13.菫姫の復讐
「ヴィオレッタ。また悪夢が続いているの?」
それは花宵の日からしばらく経ったある午後の事だった。
日にちはわたしが覚えているものと変わらない。そのときのわたしは、記憶だけが書き換わっている状態だった。
食堂で声をかけてきたのはトルペとキャンディスだった。
マルガレーテ公爵家の屋敷は驚くほど広く、わたしたちのように保護していたり、育てていたりする貴族のための施設も充実している。
いろいろなことを思い出して、けれどもそれがただの夢であるとも思えず、部屋から出たのは一ヶ月ぶりだった。
ほとんど毎日のようにペルラ様が部屋にやってきて、わたしをなだめていた。わたし専属の侍女たちが食べやすいものを運んできたり、無理やり湯浴みに連れて行ったりしてくれていたけれど、それ以外はひたすら眠って過ごしていて。
自分で起き上がって、きちんと食べて、体を清めたら、少しずつ頭がクリアになってきた。
すると、気になることがいろいろと出てきたのだった。そしてわたしは仮説を立てた。頭の中にあったばらばらのピースが、ものすごいスピードでカチリ、カチリと集まってくるような。
そして、すべてが集まったとき、わたしの中はほとんど激情に染まった。燃えるような怒り、後悔、無力感。
だから、わたしは復讐することにした。でもそれは、直接的なものじゃない。
「ねえ、──ふたりはペルラ様に違和感を覚えたことはない?」
この言葉を投げ落とすだけでよかった。ほんのひとしずくの、波紋。
「違和感?」
「どんな?」
「うーん、わたしもぼんやりしているの。このごろなにかお疲れなのか、悩まれているのか……。少し心配で」
たったそれだけで良かった。
善良な二人は、ペルラ様のことを心配して、よく目を向けるようになるだろう。そうすれば、いずれ気がつくはずだ。彼女のちぐはぐさに。たまに見せる光のない目に。
けれども誤算だったのは、それを侍女が聞いていたこと。
だから、あんな事件が起こった。
その日も悪夢に魘されて飛び起きた。誰かに口元を抑えられる。あるはずのない記憶を思い出して、パニックになりかける。
「静かにしろ。お嬢さまに気づかれてしまう」
そう言ったのは、侍女のミーアという少女。
「おまえは、何をしようとしている?」
彼女は、わたしの喉元にナイフを突きつけてきた。
ふだんは薄いベールをつけているから、はじめてミーアの顔を見た。
ミルクティーのような髪色に、薄い水色の瞳。色素が薄く見えるけれど、その肌は異国の地が入っているのだと思わせるような。──そう、だからこの屋敷の侍女たちは皆ベールをつけるのね。
日中はもちろん白粉で誤魔化しているのだろうけれど。思わず乾いた笑いがこぼれる。
「あなたも本当は気づいているんじゃない?」
「……っ」
ミーアはナイフを下ろした。
「ペルラ様は、善人じゃないよね? そう見せてるだけで。いや、本人は善人だと思ってるのかな?」
ミーアはなにも答えない。
「あの人が今日は来ないことも知ってるよ。エメリーさんと一緒でしょう?」
「なぜそれを……」
それはペルラ様が婚約破棄された理由が、侍従との不貞だった、から。
「おまえは何が知りたい?」
「どうしてこんなことになったのか。ねえ、わたしがここにいるのって、偶然じゃないんじゃない?」
「……知らないほうがいい」
ミーアが顔をそむけた。
「あなたも加担していたからね? もうだいたいのことはわかっていたの。なぜかは知らないけれど、わたしはあの人に目をつけられていたのね。だから、じゃまなものをすべて排除した。ーーあの人は、心を壊して、それから甘やかす」
ミーアは何も言わずに部屋を出て行った。
そしてその次の舞踏会で、事件が起きたのだった。
誰かが倒れるような鈍い音。ペルラ様の悲鳴。騎士たちがいち早く動き出したものの、わたしたち貴族令嬢は隅に固まっていた。
そこに駆けつけたのがミーアだった。いつも無表情の彼女がぽろぽろと涙をこぼしながら、アレッタの手を取った。
「アレッタ様、ーーお嬢様とセオドリク殿下が毒で……」