19.ある歴史学者の研究室にて。新暦
男が帰宅すると、また資料が書き換わっていた。いや、続きが綴られていたというほうが正しいだろうか。
男は熱いコーヒーを入れると、どかりと椅子に腰を下ろした。眼鏡を上げて、これまでのものと比較しながら、書き換わったものを読み込んでいく。
「ふうん、新しいものは1008年からか。それ以外は違いはなさそうだ」
星歴986年
★アシュテルラ王国第一王子セオドリク、ユルゲン子爵家三男ザッカリー、ウィザーミア伯爵家長女トルペ誕生
星歴987年
メリー子爵家三女キャンディス誕生
星歴988年
★マルガレーテ公爵家長女ペルラニア、ファイルヒェン男爵家長女ヴィオレッタ、リパーン男爵家庶子アレッタ誕生
星歴995年
ペルラニアとセオドリクの婚約が結ばれる
ヴィオレッタとザッカリーの婚約が結ばれる
星歴999年【改】
ペルラニアとセオドリクの婚約が解消される。セオドリクの病気のため。
(→病気? そんなものはなかった。毒の可能性?)
星歴1000年【改】
第二王子誕生。(→正史には存在しない王子だ。第一王子の継承が危ぶまれたからか?)
ペルラニア、そして父マルガレーテ公爵が野盗に襲われ、逃げ込んだ先の森でファイルヒェン家の騎士に助けられる。
その際、ファイルヒェン男爵夫妻、娘ヴィオレッタの婚約者ザッカリーが死亡。
ヴィオレッタはマルガレーテ公爵家預かりとなる。
(→ファイルヒェン夫婦が共同開発する魔法封印解除はどうなる? 確か魔法研究者として特に有能だったのはザッカリー氏のはずだ)
星歴1001年【改】
ペルラニアが星点病の特効薬を開発。その際協力者となった子爵令嬢キャンディスを側近に起用。
ペルラニアの母、マルガレーテ公爵夫人が患っていた病だが、それにより回復した。
(?)
星歴1003年【改】
ペルラニアが自らの騎士として伯爵令嬢トルペを迎える。
実家で虐げられた彼女を辱めるため、下男と駆け落ちさせようとしていたところを救出。下男はその場で切り捨てられる。
(?)
星歴1006年【改】
マルガレーテ公爵家預かりとなっていた男爵令嬢ヴィオレッタが爵位を継ぎ、女男爵となる。
セオドリクの体調不良が毒によるものと判明。ペルラニアの開発した薬で快癒。ペルラニアとセオドリクの婚約が再度結ばれる。
(~ここからが新史だ~)
星暦1008年
ペルラニア・マルガレーテが第一王子セオドリクを毒殺未遂。侍従・侍女と逃走したものをとらえる。ペルラニア含むマルガレーテ家の人身売買や毒物製造など違法行為がわかり、婚約破棄、処刑となる。
処刑直前、アシュテルラ神ともう1柱が顕現。アシュテルラ神とペルラニアはともに消える。また、もう1柱にヴィオレッタ・ファイルヒェン女男爵がついていく。
(生贄ということか?)
星暦1009年
セオドリク・アレッタ婚姻
星歴1010年
セオドリクとアレッタに第一王子誕生。
星歴1012年
第二王子誕生。
星歴1021年
国境に大型魔獣が出現。なんとか討伐するも、大きな被害を受ける。その際、元伯爵令嬢が逝去。
星歴1023年
元子爵令嬢キャンディスが新薬を開発。難病患者を多数救うが、流行病に感染し逝去。
星歴1025年
『新版 アシュテルラ王国の神』(アレッタ・アシュテルラ著)出版
「ふうん。これを取り寄せてみるか」
新史の最後に書かれた、今まで存在しなかった本を魔法石版で検索する。
あおり文句は「これまで知らなかった神の世界」といかにも怪しいが……。どうやら絶版になっているようだ。
それでも諦めきれずにあちこち探し回った。男の住む国にも、花の国にもない。わざわざ最果てのアシュテルラ王国にも足を運んだが見当たらず、くたびれたところで、町外れの古びた書店でついに見つけた。