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治療と回復

 洞窟の奥で見つけたのは足に深い傷を負った子供の白い魔狼だった。

 子供の魔狼が寝かされている側には様々な動物の亡骸が並べられており、それを見たアレンは外にいる巨大な魔狼が群れに命じて捕まえてきた獲物であると察した。

 だが、この傷によって体力が失われた子供の魔狼にとって、餌を食べることもままならぬほど弱りきっていたのだろう。側に積み上げられたままの生き物の亡骸は腐り果てて蛆が湧いていた。

 立ち込める腐臭に顔をしかめ、これではあの子狼ももうダメだろうと思ったが、微かに横たわった身体が動いたことに気付いた二人はそくざに駆け寄って息を確認する。

 口元に手を当てて息を確認すると、浅くでは合ったが呼吸まがあり、弱々しくでは合ったが心臓の鼓動も確認できた。だが、それはどちらも弱々しく、すぐにでも死んでしまいそうなほどに弱い。


「シエル、お前の治癒魔法で治せそうか?」

「腐敗している部分を切り落として、蛆を取り除ければ……でもそれまで体力が持つかもわからないし、もし治ってもこんな場所じゃすぐにまた同じことの繰り返しになるわ」


 腐敗した死体が放つ腐臭は身体を蝕み、身体から湧き出る蛆が肉を腐らしていく。ただでさえ洞窟の中は空気が循環することもなく、腐臭を溜め込んでしまう。

 アレンはコートを脱ぐと子狼を包んでから抱きかかえた。


「この子を外に連れ出して治療しよう………さすがに、村に連れて行くわけには行かないけどな」

「そうね。急いでどこか治療できる場所を探しましょう」


 洞穴の奥から出てきたアレンとシエルを見た二人が、地面に倒れる白い魔狼を警戒しながら視線を向けた。


「おっ、出てきたか、ってお前、なに抱えてんだよ!?」

「奥にいた魔狼の子供。多分他の動物にやられて怪我したこの子のために、この魔狼たちが森の動物を狩り続けてたんだろうな」

「理由はわかったけど、それも連れて行くの?」

「えぇ。治療して群れに返すわ。だから、そんなに威嚇しないで」


 シエルは白い魔狼に向けてそう告げるが、白い魔狼は麻痺毒で動けないにも関わらずその目は血走り、低い唸り声を上げながら威嚇していた。

 そんな白い魔狼を見つめていたシエルは、何を思ったのか魔狼の側にまで歩み寄るとその鼻先で膝をついた。これにはさすがのレンも止めに入ろうとしたが、アレンがそれを止めた。

 腰を下ろしたシエルは白い魔狼の横顔に手を触れながらゆっくりと語り始める。


「あなた、あの子のお母さんよね?子供が大事だから食べ物を集めさせて、守ろうとしていたんでしょ?」

「……………」

「でもね、あなたのやり方じゃ、近いうちにあの子だけじゃなくあなた達も死んじゃうわ」


 こんなことを魔獣に話したところで無駄だと思ったレンは、すぐにでもシエルを止めようとしたがアレンは頑なにそれを止めようとしない。


「必ずなんて約束は出来ないけど、この子は私は責任を持って治すわ。あなたじゃなくてもいい、仲間の誰かでも良い。私を見続けて、私がこの子を助けられなかったら私を食べなさい」


 魔獣の中でも狼の魔獣はかなり高い知能を持っており、人の言葉も理解できるとされている。だから、大丈夫だとシエルが思っていると、白い魔狼が一声唸ると一匹の魔狼が立ち上がって近寄ってくる。

 魔狼たちが顔を近づけて鼻を鳴らしたかと思うと、近寄ってきた魔狼がシエルのことを見つめた。


「そう。あなたが私を監視するのね」


 まるでそうだと言わんばかりにシエルのそばによってきた魔狼を警戒せず、自分の側に近寄らせるのだった。話が纏まったのを確認したアレンはレンとリンに声をかけた。


「話はついたみたいだし、移動しよう。近くに水場はないか?」

「はっ!?いや、まてよ!?いいのか、それで!」

「いいさ。シエルが決めたことだ」

「でっ、でも──っ!?」


 リンがアレンの目を見た瞬間、リンは小さく息を呑んだ。

 アレンの目には強い殺意が宿り、ただ目を合わせただけのリンでさえ息を詰まらせてしまうほどであった。


「大丈夫だ、リン。もしものときは、僕がこの魔狼どもを皆殺しにする」


 言葉とともに倒れる魔法たちに視線を向けたアレンは、こぼれ出る殺気に恐怖を覚える。


「行こう、間に合わなくなる」

「そうね」


 抱えた子供をあまり揺らさないように歩き始める。遅れてレンたちも歩きだすさなか、魔狼たちの刺すような視線を感じながらその場を立ち去るのだった。


 ⚔⚔⚔


 洞窟を出たアレンたちはレンの案内で森の中の泉にやって来た。

 子狼や魔狼を連れて村に戻れないため、しばらくはここで野営をしなければならない。今ある持ち物は武器が大半、残りは僅かな食料と塗り薬が少量、これで子狼が治るまで持たせることは出来ない。

 今ある物を使って野営の用意をしていたアレンは、早速子狼の治療を始めているシエルに問いかける。


「シエル、その子狼の治療出来そうか?」

「問題ないわ。今、パラライズで神経を麻痺させて蛆を全部取り出してるから………それまでに頼んだ薬が来てくれると良いんだけど」

「あいつじゃなくて、僕が行ったほうが良かったか?」

「ふざけないで、あんたが村に戻ったら誰が私を守るのよ」

「それもそうだな」


 集めてきた薪枝に火打ち石で火をつけたアレンは、泉から汲んだ水を温め始める。

 湯を沸かしている鍋はシエルが土魔法で作り出した石製、正直長く使い続けるのは不安があるがものがない今は贅沢は言っていられない。

 湯を沸かしながらアレンはふとシエルに問いかける。


「シエル、今日だけでも魔法かなり使ってるだろ、治療に必要な魔力は足りるのか?」

「平気よ。移動中にいくらか回復したから……それよりもアレン、ちょっとこれ見てちょうだい」


 呼ばれたアレンが近くによると、シエルは子狼の足につけられた傷口を見せると、すぐにその意味に気づいたアレンが顔を顰めた。


「この傷、明らかに動物が付けたってわけじゃないな。刀傷か?」

「傷口の腐敗が始まってて断定はできないけど、あんたがそう言うなら可能性は高いわ」

「ってことは、この魔狼を傷つけたやつが近くに………違うな、もともと暮らしていた場所で負った傷か」


 星獣が蔓延るこの世界で外で戦うような者は冒険者か、可能性は低いが衛士団が取り逃がした討伐対象という可能性もあるが、流石にそれはなさそうだ。


「この子、よく見たら他にも傷があるわ。多分、足の骨も折れてる」

「ずいぶんと嬲られたみたいだな……添え木になりそうな枝を探してくる………おい、シエルになにかしたら許さないからな?」


 アレンは一定の距離でシエルの動きを注視していた魔狼に向けて言葉を投げかけた。すると魔狼は一瞬だけアレンの方に視線を向けたが、すぐに鼻を鳴らして顔を背けた。

 それだけ見てアレンはその場を離れた。


「ふぅ……これで全部取り切れたかな、後は壊死した部分をとりのぞいで化膿止めの薬を塗って、栄養をつけさせればどうにかなるかな」


 あとは薬の到着までこの魔狼をもたせる必要がある。

 火にかけられた石鍋で沸いたお湯を石の椀の中に移したシエルは、手持ちのナイフから一番小さいものを選んでを何本かお湯の中に沈める。

 今できる準備はこれくらいしか出来ない、後は荷物が届くまで治癒魔法でもたせるしかない。魔力が足りるか不安は合ったが大丈夫だろうと子狼に治癒魔法を使おうとしたとき、近くの草むらが音を立てて揺れる。

 側で控える狼が低い唸り声を上げ、遅れてシエルも近くにおいていた弓を手に取ると、矢筒から矢を抜き取り弦に番えて引き絞った。


「おまたせぇ~、ってぇぇえええッ!?シエル、俺だ俺っ!!」


 弓を向けられて慌てたレンを見てシエルは弓を下ろした。


「遅いわよ。なにしてたの?」

「いや、まずは謝れよ!」

「男が小さいこと気にしない。それより、頼んだものはもらってきてくれたのよね?」

「あぁ。これで良いんだろ?」


 レンは背負っていたいくつかの荷物の中から、肩がけの小さなカバンをシエルに渡した。

 治癒魔法を解いてカバンを受けとたシエルは中身に入っている瓶を一つ一つ確認する。


「うん。頼んだものは全部あるわね。ありがとう、先に戻ってて」

「そうしたいが、アレンはどこいったんだ?」

「すぐに戻ってくるわよ。いいから行って、治療の邪魔よ」


 石鍋からナイフを取り出し子狼の治療を始める。


「へいへい。口が悪いなぁ、ったく」


 諦めたように答えたレンは、持ってきた荷物を一箇所に固めて置くとその場を立ち去ろうしたしレン、すると森の中から戻ってきたアレンと鉢合わせた。


「何だレン、戻ってきてたのか」

「戻ってきたのかじゃねぇよ。ったくシエルを残してどこいってたんだ?」

「あの子狼のために色々と、ついでに夕食取ってきた」


 小脇に抱えた枝木の他に狩ってきた兎をレンに見せる。


「そうかよ。ってかシエルって結構怖いのな」

「知らなかったのかよ?あれを相手にするのは骨が折れるんだぞ」

「ちげぇねぇ。んじゃ俺帰るけど明日また様子は見に来るぜ」

「おう。っと、ちょっと待て一つ頼まれて欲しい事があるんだが」


 訝しみながらもアレンの話を聞いたレンは、すぐに村へと帰っていった。


 レンが持ってきてくれた荷物を確認したアレンは、荷物の中にあった鍋に水を汲んで火にかけて干し肉と干し野菜でスープを作る。

 もう一品子狼ために薬膳スープを作ろうとしたアレンは、ジッとこちらを見ている魔狼に視線を向ける。


「お前も腹減ってるだろ。小さいけど余分に狩ってきたから食え」


 魔狼の鼻先に兎の死骸を投げると、魔狼は警戒しながらも鼻を鳴らして問題がないことを確認してから食べ始める。

 兎を食べ始めたのを見ながら残りの肉をさばき始めると、シエルの方からなにかが投げ渡される。


「なんの薬だよ?」

「強壮剤。ちょっと匂いが強いから料理に混ぜてあげて、あと小さじ一杯分くらいでいいから」

「了解………ところで治療の方は?」

「もう終わるわ」


 治癒魔法をかけ終えたシエルは大きく気を吐くと、額から流れ出る汗を拭っていた。出来上がったばかりのスープが入ったコップをシエルに差し出す。


「ありがとう………なんか、優しい味ね」

「素直にまずいって言ってくれ。あいつ、野菜や干し肉は持ってきたけど調味料は全部置いてきやがった」


 このスープ、味付けは干し野菜と塩漬け肉をそのまま入れることで味付けをしているため、どこか物足りないものになってしまった。


「あいつ、明日来たら矢で撃ち抜く」

「賛成、しっかし塩くらい持ってくりゃ良かったな」


 子狼を抱えて火のそばに来たシエルは、新しい布に子狼を包んでからそばに寝かせる。するとお目付け役の魔狼が近づいてきて、子狼の直ぐ側で横になった。

 スープを飲み干した二人は、殻になった鍋を軽く洗ってから水をいれる。こんどはアレンが狩ってきたうさぎの肉を切り分け、食べやすい大きさにしてから鍋の中にいれる。

 グツグツと鍋をに始めるアレンは、横目で穏やかな呼吸をしている子狼を見る。


「落ち着いてるみたいだな」

「えぇ。治癒魔法で体力は回復させるけど、後は傷の経過を見て判断するしかないわね」


 使っている薬も人ように調合されている薬なので、動物に使うにはキツすぎる場合がある。ちょっとずつ使って、拒絶反応が起こらないように気をつける必要がある。

 今は落ち着いてるからいいが、ひょっとしたら瞬間になにがこるかわからないので気が抜けない。


「ご飯作るの代わるわ」

「助かる。代わりにテント張るわ」


 持ってきてもらった荷物の中からテントを取り出したアレンは、水辺の直ぐ側で組み立てを始める。


「なぁシエル。テント一つしかないけど、交代で使えばいいよな?」

「そうね。野営になるんだから仕方ないけど、やったあいつ殺しときましょうよ」

「賛成」


 テントを組み立てながら明日、なにも知らずにやって来たレンをどうやって始末しようかと話し合う二人、そんなこんなでテントと子狼の食事を用意した二人は、魔狼にも同じ食事を与えてから子狼にも与える。

 自力では食べられないからと、匙を使って食べさせる。

 最初はうまく飲み込めず吐き出してしまったが、何度も何度もあげることによって少しずつ飲み込んでいく。


「こいつは、強いな」

「そうね。生きようとする意思があるなら大丈夫」


 二人はスープを飲む子狼のことをなでながら、大丈夫っと思った。

 食べる事ができるということは、それだけ生きようとする意思があるということだ。時間はかかるかもしれないが、治癒魔法も使っているので数日で歩けるくらいには回復するのではないかとシエルは予想する。


「この分なら、速く帰れそうね」

「あぁ……でも、問題はそれだけじゃない。だろうな」


 アレンの語る問題についてシエルも同意するように首を縦に振りながら答える。


「十中八九、冒険者がここに来るわね」

「邪魔をするつもりはないが、むやみに人を襲わない魔獣を狩ろうとするのは間違ってるだろ」


 アレンもシエルも冒険者のやろうとしていることを否定するつもりもない。

 星獣によって世界が変わる前は、人を襲う危険な種が多く恒常定に魔獣の討伐が行われていたが、それが全ての魔獣がそうだったわけではない。

 元来魔獣は総じて知性が高く特に魔獣の中には人の姿を取り、人と同じ言葉を話すことのできる種族もいたほどだ。それゆえに知能の高い魔獣は人に寄り添い、人もまたその手を取って共に行きていた。

 世界が変わり、魔獣も生きのこるために知恵を付けていった。

 人を襲えば殺される。

 人の育てる家畜を狙えば殺される。

 そんなことはすぐに理解し人を襲うことはなくなり、人もまた理性なき魔獣、あるいは星獣に侵された魔獣以外の討伐は厳禁と定めた。


「今のギルドは原則として星獣被害に対する依頼が主だが、もちろんその中に魔獣の討伐も含まれているのは知ってるだろ?」

「えぇ。それは分かってるわ………でも、それって人に害をなした場合でしょ?」

「僕だってそれを信じたい。だけど、あの群れがここに来る前、人を襲っていないなんて保証はない」


 アレンの言う言葉も最もだとシエルは思った。

 それでも、あの洞窟にいた魔狼たちがそんな馬鹿なことをするとは到底思えない。


「っとまぁいろいろ言ってみたものの、結局のところシエルがやりたいようにやればいいさ」

「アレン……」

「助けたいと思ったから助けることにした。だった、そう思った自分を信じてやりゃあいいだろ?僕はそれに手を貸すだけなんだから」

「……そうね。………ありがと、アレン」


 アレンの言葉に感謝しながらシエルは白い魔狼の毛をそっと撫でるのであった。

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