9.恋人たちが消えた理由
「ねえ、君はどうして立っていられるのかな?」
ペルラ様とわたし以外、誰もがうずくまって頭を抑えている中で、金色の星のような光をまとった神はわたしに目を向けた。
そうして薄目になって、わたしの頭からつま先までを観察している。
「ーーふむ、なるほど。悲劇だねえ」
アシュテルラ神は両手を広げて首をすくめ、おどけた感じで言った。
「君、神の血が流れてるよ」
「……神?」
思いもよらぬことを言われて、わたしは思わず目を瞬かせた。
「そう。古代神の末裔ってわけか。なるほどねえ。もうびっくりするくらい薄い血だけどさ、それでもここまで残ってるのだとしたらかなり多い方じゃないかな。
その血には抵抗力があるんだよ。神の干渉に。だから記憶がそのまま保持された。悲劇以外の何ものでもないねえ」
「神の、干渉ですって?」
瞬間、あのときのザックの顔が脳裏に浮かぶ。まだ幼さを残す彼の、ぽかんとした顔。
「そう! えっとね、僕はこの子、ペルラのために世界を巻き戻したんだ。ーーいや、ちょっとニュアンスが違うかな? ペルラの魂を過去に送ったというほうが近いだろうか。そして、彼女がいろいろ無双した結果、世界が大きく変革されたっていうわけ」
「ーーじゃあ、ザックが亡くなったのは……」
「端的にいえば、ペルラのせいかな? 未来が変わったから。でも、僕が過去に送ったのはこの子だけだから、他の人は記憶を書き換えられたっていうわけ」
神はにこにこしながら言った。
「ち、ちがうわ。ヴィオ。わたくしのせいなはずないでしょう?」
ペルラが潤んだ瞳をこちらに向ける。──眠れない夜、何度も様子を見に来てくれて、妹のように扱ってくれたペルラの記憶が確かに頭の中にあった。でも、──でも。
わたしの中にある記憶は、彼と過ごした温かい日々は、嘘じゃなかった。傷ついた心が見せる幻想なんかじゃなかったーー。
「ああああああああああああああああああ!」
突然、後ろのほうで叫び声がふたつ、上がった。ぼろぼろと涙をこぼして立ち上がったのは、トルペとキャンディスだった。
「──思い出した。思い出したのよ。あの人が言っていたのは嘘なんかじゃなかった」
「キャンディ?」
「……っ、うるさい! おまえがあの人を殺したんだ!」
キャンディスが声を荒らげた。トルペは青ざめた顔でぶつぶつと呟いている。
「……彼は私を助けるために連れ出してくれたんだ、それなのに」
「トルペ?」
「黙れ。おまえは利用していただけだろう、私たちを」
今回の事件を受けても、わたしと違ってぎりぎりまでペルラを信じていた二人の心が、完全に振り切れてしまった。
彼女が変えたのは、彼女にとって都合のいい未来だ。
そこにわたしたち脇役の心はない。罪悪感なのか見栄なのか。いや、それとも違う。ただ友だちがほしかったペルラの、無邪気な遊びに過ぎなかったのだと今はわかる。
王太子を二度も殺そうとしたペルラの心のうちが、わたしにはわからない。同じ人間だと思えないーー。
「うーん、困ったなあ。君たち、争わないでおくれよ。僕が答え合わせを見せてあげるからさ」
「……っ、アシュテルラ様?」
ペルラが神のほうを振り返る。アシュテルラ神は、そんなペルラにウインクをして、空になにかを映し出した。そこには今よりずっと幼い、十歳くらいのペルラが「過去に戻ってる?」とつぶやく姿があった。