14.双子の復讐
わたしは、侍女ミーアと聖女アレッタについて、急いでその場所へ向かった。
しかし、そこにいるのは、口から泡を吹き、苦しげな呼吸を繰り返すセオドリク王子だけで、ペルラ様の姿はなかった。毒に慣れている王子だからこそ、まだなんとかもっている。そんな感じなのだろう。
ミーアは小さく舌打ちをし「……エメリー!」とつぶやいた。その目にはまだ涙の粒が残っている。
アレッタは青ざめた顔で、しかし躊躇いなくセオドリクに近づき、魔法をかけた。
アレッタの赤い瞳の中に、いくつもの星が散る。
この国では魔法を使える人はほぼいない。とりわけ、星魔法は世界でも珍しい聖なる魔法だ。平民だったアレッタは、ただそれだけで高位貴族にも劣らぬ身分を得た。
前の生では、ペルラに刺された王子を、そこに居合わせて救ったことでわかった能力だったが──。今回、彼女を取り立てたのはペルラ。
あの人のやりたいことはちぐはぐで、よくわからない。
ただ、万能ではなく、怪我や即効性の毒といった目に見えてわかるものにしか効果がない。単なる体調不良や馬車酔い、あるいは遅効性の毒であれば使えないのである。
逆にいうと、今回はまさに聖女アレッタがいなければセオドリクは死んでしまっていただろう。
セオドリク王子の呼吸が落ち着いてきた。アレッタはドレスが汚れるのも構わず、その袖口で汚れた彼の口周りを拭った。
しかし、気がついたときには、ミーアの姿も消えていたーー。
その夜、なにかの気配を感じてふと目を覚ますと、そこにはミーアが立っていた。いつもの侍女服ではなく、闇に紛れるような黒い男装姿。これは彼女が仕事をするときの服なのだろうか。
「……もうすぐすべてが終わるだろう」
ミーアは言った。
「真実は残らない。だが、あなたにだけは伝えようと思う。
私たち双子のことを知る者が一人でも居たら。そんなことを柄にもなく思ってしまった」
「……聞かせて」
「まず、あなたの悲惨な過去については想像通りだ。そして、今日起こったことは、私たち双子からの復讐」
「あなたたちからの?」
「私たちは幼い頃、奴隷商に捕まった。そこで酷い仕打ちを受けて……助けてくれたのがお嬢様だった。でも」
そのあとの言葉がなかなか続かなかった。
「……それは、あの人の自作自演、だったのね」
ミーアは力なくうなずく。
「違和感は覚えていた。でも、信じたくなかったのだ。私たちへのお嬢様の優しさは本物だったと、今でも思うのだ」
わたしもふと思い出した。悪夢を見て魘されていると、いつもやって来て抱きしめてくれた彼女の姿を。たくさん甘やかされた記憶もあった。
あれはとても演技には思えなかった。
「私は、ある方を愛してしまった。ーーその方と結ばれることはないし、そうしようなどと微塵も思っていない。
けれども、動けない体を押して努力を続ける強さに惹かれたのだ。あの方に毒を飲ませ続けるのが辛かった」
わたしは押し黙った。ミーアの瞳は濡れていた。窓から差し込む月光を受けて、きらきらと強い光が散っていた。
「ねえ、あの香水はなんだったの?」
「媚薬だとお嬢様は思い込んでいた。お嬢様は、王子が誰かに惹かれているのではと疑っていた。婚約者ではあるが、前の生の記憶があるから不安だ、既成事実を作ってしまおうと」
「そう……」
「それを私たちがすり替えておいた。それぞれの、目的のためにな。ーーなあ、あなたにも、記憶があるのではないか?」
ミーアがまっすぐにわたしを見た。わたしは少し迷ったが、うなずく。
「だろうな。そう思っていた。だから、あんなことを言ったのだろう? それが友人たちを、私を、そして王子を少しずつ蝕んでいった。──いや、目を覚まさせたといったほうが正しいのか」
ミーアは乾いた笑いを漏らした。
「お嬢様は、本当に無実の罪で死んだのか?」
しばらくして、ミーアがぽつりと漏らした。わたしは首を振った。
「──わたしは前の生でペルラ様に関わったことがない。だから、公式に発表されていることしかわからないけれど。侍従との不貞で婚約破棄されたことを恨んで、セオドリク様を刺したの」
ふう、とミーアが長い息を吐く。
「きっと、それがお嬢様にとっては正しいこと、なのだろうな」
ふわりと夜風が吹き込んできた。いつの間にかミーアは窓際に立っていた。
「お嬢様を連れ去ったのは、兄のエメリーだ。
私から真実を聞いてもなお、あいつはお嬢様への妄執を捨てられなかったらしい。居場所はわかっている。日が昇ったら、マルガレーテ領、湖の西側を目指せ」
そう言うとミーアは倒れ込むように夜に消えていった。