3.顕現する神
「僕のこと呼んだ~?」
空を割るように現れたまばゆい光。その荘厳な光景からは考えられないくらい、それは間延びしたなんとも威厳のない声だった。
処刑場へと集まっていた民衆は、突然空に投影された巨大な男の姿を目にして、叫んだり恐れたり失神したりと、あたりは騒然となった。
しかし、ペルラは違った。彼女はその男に向かって婉然と微笑みかけた。
「──ああ、来てくださったのですね。アシュテルラ様」
その声に反応したのは、王子・セオドリクだった。彼はがたりと立ち上がり「アシュテルラだと?」とつぶやいた。
それは彼の家名であり、この王国の名前であり、そして祀っている神の名でもあったからだ。
ここはアシュテルラ王国。
北の果てにある忘れ去られた大陸に位置する小さな国だ。
星の王国とも呼ばれるここは、他の国々と比べて夜が長い。
そして、空気が恐ろしく澄んでいて、遠く彼方の星まで見通せると言われる。
果ての大陸にある国だが、美しい夜空を目当てにやってくる旅行客も少なくはない。
アシュテルラには、年に一度だけ、他国には見られない、不思議な現象が起こる日があった。
花宵の日と呼ばれている。その日は朝から翌朝まで、ずっと闇に覆われる。人々は他国から仕入れた魔石灯をこの日ばかりは贅沢に使い、祭りで騒ぎ、あるいは大切な人と穏やかに過ごす。
暗闇に覆われる、一見すると不吉な日ではあるが、この日を狙ってやってくる旅行客は多い。どこからともなくひらひらと、光を放つ祝福の花が降ってくるのである。
これは、光の神、アシュテルラによるものだとされていた。
アシュテルラ王国では、二柱の神の存在が知られている。
光の神・アシュテルラ。
夜空に輝く星の光のように、人々を導く光だと言われる。国民はみな彼の神を祀る。
宵花の日に花を降らせているのは彼の神だと言われている。金色の長い髪をした中性的な美しさを持つ男性であるとだけ伝わっている。
そして闇の神。名前は無い。
アシュテルラ神の影から生まれたとされ、気に入らぬものを地獄へと連れ去るのだという。
名前を出してはいけない神として恐れられており、また花宵の日を闇で閉ざしているのはこの者の仕業だと言われている。
「ーー神が顕現したなど聞いたことがない」
「ん? 何度もあるよぉ?」
セオドリク王子が思わずこぼした小さなつぶやきだと言うのに、神はそれを拾ってにこにこと笑った。
「でも今回はちょっと派手だったかな?」
そして考え込むような仕草をした。
そして、足元までさらりと流れる金色の髪をさらりとかきあげる。見目は恐ろしく整っているので、その様は荘厳な儀式のように見える。
「まあいっか。それで? 僕の愛し子はなぜ僕を呼んだのかな?」
「愛し子?」
怪訝な顔をするセオドリクの元に届いたのは、「わたくしですわ」というペルラの声だった。
「やあ、ペルラ。今度はなぜ僕を呼んだの?」
気さくに声をかけてくるアシュテルラ神に、ペルラは感極まったように頬を上気させ、潤んだ瞳を向けた。
「やはり、あのときわたくしを助けてくださったのは、貴方様だったのですね」
「うん。かわいそうだったからね」
神はにこにこして言う。
「何の話を……」
割り込んでくる王子を神は一瞥し、「うーん、面倒だなあ」と頭をかいた。
「……本当に面倒だ。僕、説明するのってきらいなんだよね」
見た目にそぐわず、幼い子どものようにこぼす彼の表情がすっと冷める。
「ううううぅ!」
次の瞬間、集まった人々が皆、うめきながらその場に倒れ込んでいった。
「まあ! アシュテルラ様、なにを……」
ペルラが問うと、アシュテルラ神は「てっとり早い方法を」と片目をつむった。
ペルラはおろおろと辺りを見渡す。
「おや、君は立っていられるんだね?」
神の視線の先には、ペルラの"おともだち"だったヴィオレッタ・ファイルヒェン女男爵が、先ほどと寸分変わらぬ表情でただ立っていた。
ほかのおともだちや、王子、聖女、誰もがくずおれて頭を抑えている中で、たったひとりだけ。