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案外楽しいかもしれん

『ワルヅ!』


トジ・ウジーノがそう唱えると、掃除をするための箒がふわりと浮き上がり、トイレの壁に水平に浮かぶ。


「よし、行くぜ」


 そう言って、丁度胸の辺りに浮かんだ棒を、上体を後ろに逸らしながらくぐっていく男子生徒。


 薄緑の髪とペンダントが後ろに垂れながら、魔術師らしからぬ身体操作で見事に潜り抜けていく。


「よっしゃ。見たかトジ。次はお前の番だぞ」


「流石、ミント・クルール。今度は、ワシ―――俺の番じゃな」


 ハイタッチをして、今度はミントが箒を浮かべる。


「もっと下。もっと下じゃ」


「おいおい、トジ。こんなんクリアできんのか?」


「ふっふっふ。見ておれよ」


 そう言って不敵に笑ったのだが、ミントは急に静かになる。


「どうしたのじゃ」


「いや、もうやめようぜ」


「何を急に。俺の華麗なリンボーダンスを見たくないのか」


「……今はいいや」


 急にしおらしくなったミントに首を傾げながらも、トジは見ておれ、と上体を後ろにそらす。


 そして、見事にあばら骨あたりの棒を潜り抜けてみた。


 この驚愕せし技を見ても、まだミントは黙っており、何やら口を開いて閉めてを繰り返す。


 なんなのじゃ。と不思議に思いながらも、ミントのテンションを上げるために両腕を上げて喜びを示す。


「よっしゃー」


 ドカンと、頭に衝撃が走った。


 トジ・ウジーノはゆっくりと振り返る。


「よっしゃーじゃない。何をやっているんだ」


 そこにいたのは、この国随一の魔法使いであるカルノ・スーリスト。


「あっ、先生」


「何をやっていたんだ」


「えっと、その……」


 言葉に詰まるトジに、カルノ・スーリストは、長い赤茶の髪を左右に振る。


「はあ。君達はそうやって遊んでいい身分じゃないでしょう。試験最下位と言えども、せめて掃除くらいは真面目にやってほしいね」


 それを言われちゃ、トジもミントも黙るしか出来ない。


「すみません」


「すみませんでした」


 頭を下げると、もう一度ため息とともに長い赤茶の髪を左右に揺らして、カルノ・スーリストは去っていた。


 その後ろ姿をしばらく見つめ、完全に見えなくなったところで、トジとミントは顔を合わす。


「ぷっ」


「ふっ」


 思わず吹き出し、それからは笑いが止められなかった。


「ハハハハハ。トジ、お前、オレがやめろって―――」


「フハハハハハ。そんなこと、言ってないじゃろ―――」


「目で、言っただろ。ハハハ、気づ、けよ―――」


「フハハハハ。分かるわけ、なかろう。それにしても、見たか。あの顔」


「ああ、マジで。カルノ先生のあんな顔見たことねーぞ」


「本当に呆れて口が空いておったな」


「もったいねー。記録水晶持ってればなー」


「目の前で撮ったら、さらに怒られること間違いなしじゃな」


「それもそうかー」


「まあー、掃除くらいは真面目にやるかの」


 しょうがねえなとミントは箒を動かす。


 トジ・ウジーノは魔法でたわしを動かしながら、フフフと思い出し笑いをする。


 こんなに笑ったのは何十年ぶりか。


 肉体年齢は十五なれど、本当の年齢は八十過ぎ。それが、こんな下らないことで爆笑できるとは思っても見なかった。


 分からぬものじゃな。


 そう小さく呟いて、わざわざ自分の手で箒を動かすミント・クルールを眺める。


 ミント・クルールは、この学園で唯一といっていいトジ・ウジーノの友人である。


 その出会いは入学試験に遡るが、大した話ではない。


 当時、トジは現代魔法というのを知らなかった。


 現代魔法とは、最近になって開発された革新的な魔法で、物などを自由に操る魔法である。


 長ったらしい呪文を唱えることなく、古代語を使ってものを操る魔法だ。


 例えば、さっきリンボーダンスをしたみたいに箒を浮かべたり、便器を擦るたわしを動かしたり。


 トジはそれを知らずに入学試験に挑み、入学ラインのギリギリ。入学者の中では最下位の成績を取っていた。


 その一つ上。下から二番目がミント・クルールである。


 試験前に首から下げたペンダントを、ぎゅっと握って大丈夫、大丈夫と呟いていたのを覚えている。


 入学式の後に二人は呼び出され、あまりに酷い成績だと説教されたのは新しい記憶だ。


 説教された後、トジはミントに現代魔法を教わり、それ以来二人で行動することが多くなった。


 そして、今は学園の問題児二人として教師陣に目を付けられる存在である。


「のう、ミント」


「ん、なんだ」


「魔法で箒を動かさなぬのか」


「ああ。オレ、魔力少ないからこっちの方が早いし疲れないんだよ」


 そう言ってすごいスピードで箒を動かすミントは、トジの目から見ても魔術師より、騎士の方が向いているように思える。


 魔術師には不釣り合いな筋肉質な肉体に、魔力はあるがその量は少なく、トジがいなければ入学者では成績最下位。


 どうも自分の意志で入学したとは思えぬほど、ミントは魔術師向きではなかった。


 それでも、トジにとっては友人である。


 入学当初の、睨みを聞かせ古風な話し方をするトジには、誰も近寄ろうとしなかった。


 トジはそれでよかったが、ミントは同じ説教仲間として、現代魔法を教えた仲間として、よく話しかけて来た。


 ミントの馬鹿話に耳を傾けている内に、トジから獣のような瞳は消え、こうしてトイレ掃除中にリンボーダンスをする仲になっていた。


 楽しい。


 トジ・ウジーノの当初の目的は、魔法学院を粉々に破壊することだった。


 それが復讐だったはずだ。


 だが―――。


 学園、楽しすぎるんじゃが。


 トジ・ウジーノは、すっかり学生ライフを満喫していた。

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