにとっては狩りと剣の師匠でもあり両親とは別に家族とも呼べる人物だった。


「いいじゃん。ザクじいも一人で暇してたでしょ」

「暇なわけなかろう」


 本来この見張り台はアイザックの持ち場であり、この場所に村の守護に必要な場所だからと基本的にアイザック以外の人物が立ち入ることは許されない。

 しかし、アレンは小さいころから何か嫌な事があったり、両親に怒られたりしたことがあったらいつもここに来ていた。

 初めのうちはアイザックに怒られ、無理やり下ろと降ろされたこともあったがいつの間にかアレンが来ても小言を言われることもなくなり、黙って招かれるようになっていた。

 そんなアレンはアイザックに背を向けて寝転がるのを見て、何かあったのかと思った。


「今日はどうしたんじゃ?」

「別に、なにもないよ」

「お前がそうやってふて寝するときは、たいてい喧嘩したか悩みがあるときじゃ。良いから話してみぃ」


 長い付き合いのアイザックはアレンの細かい態度の変化には敏感だった。

 ゆえに隠し事など意味がないのだと理解したアレンは、素直にここに来た理由を話しだした。


「なんだか最近、居心地が悪いんだ」

「あやつらと、喧嘩でもしておるんか?」

「いいや。でも、父さんと母さんが僕に隠し事してるみたいでさ」


 アイザックはアレンたち家族がこの村にやって来た時からの知り合いで有り、今でもこうして付き合いのあるため、あの二人が息子に隠し事をしていることなど想像できなかった。

 だが家族と言ってもどう取り繕ったところで所詮は他人、どれだけ深く愛しあっていたとしても心の中までは読むことができない。

 それにアレンが難しい歳ごろであることもまた事実。


「お前さん。深く考えすぎているだけじゃないのかい?」


 考えすぎと言われてムッとしたアレンが起き上がって文句でも行ってやろうかと思ったが、もしかしたらただの勘違いでかもしれないということも否定できないため、複雑な気持ちになった。


「ほっといてくれ。それよりも、また狩りに連れてってくれよ」

「露骨に話を変えてきおったな」

「いいじゃん、それよりやっぱりダメ?」


 起き上がりキラキラした目でアイザックを見つめるアレンに、大きく息を吐く。


「わしは構わんが、お前さんの両親に許可を得てからじゃぞ」

「了解です。その時はよろしく」

「ふふふっ。それと、下でお前さんを待ちかねているお嬢も連れてってやらんとな」


 アイザックが物見台の下を覗き込んでいるのでアレンもいっしょに覗き込むと、そこには両腰に手を当ててこちらを睨みつけている蒼髪の少女がそこに居た。

 ついでにその手にはいやらしく見せつけるように弓が握られている。つまり撃つということだろう。


「アレン・ガルシア!あなた、またこんな所でサボって!!」

「げっ、シエル……嫌なのに見つかった」

「ちょっと!嫌なのって誰のことよッ!!」


 青髪の少女シエル・ラミレスはアレンの幼馴染であり、赤子のころから一緒に居る家族のようなものだった。

 ここ最近、なんやかんや口うるさくなってきたシエルだが、今日は何で怒っているのか皆目見当がつかない。特にこれと言って約束をすっぽかした覚えもないし、なぜ怒っているのか本当に分からない。

 あの状態では確実にお説教は免れないと察したアレンは、この場からの逃走を選ぶことにした。


「アレン坊。なにしてるんじゃね」

「シエルの説教なんざ聞きたくらいから、逃げる」


 起き上がったアレンは側に立て掛けてあった二振りの剣を取って左右のベルトに下げる。


「ちょっと待っておれ、梯子を降ろしてやる」

「いいよ。いらない」

「なに?」


 梯子を抱えたアイザックが振り向くと、剣を腰に下げたアレンが見張り台の縁に足をかける。


「これ、待てアレン坊!」


 慌てたアイザックが手を伸ばすと同時期アレンがぴょんッと飛び降りる。

 慌てて身を乗り出したアイザックだったが、アレンは何事も無かったかのように見張り台の骨組みを蹴って地面に降りた。


「まったく、なんて身軽なやつじゃ」


 着地すると同時に呆れた顔でこちらを見下ろしているアイザックに手を振ったアレンは、ムスッとした顔のシエルを一瞥してから踵を返し脱兎のごとく逃げ出した。


「あっ、何で逃げるのよッ!」

「シエルが怒ってるからだろ!」

「だからって逃げるなッ!逃げるなら射つわよ!」

「そんなこと言って、ホントに射てるわけ無いだろ」


 叫びながら追ってくるシエルを無視して逃げ回るアレン、その姿にイラッときたシエルはプルプルと怒りに震えた。


「もう怒ったわ!怪我しても知らないわよッ!」

「えっ!?あっ、ウソ!?ごめん、やめてッ!?」


 キレたシエルの姿に恐怖したアレンは必死に謝ろうとしたが時すでに遅し、あぁなったら逃げるしかないと足を止めずに走り出す。

 走りながら弓を引いたシエルは問答無用で後ろから射られる。



「うわッ!?やめッ!?ごめんってば!!」

「謝ってももう遅いって言ったわッ!!」


 弓をかわしながらアレンはどうすればこの状況を打開できるかと考え、チラリとある方へと視線を向けてある考えが浮かんだ。

 しかしこの考えはとびっきりの愚策ではあるが、命には変えられないと最期の手段である村の中にまで逃げていく。


「フハハハハッ!ここならシエルも弓を射れまい!!」

「くぅ~、小癪な真似をッ!」


 村の中を逃げ惑うアレンは好きを見ては射られる矢をかわした。

 その途中、すれ違う村の住人からかわるがわる声をかけられていく。


「おやアレンくん。シエルちゃんと喧嘩でもしてるのかい?」

「坊主!さっさと諦めて謝っちゃいな~!!」

「シエル姉がんばれぇ~!!」


 次々に投げかけられる言葉を聞きながらシエルに追われているアレンはずっとこんな事を考え、そしてついにはその思いが一気に爆発して叫んでしまった。


「何で誰も僕の無実を信じてくれないんだよッ!?」

「普段からあなたが悪ふざけばっかりするからでしょうが!」

「してないだろう!ってか、何で追ってくるんだよ!僕が何したっていうんだぁッ!?」

「何かしたじゃないわよッ!あなたねぇ!今日、畑の水やり忘れてたでしょッ!」

「あっ……すまん。マジで忘れてた」


 畑というのはアレンの家とシエルの家が共同で作っている畑で、この村の中では畑は貴重な財産であり大切な収入源ともいえる。

 それをないがしろにしていたアレンが悪いと誰しもが思っていると、ついに切れたシエルは背中に背負っていた弓を手に取った。


「忘れたの今日だけじゃなく、昨日も、その前も!もっと言えばこの数週間ずっと忘れてるでしょうがッ!いい加減、反省なッ!」

「うわぁっ!?ごめん!許し、えっ、ちょっ、まっ、それはやめろぉおおおぉぉおぉっ!?」


 弓を構えたシエルが次の矢を構えると、矢じりに光が集まる。

 あれは魔法の光、シエルは魔法が使える付与魔法の光にアレンだけでなく、村の住人たちもまずいと思い一斉に非難を始める。

 ヤバいと目尻に涙を浮かべながら叫ぶアレンだが、シエルはそれで見逃すほど甘くはなかった。


「謝ってももう遅いって言ってるでしょッ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!?」


 弓につがえた矢が放たれると、アレンは剣を抜き放ち魔法の矢を受ける。

 こりゃ叶わんと村の人たちは一斉に隠れる中、隠れる場所もなくひたすらに逃げるしかないアレンは必死に謝り続けるのであった。


 ⚔⚔⚔


 その日は結局一日中逃げ回る事しか出来なかったアレンは、次の日の早朝、夜明けとともにやってきたシエルにより連行され、今までサボっていた畑仕事を一人でやる羽目となった。

 もちろん草むしりから野菜の選定、水やり等々。それをたった一人で、しかも共有の畑という事でそれなりに広い畑すべての作業が終わるまで休憩はもちろん食事も無し。

 いくら身体を鍛えようが疲れる物は疲れるし……長時間の中腰はかなりきつい。


「シエルぅ~、ちょっとくらい休憩──」


 タンッとアレンのすぐ側に矢が突き刺さった。


「ごめぇ~ん。なに言ったか聞こえなかったんだけど、もう一回言ってもらってもいいかしら?」

「いっ、いいぇ!何でもございません!?」


 にっこりと笑顔を浮かべながら次の矢をつがえるシエルさん、その目は笑っていないどころか次は当てると確実に殺意が込められていた。

 裏返った声で言葉を帰したアレンは今まで以上に真面目に作業に没頭した。

 一瞬でも手を止めれば弓で射抜かれる、シエルのあの目は本気だ!

 一瞬でもさぼろうと思えば容赦なく脳天に矢を射抜かれて天へと召される!!


 命は惜しいので、黙ってモクモクと作業を続ける。

 だってまだ死にたくないんだもの!!っと心の中で誰に弁解するでもなく、アレンは死に物狂いで今までのサボりを挽回する如く働いたのであった。


 極論、サボるなと言われればそれまでだろうが、一度サボりぐせがついた人は早々治ることはないので、アレンはまた近いうちに必ずサボると、シエルは予想するのであった。


 ⚔⚔⚔


 夕方になりようやく作業も終わったころ、アレンは精魂つき果て畑の側であおむけになって倒れていた。


「うぇへ~、死ぬ……マジで死ぬ……疲れた」

「あなたねぇ。こうなるのが嫌なら、サボらずに毎日世話しなさい」

「それだと剣の稽古が──」


 アレンが何かを言い切ろうとしたその時、シエルの手が銀色の光と共に振るわれた。


「稽古が、なに?」

「ごめんなさい。何でもないです!!」


 反論しようとしてアレンは途中でやめた。

 決してシエルに解体用のナイフを首筋に当てられたからとか、その目が笑っているはずなのに殺気を宿していたからとかではない、絶対にないのだ。


 降参の意味を込めて手を挙げたアレンの姿を見てシエルがナイフを戻すと、もう一度寝転がったアレンは日のくれた空を見上げた。

 空には家族で巣に帰るのか、鳥の群れが飛んでいた。


「畑も良いけど、こんな時代だし多少は剣が使えたっていいだろ」

「なぁ~にが多少は~よ。村の大人にも負けない剣の腕をしているくせに」


 寝転がって体力が回復したのを確認してから立ち上がったアレンは、側に置いてあった剣を掴みとると鞘から抜き放って構えて見せる。

 やはり剣を握っていると落ち着く。と思っていると、そんな姿を眺めていたシエルが問いかける。


「まったくさ。毎日剣を振って、どこかの国で冒険者にでもなる気?」

「あぁ~そんなの考えたことは無いけど、それもいいかもな」

「心配ねぇ~。あの弱虫アレンが冒険者なんてやっても、その日のうちに死ぬんじゃないの?」

「はぁ、いつの話だよそれ?」


 確かに昔はそんなあだ名をもらった事があるが、今ではそんな事ないのにと心の中で思っているアレンは抜身の剣を鞘に戻してから地面に腰かけたシエルへ手を差し伸べる。

 差し出された手を取り立ち上がるシエルは、側に置いてあった矢を手に取ると家への帰路へと着く。

 夕焼けに染まる村の中を歩きながらシエルはアレンの横顔を見ながら話しだす。


「そう言えば、アレン。もうすぐ十五歳の誕生日よね」

「えっと……そうだけどそれが?」

「もう成人だし、お互いそろそろ伴侶見つけなきゃね。誰かいい人いないの?」

「お前は僕のお母さんか!」

「保護者って点では同じね」

「否定しろよ。ってか、いるわけないだろ!この村、僕ら以外だとまだ一桁の子供しかいねーよ!」


 この村の若者で一番上は今の所アレンとシエルしかいない。

 もともと近隣の村々でもあの大災害”星振りの夜”いこう子供の出生率が著しく低下し、子供が減ったと聞いた事があった。それにこんな小さな村ではろくな仕事が無い。

 なのでアレンたちよりも上の世代は皆、成人と共にここよりも大きな町へと出て行ってしまった。

 ゆくゆくは二人もこの村を出て大きい街に、なんていっときは考えていたこともあったがなんやかんやでこの村を離れようという気にもなれず、成人後の進路など未だに考えられていなかった。


「それじゃ、お互いもうしばらくは独り身ね」

「村をでなけりゃそうだろうな」


 お互いがお互いを相手として意識していない。

 そんな会話を聞いていた村の人たちは、老婆心ながら何かしてあげなければと考えるようになってしまっていたが、結局今の関係が一番二人らしいのだろうという結論になり、誰しもが温かく見守る事にした。

 それに今のこの村の人たちの話題は、あの二人ではなく別にある。


「ねぇ、兄ちゃん、姉ちゃん!聞いて聞いて!」


 帰ろうとしていたアレンたちの元に駆け寄ってきた少年、名前をクルトという彼は興奮しながら二人に話しかける。


「ん?なんだ、どうしたんだよクルト?」

「あのね、さっきすっごい綺麗な姉ちゃんが来てたの!たぶん村に越して来たんだ!」

「綺麗な姉ちゃん?……あぁ、それでなんかいつもより村が騒がしかったのか」


 田舎と言ってもいいこんな村に好き好んで移住するとは、ずいぶんと物好きな人たちもいた物だと思う一方で、もしかしたらどこかの村から逃げてきたのではないかと、アレンは考える。

 星獣被害で逃げてきた近隣の村の住人、だとすると大変なことになると考えていると、シエルがこっちの顔を覗き込んでいた。


「何だよシエル、そのゲスを見るような目は?」

「美人って聞いて、目の色変わったからね。イヤらしいわね」

「いや、変わってないだろ?」

「はっ。どうだか」


 なぜだかシエルに白けた目を向けられることになったアレンは、どうにか誤解を解くためにあれよこれよと説明してどうにか納得してもらう事が出来た。

 さて、そんな話をしている我が家が見えてきた二人は、簡単に挨拶して家の中に入っていく。


「ただいま───あれ?父さん?母さん?」


 いつもなら誰かいるはずの我が家からは声も帰ってこない。それどころか家の中に人の気配が全く感じられない。

 二人とも出かけているのかと思いながら家の奥へと進んでいくと、食卓の上に置手紙があった。


 ——アレンへ。お父さんと村長の家へ行ってきます。遅くなるので夕飯は先に食べてください。


 簡素な手紙を読んだアレンは、いないなら仕方がないかと思いながら暗くなってきた我が家に明かりをつけている。

 カシウスとミアが村長に呼ばれたという事は、仕事の事かあるいは新しくこの村に来たという人たちが関わっているのか、まぁそんな所だろうと考えていると、不意にぐぅ~っと腹の虫が鳴ってしまった。


「夕飯、なんだろ」


 とりあえずお腹を減らしたアレンは母が作ってくれた夕食を一人で食べてから少しの間外で剣を振っていたのだった。


 ⚔⚔⚔


 その頃村長宅では、急な呼び出しを受けたカシウスとミアが尋常ならない面持ちで村長の話を聞いていた。

 もちろんこの場にいるのは二人だけでなく、この村に住む比較的若い大人たちは全員、その表情は二人と大して変わらない。


「───以上が彼らの置かれている状況だ、こればかりはわし一人の判断は出来ぬ。皆の考えもきかせてもらえたい」


 集まった全員の意見を聞こうとする村長の側には、この村では見かけない若い男女の二人と、その後ろに数人の男が控えている。あれはどう見てもただ者ではないと、全員が思っている。

 女の方はまだ年若い、それこそ成人しているかどうかも怪しい黒髪の少女と言ってもいい見た目だが、その隣に居る男は年が分からない。その理由は顔を隠すように付けられた仮面のせいだ。

 なぜ顔を隠す必要があるのかは分からないが、顔を見せない相手を信用できるのかという疑問が残っている。

 だがそれでも、まだ年端も行かない子供がずっと旅をしてきた。それだけの覚悟がある事もわかってはいるが、それだけで決めることはできない。


「今のお話は本当なのですか?」


 会議に集まっていた大人の一人が手を上げて仮面の男に訊ねると、男の側に控えていた黒髪の少女が肯定した。


「はい」

「それが本当なら君たちをこの村に置いておくわけにはいかない。早々に立ち去ってもらいたい」


 その言葉に少女は顔をしかめると、仮面の男が少女をさがらせるとそのまま前に出て頭を下げた。


「こちらの事情に巻き込んでしまって申し訳ない。我々は早朝にでも立ち去りますがどうか今日一日だけ、この村への滞在を許していただきたい」


 頭を下げる男にみんなは困惑していた。

 聞いた話の重大さは皆理解できている。一晩だけ、そう言われてももしもの場合は責任を取ることも出来ない。

 誰しもが言葉を言い淀む中、ひと際大きな巨漢イオ・ラミレスが前に出ると、仮面の男を見下ろしてから今度は隣の少女、更にはその後ろに控える者たちを順に一瞥してから答える。


「お前たち歳は幾つだ?」

「私と彼は十五、他の者は上が十七で下が十二です」


 若いと思っていたが、成人間直の子まで居るとは思っていなかった。そんな子供たちだけで、遠い地よりここまで旅をしてきたと知ったカシウスたちは、しばし言葉を失った。

 そんな中イオは苦虫を噛みしめたような顔になる。


「家の娘と変わらないか……村長、俺は賛成だ」

「イオさん!」

「ガキ見捨てるなんざ、大人のやることじゃねぇ。母さん、それでいいか?」


 そう尋ねるのはイオの妻ライラ・ラミレス。彼女は、夫の言葉にうなずく。


「私は構わないわ。それに、若い子がいてくれる方が何かと便利でしょ?」

「便利って、ライアさん。あんたこの子らを居座らせる気か!あんたも知っているだろ、星獣は一度狙った人間を逃がさない!」

「彼らが居ると今度はこっちが襲われるんだぞ!」


 彼らはアーゼレスト帝国から旅の途中、星獣に襲われ命からがら逃げおおせてきた。

 星獣は群れを成すことが無いが、一度獲物と見定めた相手をどこまでも追いかけてくる習性を持つ。今までは手持ちの食糧と野宿をしていたそうだが、食料も底を付き、こうしてたどり着いたのがこの村ということらしい。


「だとしても。私はこの子たちを受け入れるわ。これで二人よ。後いないかしら?」


 ライラの問いかけに数人が賛成に手を上げたことによって、賛成多数で彼らの滞在が決まったが、もしも星獣が現れた場合は彼らをすぐに村から退去が条件ということになった。


 集会も終わり、彼らのための家はまだ用意できていないという理由から、集会に参加していた人たちの家へ厄介になる事が決まった。

 簡単に説明すると少女は年頃の女の子がいるという事でラミレス家が、仮面の男──ではなく、少年はガルシア家へと引き取られ、ほかのみんなもそれどれ別の家へと連れて行かれる。

 無言で歩いてくとふと、ある事を思い出したカシウスが仮面の少年に話しかける。


「今更で申し訳ないんだが。君の名前を教えてくれないかな?」

「……フレンです」


 短くそう答えた仮面の少年フレンは、そのまま口を紡ごうとしたがそこにすかさずライラが続ける。


「フレン君ね。あなた、お腹はすいてるかしら?」

「えっ、あっ。はい」

「そう!お夕飯、まだ残ってるとは思うのだけど、何か食べたいものはあるかしら?」

「そんな、泊めて頂くだけでも感謝しているのに、これ以上お世話になる訳には」

「気にしないの。それに、あなたと同じ年の息子もいるからたくさん作るのは慣れてるの」


 フレンが遠慮気味に断ろうとするが、それを許せないライラが有無を言わさずにフレンが食べたいと思う物を聞き出し、今日は無理でも明日の夜には作ることを約束した。

 そんなこんなで我が家にたどり着くと、家の中からアレンが出てきた。


「お帰り父さん、母さん。随分遅かったね」

「色々あってね。それはそうと、夕飯ってまだ残ってるかい?」

「あぁ。まだあるよ、ってかその人だれ?」


 アレンは二人の後ろにいる見慣れない少年について尋ねると、ミアがその問いの答える。


「わけあってしばらくの間、この村に滞在するフレン君よ」

「ふぅ~ん、珍しいね………まぁいいや。僕はアレンよろしく」

「フレンだ、しばらく厄介になる」


 アレンがフレアに手を差し出すと、その意図を察したフレンも手を差し出し握手を交わした。



 この日、この夜からアレンの運命は動き出す。

 だがまだ誰もその事は知らない。

 

ストックをだしつくすまでは一日一話更新いたします。


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