18.夕焼けの丘、神の棲み家
★20話+エピローグで、お昼ごろに完結します。
★その後は、後日談などを書く予定なので、引き続きお付き合いいただければうれしいです!
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「ヴィオ! どうして勝手なことを……」
ザックが怒っているのを見るのは、はじめてのことだった。
「僕に愛を誓った。その時点で、君は僕が死ぬまで死ねない、僕のものになってしまった。人間じゃなくなるっていうことだ」
人間じゃなくなる。その言葉にはぞくりとしたけれど、それを初めから知っていたとしても、わたしはきっと同じ選択をしただろう。
「ずっと後悔してた。ザックに、好きだって言わなかったこと」
「だからって……」
「もう、頭がおかしくなりそうだった。急にあなたが消えてしまうから。あのまま狂ってしまいたかった」
「ヴィオ……」
「──でも、そうならなくてよかった」
ザックはわたしをきつく抱きしめた。
わたしたちがいるのはとても不思議な場所だった。空に浮かぶ島のような空間だろうか。空はどこまでも突き抜けるように深い。そして、夕方の淡い橙色をしている。
一面に広がる花畑は、青い小花や豪奢な白い花などさまざまだ。見たことのない形のものもたくさんある。
わたしたちのそばには泉がある。どこか甘いにおいがする。
建物が見当たらないけれどどうするのかしら、とわたしは呑気に思った。ザックに会えた。それだけで、今まで身のうちに買っていた重たい気持ちのほとんどが霧散している。
──心配事はあるけれど。もう少し、できることをしてから来るべきだったのかな。
ふと、トルペやキャンディスたちのことを想った。
「宵の日の仕組みが、わかった」
ザックがぽつりと言った。彼は私を抱きしめていた。ぽろりと涙が落ちたことに気づかれたのかもしれない。
「あれは、……アシュテルラ神は、確かに光の神ではある。気まぐれに人に祝福を与えたり、困っているものがいれば助けることもある。
でも、それはあくまでも彼の基準でのことだ。基本的な性質は、残忍で、自分勝手。──そんな彼が地上に顕現できる危険な日、それが宵の日なんだ」
「それじゃあ、ふだんは?」
ザックはふるふると首を振る。
「あの空間の裂け目にいるのだろう。おぞましい場所だ。
遊びに飽きると、地上に出てくる。もちろん、宵の日にしか出られない。
あるときは獲物を物色するために、あるいはその獲物を育てるために。そして獲物の願いを叶え、最後に連れて行く。神は、少なくともあの人は、人を攫うことができない。──同意がいるんだ」
わたしは、神がペルラに「寵愛を受けてくれるか」と尋ねていたことを思い出した。あの自分勝手な雰囲気からは意外だと思ったのだ。
そしてペルラは喜び勇んでついていってしまった──。もしかしてそれは、処刑よりも……。
同じころ、アシュテルラ神の寵愛に同意したペルラは、空間の裂け目、神の棲み家にたどり着いていた。
そこには一点の光もなかった。あちこちから獣の唸り声のようなものが聞こえてくる。もっと美しい場所だと想像していたのに。この向こうに宮殿があるのかしら。
「アシュ様! おかえりなさいまし!」
若い女の声が響く。とすん、という音がして、甘いにおいがした。アシュテルラ神にだれかが抱きついているようだ。
「アシュテルラ様? その女は?」
ペルラが訊くと、闇の中にぎろりと目が光った。
「まあ、新入りかしら」
「──新入りだって」
あちこちから同じような声がする。
少しずつ目が慣れてきた。その声の主が皆、若い女なのだと気がつく。ただし、獣のような歩き方をしていて──。
「彼女たちは、僕の愛し子だよ。みんな君と同じようにかわいそうだから連れてきたんだ」
「え?」
「仲良くしてね、ペルラ」
アシュテルラ神が、ペルラの頭を撫でる。ペルラはかっとなった。
「どうしてですか? わたくしだけを愛してくれると言ったのに」
「君だけ?」
はっと馬鹿にしたように彼は笑う。
「神がたった一人を寵愛するなんて、誰が言ったの?」
ペルラを見下ろすアシュテルラ神は、もう笑っていなかった。
「──わ、わたくしはただ、わたくしだけを愛して、裏切らない人がほしかっただけよ。おともだちでも、妹でも、恋人でも……」
「いたじゃないか?」
「え?」
「君を閉じ込めようとしていたあの男だよ。妹のほうは君を裏切った。でも、兄のほうは君だけを狂おしいくらい愛していたじゃないか」
「エメリーのこと……?」
アシュテルラ神の口元が、にんまりと弧を描く。
「そうそう、そんな名だったっけ。でも、君は靡かなかったじゃないか」
「だって……」
「あの男が、貧民だからだろう?」
「ちが……」
アシュテルラ神がかがんで、ペルラに口づけをした。
「ふふ、君は本当にかわいそうだ。君が求めていたのは、自分だけを愛してくれて、裏切らない権力者じゃないか。だから、裏切った友人や妹はかんたんに切り捨てた。裏切らない貧民は捨て置き、王子や神のそばに侍ることを望んだ」
「わたくしはそんな……」
アシュテルラ神は、彼女の耳元で囁く。
「僕はね、君のそういう汚いところが好きなんだよ」