8.ある歴史学者の研究室にて。改竄史
「おいおいおい、なんだよこれは」
男は乾いた笑いを漏らした。
しかし、資料の"バックアップ”を取っていなかったことを思い出し青ざめた。男にはすぐれた記憶力があり、一度見たものは忘れない。けれども、これはそういう類いのものではないと見て取れた。
きっと、男の記憶そのものも書き換えられてしまう。
すぐさま魔法石版を取り出し、目の前で消えゆく文字を覚えているうちにと記録していった。魔法石板自体は多数普及しているが、これは"異界の神"にもらった特別製。
だから、他からの干渉を受けることは無い。
やっとのことで男が記録を終え、ふうと長い息を吐いた。
資料に目をやると、まったく違うものに成り代わった歴史が記されている。
男は、変更された箇所を慎重に見比べながら「改史」にしるしをつけ、考察を記入していくことにした──。
星歴986年
★アシュテルラ王国第一王子セオドリク、ユルゲン子爵家三男ザッカリー、ウィザーミア伯爵家長女トルペ誕生
星歴987年
メリー子爵家三女キャンディス誕生
星歴988年
★マルガレーテ公爵家長女ペルラニア、ファイルヒェン男爵家長女ヴィオレッタ、リパーン男爵家庶子アレッタ誕生
星歴995年
ペルラニアとセオドリクの婚約が結ばれる
ヴィオレッタとザッカリーの婚約が結ばれる
星歴999年【改】
ペルラニアとセオドリクの婚約が解消される。セオドリクの病気のため。
(→病気? そんなものはなかった。毒の可能性?)
星歴1000年【改】
第二王子誕生。(→正史には存在しない王子だ。第一王子の継承が危ぶまれたからか?)
ペルラニア、そして父マルガレーテ公爵が野盗に襲われ、逃げ込んだ先の森でファイルヒェン家の騎士に助けられる。
その際、ファイルヒェン男爵夫妻、娘ヴィオレッタの婚約者ザッカリーが死亡。
ヴィオレッタはマルガレーテ公爵家預かりとなる。
(→ファイルヒェン若夫婦が共同開発する魔法封印解除はどうなる? 確か魔法研究者として特に有能だったのはザッカリー氏のはずだ)
星歴1001年【改】
ペルラニアが星点病の特効薬を開発。その際協力者となった子爵令嬢キャンディスを側近に起用。
ペルラニアの母、マルガレーテ公爵夫人が患っていた病だが、それにより回復した。
(?)
星歴1003年【改】
ペルラニアが自らの騎士として伯爵令嬢トルペを迎える。
実家で虐げられた彼女を辱めるため、下男と駆け落ちさせようとしていたところを救出。下男はその場で切り捨てられる。
(?)
星歴1006年【改】
マルガレーテ公爵家預かりとなっていた男爵令嬢ヴィオレッタが爵位を継ぎ、女男爵となる。
セオドリクの体調不良が毒によるものと判明。ペルラニアの開発した薬で快癒。ペルラニアとセオドリクの婚約が再度結ばれる。
その先の歴史は空欄になっている。
男は頭をかいた。今がまさに"戦い"あるいは"変革”の最中なのだろう。途中から考察を記入するのもやめていた。そしてふたたび乾いた笑いを漏らした。
「はは、……都合が良すぎるよなァ」
男は改竄史のバックアップを魔法石版に残し、家を出た。今彼にできることはなさそうだったからだ。誰も居なくなった部屋で、資料の文字がまたひとつ、増えた──。