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終章 星の女神と闇の神

「ねえ、神として生きることに終わりはあるのかしら?」


 わたしの問いに、ザックは神妙な顔をしてうなずいた。この場所にやってきて、体感としては数ヶ月が過ぎたような気がする。


 神であるザックには地上のことが、見ようとすれば見通せるようだ。でも、愛し子にすぎないわたしにそんな力はなかった。


「ああ。あるだろうな。それは忘れ去られることなのだろうと思う」

「──そう。でも、それがどんなに気の遠くなるくらい先のことなのだとしても、わたしはまたあなたと生きていきたい。もう二度とあなたを失いたくない」

「……ふふ」

「どうして笑うの?」


 わたしは頬をふくらませた。

 ペルラ様──ペルラニアの屋敷で身につけた淑女のマナーを忘れるくらい、ザックといると幼い自分に戻ってしまう。


「いや、──彼女たちも同じことを言っていたから。ほら、君といっしょにこちらに来てしまったから、後始末ができなかっただろう。君が眠っている間に地上に降りたんだ。俺は奴と違って、夜であればいつでも顕現できるから」


「……! トルペは? キャンディスは? アレッタ様は……?」


「そうだな。君とともに暮らしていたあの二人は、記憶を戻されたことで心が壊れそうになっていた。それでも、記憶を消さずに生きていくことを選んだ。

 聖女アレッタは、セオ……セオドリク王子と少しずつ心を通わせている様子だったよ。ふたりともやはり、記憶を消さずに生きることを望んだ。

 それ以外はほとんど皆、巻きもどる前の世界を忘れて生きることを選んだよ。泣いている者が多かった」


「そう……」


「だが、彼女たち二人にはもう一度会うことを約束している」


 ザックが、神妙な面持ちで言った。


「トルペたちに? ──どうして?」


「それは……。昔、俺がヴィオに話したことを覚えている? 遠く離れた花の国、禁術のこと。生まれ変わった二人を繋げる魔法の話」


 あの忌々しい日に、確かザックが話していたような気がする。


「ええ。まさか……」


「そう。俺はね、アシュテルラがペルラニアを捕まえるまで君に会えないという制約をかけられていた」


 ザックの顔に苦痛が浮かぶ。

 そして「君がつらい時に駆けつけられずにすまなかった」と頭を下げた。


「それで──ここに一人でいると頭がおかしくなってしまいそうでさ、持て余した時間を使って世界中を巡ってきた」


 すっかり老成したようになってしまったザックの瞳に、わずかに光が宿る。わたしは、魔法について話すときの、ザックのきらきらした目が好きだったことを思い出した。彼が本当は貴族よりも研究者になりたいことにも気づいていた──。


「花の国は、ここと同じように魔法を使える者が少ない。

 でもずっと昔に大魔法使いと呼ばれる者たちがいて……その禁術を知っている者がいないかを探していたんだ」

「見つけたのね」

「ああ。大魔法使い本人をね」

「本人、ですって?」


 その人も、人では無い何かになったのかしら?と、わたしは内心首を傾げた。


「幸い、神になってから見えるものが驚くほど増えてね。巨大な魔力を感じて探ってみたところ、大魔法使いは地下奥底に封印されていた。動けない魔法をかけられてね。まあ、会話はできたが……」


「封印されているってことは、悪い人なの?」


 ザックは困ったように笑う。


「人格が破綻している、少しペルラニアと似たようなところがある男だった」


「封印を解いたの?」


 ペルラと似ている。危険な匂いを感じて恐る恐る尋ねると、ザックは首を振った。


「いや、それはしない方がいいと思った。だが、そもそも本人が不要だと言うんだ。特に不自由はしてないからって」


「……変わった人ね」


「ああ。それでも、魔法の話が好きらしく、七昼夜魔法談義に花を咲かせてしまった」


 思い出しているのか、ザックの目がきらきらと光る。


「──だが、生まれ変わった二人を繋げる魔法は、やはり禁術なだけあって、それは死ぬときにしか掛けられないことを知った。

 だから、彼女たちが命を落とすとき。かつての恋人との再会を望むなら、俺を呼ぶように伝えてある。ただし、決して自ら命を絶つことなく、懸命に生きてくれと、そう伝えた」


 わたしは何とも言えない気持ちになった。


「アシュテルラは、どうして俺だけを救ったんだろうな」


 ザックがぽつりとこぼす。わたしもそれを考えていた。 でも。


「神の常識と人の常識は違うんじゃない?」


 わたしがいうと、ザックは少し辛そうに、それでも笑った。





 ちりり、と鈴のような音が鳴る。


「噂をすれば。……思ったより、早かったな」


 ザックは苦笑した。

 それは、かつて、同じ場所で暮らした気のいい人たちの死を意味していた。


 実感が伴わないまま、涙だけがほろりと落ちる。わたしは、それをごしごしと袖で拭って、下へ降りようとしているザックの背に声をかけた。


「ねえ、戻ってきたら、わたしにもその禁術を掛けてくれない?」


 ザックがばっとこちらをふりかえった。その顔は青ざめている。


「いや、しかし……」

「だって、いまのわたしたちだったら、死なないでしょう?

 いつかふっつりと消えてしまうくらいだったら、死んでもすぐに蘇るいまのうちにかけておいたほうがいいじゃない」

「いや、それならば死ぬのは俺がやる。だが、──君は、来世での生き方も選ばないつもりなのか?」


 わたしは首を振った。


「ううん。選んでるよ!」


「ヴィオ……」


「これはわたしの意思なの。闇の神の愛し子になったのだってそう。わたしは気が遠くなるくらいうーんと長生きして、それからまた命が巡るとしても、わたしは絶対あなたと一緒がいいわ。──今度こそ、ずっと」


 そういうとわたしは背伸びをして、ザックの冷たいくちびるに口づけを贈った。


「ザック、──好きよ」

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