衛士隊
アレンが目を覚ましたのは、本当についさっきのことであった。
殴られた直前、顔に闘気を集めて集中的に強化したことで骨などは折れなかったが、殴り飛ばされ倒れた拍子に頭を打って気を失っていた。
目を覚ましたアレンは周りの状況を確認した。
ヴァルドが倒れ村長が冒険者に押さえつけられている。そしてシエルの方を見てアレンは頭が怒りで真っ赤に染まった。
「暴れるなって、すぐに気持ちよくさせてやるからよ」
シエルの上にまたがるウォーレスが服へと手を伸ばそうとした瞬間、アレンは立ち上がると同時に緋色の剣を抜き放った。
「おい、汚い手でシエルに触んじゃねぇよ」
緋色の剣に炎を宿し灼熱と化した剣を振るうと、ジュッと音を立てて鼻を突く肉が焼ける匂いが届くとバタリと伸ばされようとしていたウォーレスの腕が床に落ちる。
シエルが床に落ちた腕に吸い込まれ、ウォーレスが切り落とされた腕と自分の腕があった場所を何度か見てから叫んだ。
「グゥォオオオオオオオォォォォッ!腕っ、腕がぁぁぁぁああぁぁぁッ!?」
「うるせぇな、お前に叫ぶ権利なんてあるわけねぇだろ」
シエルの上にうずくまるウォーレスに闘気をまとった蹴りで吹き飛ばした。
吹き飛んでいった先の壁が壊れたのを見て、少し冷静さを取り戻したアレンはやりすぎたかもしれないと思ったが、大目に見てもらおう。
踵を返しシエルの側で身体を屈めたアレンがそっと語りかける。
「悪いシエル、ちょっと気失ってた」
目を開きこちらに顔を向けたシエルと目があった。
アレンはそっと手を伸ばすとのシエルが手とアレンの顔を交互に見てから優しく微笑んだ。
「遅いわよアレン」
「間に合っただろ、許せよ」
伸ばされた手を握って立ち上がったシエルはそのままアレンの身体に抱きついた。意外なことに目を見開いたアレンだったが、シエルの身体が震えているのを見てそっと抱きしめた。
「珍しいな。シエルが怖がるなんて」
「私だって女よ。怖いものだってあるわよ」
シエルの身体を抱きしめながら落ち着かせようとしていると、我に返った冒険者たちが一斉に叫んだ。
「あのガキッ!兄貴を斬りやがったッ!?」
「もう構うことねぇ、ぶっ殺してやるッ!!」
冒険者が二人、アレンとシエルの方へと向かってくるのを見ながら、アレンはシエルの背から手を離して鞘に収まっている紺碧の剣を僅かに抜いた。
「うるせぇな」
鞘から覗いた紺碧の刀身が輝くと、吹き荒れる吹雪が冒険者二人の身体を凍てつかせた。剣の輝きが消え吹雪が止むと、そこには立派な氷像が二つ出来上がっていた。
全身を氷で覆われた男たちの行く末はゆっくりと身体の熱を奪われて死んでいくか、あるいは窒息死のどちらかだろう。
「なぁシエル。こいつらどうする?」
「どうするって、どうする気なのよ」
「簡単なことだ。このままこいつらを粉々に砕いてやるんだよ」
シエルを離して開いた壁の方へと歩み寄ったアレンは、真紅の剣を鞘へと収め変わりに紺碧の剣を抜き放きながら、自分の開けた穴をくぐった。
「死ね、ガキッ!」
声を上げて振るわれるウォーレスの剣、振り返りながら紺碧の剣を掲げて受け止めるとアレンは紺碧の剣に冷気をまとわせる。
「凍てつけ」
紺碧の剣と触れていた剣に霜が付き始めたかと思うと、一気に剣が凍りつき握りしめていたウォーレスの腕ごと凍らせた。
ウォーレスの口から驚きの声が響くと同時にアレンが紺碧の剣を押し返し、体勢が崩れたところで鞘から真紅の剣を抜き放って凍りついた腕を斬り落とすと、蹴りを与えて床に転がした。
立ち上がろうとするウォーレスの首元にアレンが剣を突きつけた。
「二度も殺しに来たんだ、殺されても文句はねぇよな?」
「やっ、やめてくれッ!?しっ、死にたくないッ!?」
「知らねぇよ」
真紅の剣を頭上に掲げその刀身に炎を宿した灼熱の刃を振り下ろし、ウォーレスの首を落とそうとした。真紅の刃が振り下ろされたその時、静止の声が響き渡った。
「やめろアレン!」
響き渡った声に剣を止めたアレンは、振り下ろした剣を引いて踵を返した。
「なんで止めるんだよおっちゃん」
「当たり前だバカ、この男は魔獣密猟の重要な証人だ。捕まえて取り調べを受けさせる」
「だけど、こいつはシエルをッ!」
「分かってる。その件も含めてだ。こいつら人身売買までやってやがるみてぇだ。こいつは国からかなりの謝礼が出るぜ」
ヴァルドのセリフの意味がわからないアレンは、取り敢えずウォーレスを動けないように氷の氷像に変えてからシエルに事情を尋ねた。
それでようやく言葉の意味を理解したアレンは、そういうことならと全部ヴァルドに任せることにした。
「よっし、そうと決まれば俺は外に奴らにも伝えてくる。お前らは村長の家片付けておけよ」
「えっ、マジかよ~」
部屋はウォーレスが暴れたせいで荒れ果て、これを片付けるのは苦労しそうだと思った。
「アレン、あんたが斬って砕いた腕はちゃんと処理しなさいよ」
「わぁーってるっての」
ここはやっておくからと村長にも部屋を出てもらい、掃除を開始することにした。
ちなみに氷漬けにされていた冒険者たちは邪魔だったので、一度氷を溶かしてから息があることを確認して両腕と両足を念入りに砕いたのち再度身体を氷漬けにした。
ついでに叫ぶことも出来ないように氷で唇を凍らせておいた。
⚔⚔⚔
部屋の片付けをしながらアレンは壁に空いた穴をどうするかを悩んでいた。
「なぁシエル。この壁どうする?」
「後で私が魔法で塞いでおくわ」
椅子の残骸を片付けながらシエルが答えるのを聞いて、それなら任せるかと思ったアレンは壊れた壁の破片を集めているとふとこんなことを思った。
「そういやぁ、こんだけ騒いでるのに誰も踏み込んでこなかったな」
「言われてみれば……たしかにそうね」
ウォーレスを蹴り飛ばしたときそれなりに大きな音を立て悲鳴も上げていた。
家の壁がそんなに気密性が高いはずもないのでなぜだろうと考えていると部屋に誰かが入ってきた。二人が振り返ると、そこにはご機嫌な様子のヴァルドが立っていた。
「お前ら、掃除終わったか?」
「おっちゃん……一応、大方終わらせたぞ」
「よし、そんならお前らも来い。打ち合わせするからな」
打ち合わせっていったい何するんだと思いながら村長宅から外に出ると、アレンたちは目の前に広がっている光景に驚いた。
「うわっ、なんだコレ!?」
「えっ、おじさんたちがやったの?」
驚きながら声を上げる二人の前に広がっていたのは、グッタリとした様子で護衛たちに縛り上げられている冒険者たちの姿だった。
いくら酒を飲んでいたからとは言え数では劣る相手にこうもあっさりと倒されるのか、そう思いながらアレンは足元に転がっていた盃を手に取った。
スンスンッと鼻を鳴らして匂いを嗅いでから底に残っていた酒を指につけて味見すると、アレンはなんとも微妙な顔をしていた。
「どうしたのよ、アレン?」
「この酒、中に何か入れてある。多分塩かな?」
果汁酒のはずなのになんか塩っぱいと思いながらアレンはコップを投げ捨てると、側で冒険者の一人を縛り上げていた護衛仲間が答えた。
「酒と砂糖を混ぜてある。酔いやすくなるってんで、やなやつと飲むときに便利なんだぜ」
「良いこと聞いたな。今度試すよ」
「ちょっとアレン、そのためす相手って私じゃないでしょうね?」
「正解。良く分かったな」
「あんた……良い度胸してるじゃない。ぶっ倒してやるわよ」
シエルに睨まれてもアレンは涼しい顔をしていた。
「オメェら痴話喧嘩してねぇでこっち手伝え。さっさとしねぇと起きちまう」
「へい、へぇ~い」
「はいはい。わかりました」
返事をしながら二人も酔いつぶれた冒険者を縛り上げ、起きても暴れられないようにと肩の関節を外してから手足を縛る。その後、シエルが叫び声を上げられないように口を氷で塞いでおく。
縛り上げた冒険者たちはまとめて乗ってきた馬車に押し込めておく。
「これでいい。後は事前に呼んでおいた衛士隊が来るまで見張れば良い。お前ら戻ってきたばっかで大変だっただろ、先休んでていいぞ」
ヴァルドにそう言われたアレンとシエルは、その言葉に甘えて休もうと借りている家に戻ることにした。
戦いが終わったらすぐに野営して交代で治療と見張り、帰ってきたらいきなり冒険者と戦うことになったためもうクタクタ、体力も限界だったので早く休もうと話しながら歩いていく。
「さすがに疲れたな」
「そうね。衛士隊も明日には来るって話だし、夕食まで少し休んだら今日は早めに寝かせてもらいましょ」
「だな……ってか、休めるってなったら一気に眠気が押し寄せてきた。ふはぁ~ッ、マジで眠ぃ」
欠伸を噛み殺しながら歩いていく二人は前から慌てて走ってくる少年の姿を見つける。
「おい、お前ら無事だった───グヘバッ!?」
手を振りながら走ってきた少年 レンは、奇妙な声を上げて吹き飛んでいった。その理由は、シエルが放った魔力弾を腹にまともに受けたからだ。
吹き飛ばされたレンは魔力弾を受けた腹を押さえながらのたうち回り、痛みが引いたところでジッとその様子を見下ろしていた二人に叫んだ。
「シエル!?おまっ、なにするんだよいきなりッ!?痛ってぇだろうがッ!?」
「うるさいわね。初日だけ来て後はまったく様子を見に来ないやつへの仕返しよ」
「ついでに僕からも一発良いか?食料やテントやら持ってきてもらったのは感謝するが、野菜だけで塩もなし、テントも一つしか持ってきてなかったことへの八つ当たりで」
握りしめられた拳に闘気の輝きを宿したアレンを見てレンが後ずさった。
「やめろバカ、そんなんで殴られたら死ぬっての!?」
「大丈夫、ふっとばすだけで死ぬわけじゃねぇから」
後ずさるレンを前にしながらアレンは前へと踏み込んだ。
「やめ───あぁぁあぁああああ―――――――ッ!?」
アレンの振り上げた拳がレンの身体に突き刺さると、その身体がくの字に折れ曲がりレンの身体が持ち上がると、拳が振り上げられると同時に身体が空へと押し上げられる。
空中に押し上げられ吹き飛ばされたレンの身体は、とてもきれいな放物線を描きながら地面へと落ちていった。
ガクッと倒れたレンを前にまるでホコリでも払うかのようにアレンは手を叩いた。
「痛くねぇだろ、殴ると同時に闘気で吹き飛ばしただけなんだからさ」
「うっ……たしかに、痛くはねぇけどなんか痛えよ」
「頼んだもん中途半端に持ってきたバツだ。んで、何しに来たんだ?帰ってきたから声かけたってんならもう行くぞ」
そうアレンが声を掛けると、起き上がり自分の体についた土汚れを払い落としたレンは、自分のことをジッと睨み付けている二人のことを見つめ返した。
「一つはお前らが無事だったって確認するためだ。やりあったって聞いたからな」
「見ての通り、シエルはちょっと泣いてたけど」
「レンの次はあなたに矢を射ってやろうかしらね」
「事実だろ?」
弓を握り矢に手に掛けようとしていたシエルだったが、アレンからそう指摘されると矢から指を離した。
「もう良いか、休みたいんだけど」
「あぁ……いやもう一つだけ、リンのことなんだが」
リンの名前が出たことで二人の視線が鋭くなった。
「リンがどうかしたの?」
「変なことはねぇけど……あいつ、俺たちと一緒に村を出るってさ」
レンの言葉に二人は耳を疑った。
あれだけこの村にこだわっていたリンが村を出る決心をした、いったいどんな心変わりが有ったのかとレンに問い掛けた。
「あいつが心変わりした理由は俺にもわっかんねぇ。けど、村を出た後はお前らと一緒に衛士隊に入りたいんだとさ」
「衛士隊って、またなんで?」
「だから、俺に聞くなって!───でも、あいつなりに色々と考えた結果みてぇだぜ。ばっちゃんたちを守るためにはこれしかないってな」
レンのその話を聞いてアレンも、そしてシエルも似たような想いを抱いていた。
二人が衛士隊を目指している理由も、星獣被害から故郷を守ることが目的だったからだ。だから、リンが衛士を目指した理由もなんとなく理解することができた。
「そっか……あなたはどうするつもりなの?この村を出た後のこと」
「俺か?前も言ったが、俺はやっぱり冒険者……って考えてたんだが、村長やお前らを殺そうとした奴らがいる冒険者なんざ、こっちから願い下げだ」
「………だったらどうするんだよ。このまま、おっちゃんの商会で護衛として雇ってもらうつもりか?」
「それも魅力的なんだが、俺が守る戦いなんざ向いてねぇ」
たしかにとアレンとシエルは揃って頷いていた。
レンはジッと護衛をするほど気が長くはない、ならば王都に行って何をするのかと尋ねるとレンはニヤリと口元を吊り上げて答えた。
「そんなわけで、俺もお前らと同じ衛士隊に入ることにしたぜ」
「はぁ?お前は無理だろ、諦めろ」
「やめときなさい、あなたは無理よ」
「揃ってダメ出しすんな、俺でも傷つくんだぞ」
真面目な顔をしてダメ出しをする二人に対して、同じく真面目な顔そして反論したレンはすぐに表情を崩して告げた。
「良いんだよ。俺はただ、大切な妹を一人になんざできねぇってだけだからな」
「レン……お前」
「それに衛士隊に入りゃあ、仕事で綺麗な姉ちゃんとお近づきになれるかもしれねぇだろ!?」
いい笑顔で言い切ったレンは、次の瞬間アレンとシエルの拳を受けて本日二度目の空の旅を楽しむのであった。
⚔⚔⚔
レンをノックアウトしたアレンとシエルは、一時間ほどの仮眠を取った後ヴァルドと明日衛士隊がついた際の打ち合わせをしてから休んだ。
二日後の昼過ぎ、衛士たち一行が村へとやってきた。
そしてアレンは衛士の一人と激しい斬り合いをすることになった。




