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平穏と崩れ行く日常

 村に滞在から七日後スレイとシエルは揃って暇を持て余していた。

 行商を終えたヴァルドたちは馬車の修理が終わるまでの間、この村に滞在を余儀なくされている。護衛としてついてきているアレンたちも出発の準備ができるまではこうして村に滞在しているのだが、いかんせんやることがなさすぎるのだ。

 昨日までは護衛のみんなと剣や弓の修行をして過ごしていたのだが、村人たちから怖がられるという理由で修行は禁止され、自由に過ごすように言いつけられた。

 そのため圧倒的にやることがなさすぎて暇を持て余しているのだ。


「護衛が暇なのはいいことだけど、平和っていうのも逆に退屈すぎるよな」

「気持ちはわかるけど、訓練できないだけでなに言ってんのよ……全く、だらしない格好をしてさぁ」


 呆れたようにつぶやくシエルは、眼前でだらしなく木にもたれかかって寝ているスレイ。しかも、腰には赤と青の剣が吊るされており明らかに眠りづらそうであった。


「あんたねぇ。横になるなら剣くらい外しなさいよ、見てるだけで窮屈そうなんだけど」

「なんとなく付けてたけど……うん。そうだから外すわ」


 起き上がったアレンはシエルの指摘を受けて剣帯から赤と青の剣を外して、ベルトごと外して木の幹に立てかけてあったアイザックの剣と一緒に地面に寝かせた。

 剣を外したアレンは、もう一度寝転がってよく晴れた空を流れる雲を見つめていた。


「いい天気だなぁ~………母さんたち、今頃なにしてるのかな?」


 晴れ渡る空を見上げていたスレイは、ふと脳裏に浮かんだ母たちの姿を思い出しながらついついそんなことをつぶやいてしまった。

 寝転がるアレンの横に腰を下ろしたシエルは。フッと小さく笑った。


「何よ、たった一ヶ月でホームシックとか言わないわよね」

「別にそんなんじゃないよ、ただ元気かなって思ってさ………それに、結構大変なときに村を出てきちゃったから、あのあと何事もないと良いんだけど」


 星獣の襲撃によって村で戦える人物が減ったことや、出立の前に訪ねてきたあの母娘の問題、そのすべてをほっぽり出して村を出てきたアレンは、そのことが不安でしょうがなかった。


「大丈夫よ。あの一件以来村の大人たちも改めて星獣の危険を思い知らされたわ。誰かのせいにするんじゃなく、自分たちで戦うってお父さんも言ってたわ………だから平気よ。気にしなくても良いのよ」

「そう、だと良いな………うん」


 シエルに言われて星獣に襲われるなど極稀に起こること、そんなのが立て続けに起こることなどありえないのだから気にしすぎることではないのだ。

 一度心配するのはやめて改めて心を落ち着かせたアレンは、これからどうするかと思っていると遠くから二人を呼ぶ声が聞こえてきた。


「おぉ~いアレン!シエル!お前らこんなところでなにしてるんだ?」


 声をかけられ起き上がったアレンは、名前を読んできた相手の顔を見てやっぱりかと思った。


「何だ、やっぱりレンか。お前こそなんだよ、その格好。狩りにでも行くのかよ」


 手を振りながら駆け寄ってきた少年レンは、厚手の服に胸当てや革の手甲などを身に着けていた。こんな格好、剣の訓練をしているときにもしていなかった。


「おう。これからじっちゃんたちと森に出かけんだけど、暇ならお前たちもどうかと思ってな」

「暇、すっげぇ暇ぁ~………って言いたいけど、一応雇い主に断り入れないと勝手に動けねぇんだわ」

「あぁ、おっちゃんにならさっき俺から話しといたぜ。デッケぇ獲物狩ってこいってさ」


 レンは預かって来たと言ってアレンに弓矢一式と手紙を渡した。

 二つ折りにされた手紙にはヴァルドの文字で"シエルといっしょにでかい獲物を頼んだ!"ッと書かれていた。微妙な顔をしながら読んだ手紙をシエルに渡すと、手紙の内容を確認したシエルも微妙な顔をした。


「お世話になりっぱなしじゃ申し訳ないとでも思ってるんだろうけど、準備くらいさせてよ」

「シエルは良いだろ。僕なんざ借り物の弓使って狩りに行かされるんだぞ」


 シエルにボヤいたアレンは受け取った弓を引いて具合を確かめている。


「剣の腕は知ってるけど、お前って弓はどうなんだ?」

「真っ直ぐ飛べばいい方だな。苦手ってわけじゃないけど、そこそこ出来るって感じかな」


 しかし、それは使い慣れたという前提条件がついてくるがわざわざ言うこともないので、引いていた弓の確認を終えたアレンは矢筒に入った矢の数を確認してから背負った。


「僕たち、一度戻って狩りの用意してくるから、どこ行けばいい?」

「村の入口で待ってるぜ。速くしろよ」

「へいへい。んじゃ行こっかシエル」

「えぇ。そうね」


 一度キャンプ地に戻った二人は、手早く必要なものをかき集めて準備を行っていく。

 用意するものはコートと解体用のナイフ、それに水をいれた水筒と傷薬を含めた薬を各種それを一つのポーチに纏めてる詰め込んだ。

 用意の済んだアレンとシエルは、急いで村の入口へと向かった。


 ⚔⚔⚔


 小走りで集合場所に向かってくる二人に気付いたレンは、手を振りながら二人の名前を読んだ。


「アレン、シエル、こっちだ!」

「悪い、待たせたか?」

「別に構わねぇよ。元は俺一人で行く予定だったからな」


 それを聞いてそういえばと二人は思った。

 集合場所にはレン以外の人の姿はなく、本当に一人で行くつもりのようだった。


「狩りはいつも一人なにか?」

「そんなわけねぇって、いつもは狩人のじっちゃんがいんだけど、腰やっちまって来れなくてな」

「だから私達をよんだってわけね」

「そう言うこと。んじゃ、出発するぞ」


 レンを先頭に村の外に出た二人は、行きに使った街道をしばらく歩いた先にある森の中へと入っていく。


「おいレン、今日はなにを狩りに来たんだ?」

「猪か鹿だな。デカいの三、四匹仕留められたら夏の間は持つだろうしな」


 そう語るレンを横目に二人は、その後はどうするのだろうと考えてしまった。

 ここ数日、村に滞在してよくわかったがこの村には未来はない。若い動力はレンとリンだけ、別の街から若い人を呼び込もにもこんな辺鄙な村に人が寄り付くとも思えない。

 二人のおばあさんの思いもリンの考えも、どちらの意見も正しい。それでも、どちらが正しいかと聞かれてその答えを持ち合わせていない。


「ところでアレン、お前なんでそんなに剣を指してるんだ?」


 レンはアレンの腰に差している剣を指さして尋ねる。


「二本は自分の一本は恩人の形見の剣だ。別に三刀流なんてやらないしできないからな」

「いや、どうやって握るんだよ三本目……ってか、邪魔じゃねぇの?」

「気にならねぇよ。それにある意味お守りみたいなものだから」


 レンはその意味がわからないようだったが、剣に触れるアレンの表情から何かを察しただ一言そうかと呟いてから森の奥へと入っていく。


 ⚔⚔⚔


 三時間ほど森の中を歩いた三人は、六羽の鳥を仕留めていた。

 手早く血抜きと臓物の処理を済ませたアレンたちは、剣に狩ったばかりの鳥を吊るしながら森の奥へと更に進んでいく。


「鳥しか採れねえな」

「そう言ってるお前は一羽も取れてねぇけどな」

「それはお前もだろ!」

「使い慣れない弓で取れるか。真っ直ぐ飛ぶだけででも褒めろよ」


 言い争いをしているアレンとレン、今回の狩りの成果はすべてシエルの一人勝ちだ。男二人は全く取れず、アレンに関しては弓のせいにしていたりする。

 醜い言い争いをしている男子二人を見ているシエルは、大きなため息を一つ着いた。


「アレン、あんたのそれは弓のせいじゃなくて単に腕の問題よ」


 シエルが弓を奪い取ると、遠くの木を的に見立てて連射した。

 射られた矢は五本、その内の三本がほぼ同じ場所に命中していた。


「シエルすげぇな」

「ふん。弓ならこんなものよ」


 自慢気に鼻を鳴らすシエルから目を逸らしながらアレンはボソッと呟いた。


「ハッ、人のことを的にしていた磨いた腕じゃん」

「あらら、それじゃあ腕が鈍らないように定期的にあんたを射抜かなきゃね」

「ふざけんな。逆にぶった斬ってやろうか?」


 睨み合うアレンとシエル、二人の様子を見ていたレンは呆れたようにため息を一つつく。


「お前ら、少しは場所を考えろよな」


 呆れているレンもさっきまでアレンと同じ用ことをやっていただろうにと、言い合いをやめた二人の物言いたそうな視線が突き刺さった。


「しっかし、目当ての獲物が全くいないな」

「足跡どころか、大きい生き物がいた形跡もまったくないんだけど、ホントにこの森にいるの?」

「居るって……でもおかしいな、いつもなら何匹かは見かけるんだけどな」


 なんだか同じようなことが少し前にもあった気がした二人は、まさかこの森にもアレがいるのではないかと思った二人は自然と表情が強張った。


「おい、お前らどうしたんだ。顔が怖えぇぞ」

「………ちょっと、前に色々とあってな」

「何だよ、いろいろって」

「気にするな……それよりも一度戻ろう。様子がおかしいなら日を改めないか?」

「あぁ~、そうだな………なぁーシエルさぁ~ん、その鳥って分けてくれるんでしょうか?」

「いいわよ。村の人達にはお世話になってるからね」


 シエルの言葉にレンが小さくガッツポーズを取る横で、アレンは先程ユフィが射った矢を回収しようとしたその時、近くの茂みがガサッと音を立てた。

 その音を聞いたアレンは反射的に振り返りながら剣を握り抜き放つと、遅れてシエルも音のした茂みに矢を向けていた。二人の視線が鋭く茂みを睨みつけていると、茂みの中から一羽のうさぎが飛び出してきた。


「なんだ、うさぎかよ」

「全く、ビックリさせてくれるわ」


 出てきたのがただのうさぎだとわかった二人は、あんどの息をつきながらウサキを射殺した。

 シエルの放った矢がうさぎの首筋を射抜き、短い悲鳴を上げながらうさぎが地面に倒れるのを見たレンはあんなに警戒した二人のことを訝しんだ。


「お前ら、いくらなんでも警戒しすぎだぞ。ここ来る前になにがあったんだよ?」

「それは……戻ったら教える」


 早く戻ろうとうさぎを回収に向かったアレン、周りを警戒しながら片膝を着いて死んだうさぎから矢を抜こうとした。

 死んだうさぎに手を触れ、身体に刺さった矢をぬこうとしたその時、近くの茂みが揺れなにかが飛び出して来た。


「───ッ!」


 飛び出してきたそれから身を守るため咄嗟に闘気を身体に纏うと、真正面から衝撃を受けて背中から倒れる。

 なにかが上から覆いかぶさり顔を守るために掲げていた左腕をなにかに噛みつかれ、締め付けられる感覚とともに骨が軋む音と鋭い痛みが頭に届く。


「グッ!?」


 痛みにうめき声を揚げたアレンは、交差させた腕の隙間から相手の顔を見て更に驚きの声を上げた。


「なっ、狼ッ!?」

「グルルルルルッ!!」


 唸る狼が顎に力を込めてアレンの腕を食いちぎろうとしたが、闘気による防御と身に纏っているコートに阻まれて牙は届かない。しかし、牙が食い込む痛みと込められる力は防ぎようがない。

 骨が軋む音が届くたびに鋭い痛みが駆け抜ける。痛みを感じて顔をしかめていアレン、そこに突然のことで硬直していたユフィ達が叫んだ。


「アレンッ!?」

「くッ、どうする!?」


 ここで攻撃を加えるのは簡単だが狼がマウントを取っているせいで少しでも外せばアレンを傷つけてしまう。動くことが出来ない二人、そしてアレンもこの体勢では助けは望めないことを理解している。


「クソッ、離れろッ!!」


 両腕に闘気を集中させると、闘気の輝きが強く光る。

 その光を受けた狼が怯み力が抜けたのを感じたアレンは、抑え込んでいた腕を引き抜き、掌底で狼の身体を持ち上げると浮き上がった狼の身体を蹴り飛ばした。

 投げ飛ばされた狼は空中で回転して見事な着地を披露する。


「待て───ッ!?」


 起き上がり追撃しようとしたアレンだったが、手をついた瞬間左腕に凄まじい痛みを受け倒れてしまった。

 腕が折れたのか、手をついた瞬間に倒れてしまったアレンは即座に叫んだ。


「シエル!」

「任せなさいッ!」


 アレンの声に反応したシエルが即座に弓を射ったが、矢が当たるよりも速く移動した狼には当たらない。狼が唸りながら森の奥へと消えていく。


「逃がすかッ!」

「待ちなさいッ!」


 それを追っていこうとするシエルとレンだったが、アレンは止める。


「やめろシエル!」

「でもっ!」

「いいから!それより戻るぞ!また襲われてもかなわん」


 痛む腕を押さえながら立ち上がったアレンは、左腕はダメだと諦めながら片手で剣を抜こうとしたそのとき、またしても茂みの揺れる音となにかがかける足音が耳に届いた。

 まだなにかいると察したアレンは素早く蒼白の剣を抜き放つと同時に剣の力を解放した。


「凍てつけッ!」


 振り抜かれた刃から発せられた冷気が木々を凍らせたが、木々が凍りつく直前に飛び出してきたあの狼の仲間がアレンの真上を飛び越える。

 振り返りながらもう一度冷気を放とうとしたアレンの目に写ったのは、真っ白な体毛をした綺麗な狼だった。狼と目があった瞬間アレンは剣を振るうのをためらった。

 狼の目にはアレンに対する敵意が全く感じなかった。

 狼はアレンには目もくれず、うさぎを咥えて立ち去っていった。


「………………」


 剣を鞘に収めたアレンは周りに他の気配がないことを確認していると、駆け寄ってきたシエルが肩を掴みガクガクッと揺さぶってくる。


「アレン!怪我は!?」

「あぁ、平気………じゃないな」


 袖をめくり腕を見せると、先程の狼に噛まれたところがくっきりと跡になり、皮膚が赤黒く変色しぷっくりと腫れていた。


「折れてまではいかないけど、内出血と骨に罅が入ってるな」

「闘気、使ってこれって………ちょっと見せて」


 シエルが腫れ上がった腕に手を触れて触診を始める。触れられただけでもものすごい痛みがアレンを襲い、小さな悲鳴とともに顔を強張らせた。


「酷いわこれ、私の治癒魔法じゃ完全には治せないわよ」

「それでいい。頼めるか?」

「わかったわ」


 シエルがアレンの左腕に掌をかざし短い詠唱を唱えると、暖かい光が現れアレンの腕に降り注いだ。わずかに腕の痛みが引いたことでアレンの顔色が良くなっていく。


「ごめん、これが限界よ」

「痛みが少し引いた、助かったよシエル」


 痛みはなくなったが腕に感覚はない。

 薬と包帯を巻きながらさっきの狼のことを考えていアレンは、剣を抜いてあたりを警戒しているレンに問いかける。


「おいレン。この森、あんなやばい狼が住み着いてるのか?」

「馬鹿言うな。あんなのがわんさか居てたまるかッ!始めてみたぞ、あんなの」

「だろうな、闘気ごしの腕を噛み潰した力を持つ狼なんていたらあの村は終わりだ」


 ならばあの狼はいったい何なのだろうかと、アレンが考えていると顎に手を当てながら何かを考えていたシエルが小さく呟いた。


「さっきのあれって………魔獣だったのかな?」

「かも、しれないな」


 なにはともあれ、これでこの森の異変が星獣によるものではないという確証が得れたが、その引き換えに厄介な事実が判明してしまった。


「村に戻ってあの狼のことを報告しよう……おいレン、頼むから一人であいつら殺りに行くような真似はするんじゃねぇぞ」

「しねぇよ。俺じゃあんなの殺れねぇって」


 目をそらしながらそう答えるレンの顔を見たアレンは、大きく息を吐いてから村へと続く道へ戻っていくのだった。


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