15.神と愛し子(1)
セオドリク殿下への毒殺未遂。それがペルラニアの罪。ミーアが命をかけて、心を殺して張った罠だ。でも。
「あまり覚えていないのよ。記憶が曖昧というか……。エメリーとミーアは賢い子だと思っていたのだけれどね……」
こてりと首を傾げ、おっとりとペルラは言った。その後ろには巨大な神の姿が見える。
「覚えていないですって……?」
わたしの中には怒りが燃えていた。
エメリーという男のことはよく知らない。でも、ミーアは。
双子はお互いに殺し合ったのではないかと思えてならなかった。
人生を奪われた彼ら、狂わされた私たち、巻き込まれた双子。
ペルラの心はあまりにも歪に思えた。今もあの穢れのないほほ笑みを浮かべている。その心には一点の罪悪感もないのだ。
「わたくしはいつも、ただほしいものをほしいと言っただけだわ。あなたたちのことも可愛がってあげたでしょう?」
そう言って、キャンディスを、トルペを、そしてわたしを。不思議そうな顔で眺めた。
ドレスを翻して走った。わたしは丸腰で、武器もなにも持っていないけれど、一発くらい殴ってやらないと気がすまないと思った。
近づいてくる私を見て、ペルラはぱちぱちと瞬きをしたあと、いつも守っていた双子がいないことを思い出したのか、ぎゅっと目を閉じる。
轟音が鳴った。
耳にぴりりと痛みが走り、わたしはうめきながら崩れ落ちた。
すみれ色の髪の毛が、バラバラと散って、燃えていくのが見えた。
首元がすうすうする。髪の毛と、耳たぶが少し切れたみたい。
「いまのが神の怒りだよ?」
アシュテルラ神がにこにこした表情を崩さずに言った。
「警告に留めたけど、僕の愛し子になにかするんだったら次は容赦しないからね」
その言葉に、ペルラがぱあっと顔を明るくする。
今までは空に投影されていた神の姿が気づくと消えていて、長身の男性がペルラのそばに立っていた。
「ねえ、ペルラ。こんなところにいないでさ、もう一緒に行こうよ」
「まあ、わたくしを連れて行ってくださるの?」
「うん。僕の寵愛を受けてくれる?」
「もちろんです。わたくしはあなたのものですわ」
ペルラが恍惚として言った。
「わたくし、ずっとほしかったの。誰よりも強くて、わたくしのことだけをまっすぐに愛してくださる大事な人が」
「……そう。さて、この国はもういいかな。飽きちゃった」
そう言ってアシュテルラ神は、王宮に、わたしたちに、てのひらを向けた。
「──あなたは、それでも神様なの?」
それまでにこやかに笑っていたアシュテルラ神の表情がすっと消える。こちらに手を向け、それからまたほほ笑みを貼り付けた。
「次は容赦しないっていったのになあ。──ねえ、神と人間の常識が同じだなんて、誰が言ったの?」
セオドリク王子はアレッタを庇うように前に出た。キャンディスとトルペは泣きながら抱き合っている。
ペルラニアの両親は、震えながら娘に手を伸ばす。
「ーーペルラ、もちろん私たちは助けてくれるのだろう?」
「ええ。あなたの大好きなお母さまですもの」
ペルラは冷めた目を二人に向けた。
「ええ、わたくし、あなたたちのことが大好きでしたわ。だからこんなにも奔走してあげたというのに……。先ほどつぶやいていたこと、すべて聞こえていました。まさかお父様とお母様が、私を捨てて助かろうとしていたなんて……」
マルガレーテ公爵夫妻は青ざめた。
「あの者たちはいいだろう?」
「はい、アシュテルラ様」
ペルラはにっこりと笑う。そして、"神の怒り”が放たれた──。