17.神が生まれた日
それは宵の日のこと。ヴィオが顔を真っ赤にしながら、なにか言いかけているのがわかった。けれども、次の瞬間。違和感に気づく。
はじめに襲ってきたのは頭が割れるような痛みだった。
目の前のヴィオがどんどん幼くなっていく。夜と朝が猛スピードでくり返されるような気持ちの悪い光景。
混乱しているうちに、突然感じた腹の熱さと、痛み。ヴィオの叫び声。
「──ああ、これでわたくしの妹が手に入ったわ」
と、ぽつりともたらされたのは、嬉しそうな声。聞き覚えがある。学院で。あれはセオドリクの……。
ヴィオの姿が遠くなっていく。目の前が暗くなって、ぷっつりと意識が途切れた。
気がつくと不思議な場所にいた。
抜けるような空は淡いオレンジ色をしている。一面の花畑。そして小さな泉。ここが死後の世界だというのか。
「あ、起きた?」
軽い調子の声がかけられた。
そこにいたのは、金色の長い髪をした長身の男だった。白い貫頭衣に金色の袖なし外套のようなものを羽織っている。
目の色は、ヴィオと同じで金色。顔立ちは女性のような美しさだが、体つきはたくましく見える。
「君がさ、あまりにもかわいそうだったから。なにか望みでもきいてあげようと思って。何がいい? 最強の能力を持って転生してみる?」
男は適当に言う。
「ーーヴィオのそばに戻せ」
「……それはできない相談だなあ。僕の愛し子がほしがっているからね」
ふたたび鈍く頭が痛んで、塗り替えられた記憶と、愛し子だという女のことが頭に流れ込んできた。
「僕さ、まどろっこしいの嫌いなんだ。どう? これでわかった?」
「あなたは神なのだろう? どうしてこんなことを……」
俺の言葉に、アシュテルラ神は眉根を寄せた。すうっと周りの温度が下がるような冷たさに震える。
「神と人間の常識が同じだなんて、誰が言ったの? 僕が祝福の神? それを決めたのは誰?」
眼の前にいる男の双眸が、真っ黒な闇色に変わる。
「そうだ! いいこと思いついた。君も神にしてあげるよ!」
「は?」
アシュテルラ神は、なんでもないことかのように言った。
「それなら最強の能力も得られるわけだし!
もとには戻れないけれどさ。僕が愛し子を手に入れたあとなら、君の好きな子のそばに行ってもいいよー。そういう制約にしといてあげる!」
神は俺の答えを待たずにこちらに手を向けた。ふたたび頭が痛む。立っていられないくらいのひどい痛みに吐きそうになる。身体中の骨が軋み、自分ではない何かに成り代わっていくのがわかった。
「ただ、神って結構面倒くさくてさ。何でも出来そうに見えて以外でしょ? あ、そのへんのことは全部頭の中に送っておくから。自分で覚えてね」
そういうと空間がぽっかりと裂けて、闇が覗いた。そこからはいくつもの泣き声が聞こえてくる。
「あ、今はね、星暦998年!
もちろん神になるんだから、もっと前から存在していることになると思うけどー。
君とあの子以外は戻れないから。その他のやつらは記憶補完で対応してるんだ。君はまだ世界には存在してるわけだけど、人間と神って別物だからそのへんは矛盾にならないと思うよー。それじゃあ」
適当な説明を残すと、アシュテルラ神は、にやりと笑いながら、闇の裂け目に足を踏み入れた。甲高い叫び声が、いつまでも耳についた。
こうして俺は、"神”に作り変えられてしまった。