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完治、そして敵対

 傷ついた白い魔狼の子供を預かり、治療を始めてから三日が経った。

 いつ死ぬかともわからないほどの深手を負っていた子狼の怪我は、シエルの適切な治療と治癒魔法によって思いの外速く治っていった。しかし、一度は腐りかけていた足、薬を塗りながら様子を見た。

 そんな感じで三日目の朝、テントの前で朝食の用意をしていたアレンは遠い目をしながらつぶやいた。


「なんつぅ~か、つい昨日までは死にかけてたはずなのにたった一日でここまで元気になるものかね?」


 遠い目をしているアレンのすぐ後ろでは、白い子犬がテントの天幕を引っ掻いて破いて、骨組みを噛み砕いて遊んでいた。

 二日目の夜辺りから起き上がれるようになっていた子狼だったが、怪我をしていた足にまだ力が入らずに震えて何度も倒れていた。

 この調子ならあと二三日の間に歩けるまで回復しそうだと眠る前に話したのだが、今朝起きたと同時に目の前に広がったのがこれだったわけだ。


「さすがは魔獣、回復力だけは人以上だけどそんなに壊すなよ」

「うぅ~ワン!ワン!」

「返事はいいんだよ、返事は」


 バキッと音が鳴ったかと思うとテントが倒れた。

 ついにやったかと思いながら立ち上がったアレンは、壊れたテントの中で暴れている子狼を押さえながらナイフを抜いた。もうボロキレとなってしまったテントの天幕を切り裂くと、切れ込みに手を入れて中から子狼を引きずり出した。


「ったく、暴れすぎだ。大人しくしてろ」

「くぅ~ん」

「甘えた声出すなよ、ったくご飯もうすぐ出来るから大人しく待ってろ」


 子狼を脇に抱えて焚き火の側にやってきたアレンは、膝の中に子狼を座らせて鍋のスープの味を見る。


「うん。こっちはいいな、後はシエルが帰ってこれば───」

「ちょっ、アレン!?テントどうなってるのよ、倒れちゃってるじゃない!?」


 アレンの言葉を遮るように帰ってきたシエルの叫び声を聞き、首だけをそちらに向けたアレンは絶句した様子のシエルと目があった。

 そうなるのも無理はないのでアレンは元凶となった子狼の首根っこを掴んでそちらに向ける。


「こいつがテントの支柱を噛み折りやがったんだよ」

「あぁ~、天幕があんな事になったからいつかはやると思ってたけど、まさかこんなに早くやるとは………」

「もう完全に直せないし、村に帰る前に焼いちまおうぜ。荷物が減って楽になるし」

「そうね………まぁ、今はご飯にしましょ、あなたのご飯も取ってきてあげたわよ」


 シエルはアレンに捕まっている子狼に獲ってきた鳥を置いた。鳥を見た子狼は尻尾をバタバタと降り出したので、手を話してやると一目散に駆け寄って食べ始めた。

 食欲も完全に戻っているので、もうこれで安心かもしれないと思った二人は自分たちも朝食にすることにした


 朝食を終えて片付けをしていた頃、口元を真っ赤に染めて満足そうに丸まって寝ている子狼の診察をしたシエルは、足の具合からこれ以上の治療の必要はなさそうだと判断した。


「今日、この娘を群れに返そう」

「うん。そうね」


 片付けをしていた二人はガサッと木々が揺れる音を聞いて立ち上がったが、茂みから出てきたのは見張りとしてついてきた魔狼と、白い魔狼だった。

 子狼が歩き回れるようになったのを見て、どこかに行ったとは思っていたがまさか親を呼びに行っていたとは思わなかった。


「アン!ワォーン!」

「くぅ~ん」


 子狼が白い魔狼の側に駆け寄り嬉しそうに周りを駆け回り、母親である白い魔狼に身体をこすりつけて甘えている。

 白い魔狼も顔を子狼にこすりつけて、愛おしそうに顔を舐める。

 親子のふれあいを眺めていた二人は、揃って良かったと呟いている。

 すると、二人の視線に気がついた白い魔狼が子狼を引き離すと、二人のところへと歩み寄ってきた。


「約束通り、あなたの子供は治したよ、もう人里には近づかないでね」

「ウォン!」

「分かったって言ってるのかな?」


 シエルの問いかけに対して白い魔狼がコクリと頷くと、白い魔狼が一声吠えると別の茂みの中から別の魔狼が二匹現れる。

 現れた魔狼のその口には何かが咥えられている。

 二匹の魔狼がアレンとシエルの前にやってくると、咥えていた物を二人の前に置いた。


「お礼の品ってことかしら?」

「そうかも………しかし、なんだろうなこれ」


 二人の前に置かれたのは拳ほどの大きさの黒い鉱石のようだが、鉱石のことはよくわからないので断言はできない。

 鉱石を置いた魔狼たちが下がったので、それを手にとって見てみた二人は魔狼たちの好意を受けとることにした。


「これはありがたく受け取っておく」

「ありがとう」


 二人が受け取った鉱石を大切にしまうと、白い魔狼はコクリと頭を下げてきた。御礼の品に頭を下げることも出来るのかと、改めて魔獣の知能の高さに感心する。


「じゃあ、元気でね」

「もうここには近づくなよ。群れで別の場所に迎え」


 コクリと頷いた白い魔狼は、フラフラっとどこかへ行こうとした子狼を咥えると群れの方をひと目見て走り出した。

 群れのリーダーである白い魔狼を追って他の魔狼たちも走り去っていく。

 森の中から魔狼たちの気配がなくなったのを確認したアレンたちは、これでこの森にも平和が訪れるだろうと思った。


「さぁって、これにて一件落着。片付けて僕らも帰ろうぜ」

「そうね。流石に疲れたわ」


 魔狼たちがいなくなったのならここに留まる理由もない。

 キャンプ地の後片付けをし、荷物をまとめたアレンたちは日が暮れないうちに村への帰路につくのだった。


 ⚔⚔⚔


 森を歩き村へと帰ってきたアレン達は、何やら村の中が騒がしいなと思いながらキャラバンのみんなに戻ってきたことを伝えることにした。


「おぉ~い、ただいまぁ~」

「帰りました~」


 キャラバンのキャンプ地で何やら話し合っていた商人や護衛仲間たちに声をかけると、一斉にこちらに視線が向けられた。


「アレン!シエル!お前らちょうどいいとことに!」

「大変な事になってるわ!」

「こっち来て!!」

「えっ、なに!?」

「ちちょっ、なんなの!?」


 大人たちに手をひかれでどこかへと連れて行かれる二人は、なにがなんだかわからず理解が追いつかない。

 連れて行かれた先にはヴァルドたちが乗っていったはずの馬と見慣れない馬車が数台、停まっていた。

 馬車の周りには酒をのみながら騒いでいる鎧の男たちの姿を見て、なぜここ気連れてこられたを察したアレンは護衛の一人の方を見ながら声をかけた。


「あの馬車……冒険者が来たのか」

「その通りだ。んで、今村長のところで交渉をしているってわけだ」


 それを聞いた二人はやっぱりそうだったかと思いながらも、ここにつれてこられた意味もだいたい想像がついた。


「僕らは証人で呼ばれたわけね。なか、入っていいの?」

「おう。ちょっと待ってろ確認スッから」


 護衛に男が中にはいって行くとすぐに扉が開いてアレンたちを招き入れた。家の中に入りヴァルドたちが待っている部屋へと入ったアレンは、鼻につくほどの酒の匂いに顔をしかめる。

 部屋の中にはヴァルドと村長、対面する位置には酒を飲み顔を赤くする見知らぬ男たちがいる。


「アレン、シエル。戻ったのか」

「うん。無事に戻って来たよ」

「そうみたいだな。取り敢えずこっちに座れ、お前らじゃねぇと話にならねぇ」


 ヴァルドに引っ張られて椅子に座らされたアレンたちは改めて男たちの姿を確認した。

 正面に座っている男たちはまだ昼過ぎというのに顔は真っ赤に染まり、こんな明るいうちからここまで酒精の匂いを漂わせている。

 転がっている空き瓶の数からも、どれほど飲んでいるのかと呆れていると隣りに座っていた村長が話を始める。


「二人とも、こちらが冒険者協会からやってきた方々だ」

「リーダーのウォーレスだ。さっそくだが、お前らが匿ってる魔獣は俺達が追ってる奴らだ。さっさと引き渡せ」

「引き渡せって、ずいぶんな言いだな。それに、追ってるのは別の魔獣だってことはないのか?」

「坊主共が遭遇し、治療したってのは白い狼の魔物だな」


 遭遇した魔獣の詳細はヴァルドを経由して冒険者たちに伝わっている。それに加えて魔獣の治療をしたことまで伝わってるのは、レンとリンの報告したからだ。

 ごまかすつもりもないのでアレンがコクリと頷くと、ウォーレスは話を続ける。


「間違いねぇそいつはナイト・ウルフの亜種だ。悪いことは言わねぇ、さっさと居場所を教えな」

「知らないよ。治療が済んだらどこかに消えた」

「おいガキ、嘘ついてんじゃねぇぞッ!?」

「嘘なんて言ったなんになるんだよ?第一に僕らが見つけた魔獣があんたらが追ってる魔獣だったとして、正当な理由はあるのか?」


 あえて挑発するようなアレンの言葉に村長たちが慌て始め、ウォーレスとその仲間の冒険者たちの表情が険しくなる。


「あの魔獣は俺の仲間を襲ってる。討伐には十分な理由だとは思うがな」

「その襲われたって人はここに?」

「来れるわけねぇだろ!あいつは足を食い千切られてんだぞッ!」

「畜生がッ!俺たちが側にいたってのに……ッ!」


 悔しそうに涙を流している冒険者たちの姿はどこか演技をしているように感じた。

 もう少しつついてみるかと思ったアレンが隣を見ると、シエルも同じことを思ったらしく小さく頷いたので、それに返すように頷いた。


「へぇ~、それじゃあ、あんたの仲間は魔獣に攻撃されるようなことをしたってことか」

「んだと!?このガキッ!」


 冒険者の一人が立ち上がって凄んできたのでアレンは続けざまにまくしたてる。


「だってそうじゃねぇか。僕らはあんたらの仲間の足を奪った魔獣の巣に乗り込んだってのに五体満足だ。おかしくないか?」

「何が言いたい?」

「だからさぁ、おかしんじゃねぇかって言ってんだよ。あんたらの仲間を襲ったの僕らがやりあった奴らが同じだったら、僕らは今頃喰い殺されてるってな」


 アレンの言葉に追従するようにシエルが口を開いた。


「ご覧の通り私たちは生きて帰ってきた。つまりあの子達は人を傷付けるつもりが無かったんじゃないの?」

「じゃあなんであいつはやられたってんだよッ!」

「あんたらに殺されそうになった仲間を守ろうとしたからじゃないの?治療した子、かなりいたぶられた跡が会ったわ。まるで複数人からリンチされたみたいなね」


 シエルの指摘を受けた冒険者の一人が変わったのを見てこれは当たりかもしれない。


「おいおい、その反応まさかとは思うけど図星か?」

「ただの想像だったけど、小さい子供の魔獣を狙ったなんて卑怯者以外の何物でもないわね」


 アレンとシエルがさらにつついてみると冒険者たちの中に動揺が広がっていき、これで確定だと思ったアレンは村長とヴァルドの方に声をかけた。


「村長さん、勝手に話を進めてごめん。けど今の反応を見る限りこいつら怪しいよ」

「そうじゃな……うむ、せっかく来て頂いて申し訳ないが───」


 村長が冒険者たちを帰らせようとしたその時、冒険者の一人がバンッとテーブルを叩いた。


「テメェらッ!ガキと女だと思って大人しくしてたらかってなこと言いやがってッ!」

「証拠もねぇ言いがかりじゃねぇか!」

「せっかく善意でこんな辺鄙なところにまできてやったってのによぉ!」


 次々に立ち上がって文句を炸裂させる冒険者たち、そこにアレンは言葉をかぶせて遮った。


「ふざけたこと抜かすんじゃねぇよ」

「あぁ!?」

「善意とかはどうでもいい、だけどなぁあんたらが言うように、ただのガキの戯言でそんだけ動揺してる時点でおかしいって言ってるんだ」


 殺気の籠もった目でアレンは喰いかかってきた冒険者たちを睨んだ。

 すると冒険者たちは小さく息を詰まらせた後、すぐにハッとして椅子を蹴って立ち上がった。


「なっ、なんだとこのガキがッ!」


 ウォーレスの仲間の一人が立ち上がり剣に手をかけようとした。

 抜くのかと思ったアレンとシエルは、ヴァルドと村長を守るために立ち上がろうとしたその時だった。


「やめねぇか!」

「ッ、兄貴ッ!?でもよぉ!」

「黙ってろ。おいガキども」


 呼ばれた二人が警戒しながらウォーレスの方に視線を向けたその時、アレンの顔面に拳が突き刺さった。


「グフッ!?」


 殴られたアレンが後ろに倒れた。


「アレンッ──キャアッ!?」


 アレンの治療のために駆け寄ろうとしたシエルだったが、テーブルが投げ飛ばされ壁にぶつかり壊れる。

 正面から伸びてきたウォーレスの太い腕がシエルの首をつかんで持ち上げた。


「シエルッ!?何しやがんだ!!」

「おい、あんた自分が何してるかわかってるのか!?」

「どうもこうもねぇだろ。我慢の限界でねぇ、おとなしくしてねぇとこのガキ殺すぞ」


 ギリッとシエルの首に力を込め首を絞める。


「ぅっ、いい、の?こん、な……ことし、て」

「しょうがねぇじゃねえか。さっさと言やぁいいのに、素直に言わねぇからだぜ」

「言ってた、でしょ……どっ、どこ、かに……行った、って………」


 正直に答えたがウォーレスは首を掴む手に力を込めると、息をすることができず苦しさからシエルがもがき苦しむ。

 見ていられないと椅子を掴んだヴァルドがウォーレスに向かっていく。


「やめろ、テメェッ!」

「おっ、させねぇよッ!」


 殴りかかろうとしたヴァルドだったが、冒険者の一人がタックルした倒れたところを別の冒険者が抑えるける。

 暴れるヴァルドを気絶させた冒険者は何もできずにいる村長にナイフを突きつけた。


「ジジイ、痛い目に合いたくなきゃ動くなよ?」

「おい。まだ殺すんじゃねぇぞ」

「わかってますよ。ってか、兄貴こそその女、殺さねぇでくださいよ。後で楽しむんですから」

「それはこいつ次第だ」


 冒険者たちのゲスな笑い声を聞きながら村長が自分にナイフを向けている冒険者に問い掛けた。


「お前たち、なぜこんなことをするんじゃ!」

「あぁ?んなもの金のために決まってんだろ」

「金だとッ!?」

「俺達の依頼主からの要望でなぁ、真っ白な魔獣の毛皮が欲しいんだとさ。報酬は十年は遊んで暮らせる額だ!」


 冒険者たちの口から漏れ出るゲスな笑い後を聴いたシエルは、自分を持ち上げているウォーレスに問いかける。


「お、金の……ため、に……ひっ、人を、きず………つける、の………?」

「ガキにゃわからねえだろうがなぁ、世の中金が全てだ。金を手に入れるためだ、村を消すくらい造作もねぇよ」

「クズ……ねっ、あんたら」


 シエルが憎しみに籠もった目でウォーレスを睨みつける。すると、ウォーレスは口元を吊り上げながらこう告げた。


「クズで結構。さて、そろそろ答えてくれよ。こっちも時間が惜しくてねぇ」

「だか、ら……しら……ない、わよ………」

「そうかい、ならその身体に直接聞いてやろうか」

「────ッ!?」


 ニヤリと口元を歪めながらウォーレスがシエルに手を伸ばす。

 これから自分に身に起こることを予感したシエルは、必死に抵抗としようと暴れた。


「えぇいッ!大人しくしろッ!」

「グッ!?」


 暴れているシエルを大人しくさせるため、床に叩きつけたウォーレスは痛みで大人しくなったシエルの上に跨ると、口を塞いだ。


「いいか、この村の奴らは全員殺すが、お前は連れて行く。見た目も悪くねぇからないい値で売れるだろうな」

「うぅ~!ウゥゥ!!」

「暴れるなって、すぐに気持ちよくさせてやるからよ」


 口を押さえられ声を上げられないシエルは、目をきつく閉じて心のなかで助けを呼んだ。


 ───アレン、助けてッ!!


「おい、汚い手でシエルに触んじゃねぇよ」


 ジュッと何かが焼ける音と共に聞こえてきた声にシエルがハッとした。


「グゥォオオオオオオオォォォォッ!腕っ、腕がぁぁぁぁああぁぁぁッ!?」


 バタリと床に落ちるそれは伸ばされそうになったウォーレスの腕、続いて何かが吹き飛んだ音が鳴り響く。


「悪いシエル、ちょっと気失ってた」


 ゆっくりと目を開いたシエルの目の前に差し出された手、伸ばされたその先似合った顔を見てシエルが優しく微笑んだ。


「遅いわよアレン」

「間に合っただろ、許せよ」


 伸ばされた手を握って立ち上がったシエルは、血に濡れた顔でこちらを見ているアレンにそっと抱きつくのであった。

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