10.ペルラニア奮闘記 B
「今生では絶対に後悔しないわ。やりたいことを全部。そうね、何からやったらいいのか考えなければ」
そう言うとペルラは机に向かい、すらすらと紙になにかを書き出した。あれは王子妃教育で習う外国の文字だろう。気を利かせたのか、アシュテルラ神がそこに字幕をつけた。
・エメリーとミーアの兄妹を手元におくこと
・処刑の日を過ぎるまで、セオドリク様には病弱でいていただくこと
・お父様を守ること
・お母様を守ること
・商会を立ち上げて資産を増やしておくこと
・忠実な騎士を手に入れること
・専属の研究者を手に入れること
そこまで書き付けてから、ペルラは「うーん……」とつぶやき、「妹もほしいわ」と言った。
「お母さまはもう子を産めないみたいだし。でも可愛い子を甘やかしたい!」
ペルラは父の執務室に向かいながらぶつぶつとつぶやいた。
「前生では、エメリーとの不貞で婚約破棄されてしまったから、今回はわからないように侍女として育てましょう。そのためには今から手元に置かなければ。いろいろやってほしいしね。ーー確か子ども時代から貧民街にいたって話していたわね?」
「おや、僕の可愛い子。どうしたのかな」
「おとうさま!」
ペルラは父の胸に飛び込んでいく。
「わたくし、かわいい侍女がほしいの。目星はつけてあるのだけれど……」
そうして彼らの特徴を父に伝えた。
「わかったよ、ペルラ」
父はにんまりと笑った。その瞳に残酷な色を浮かべて。
数日後、ペルラは父に呼び出された。
「ペルラ、君が言っていた子たちを捕まえておいたよ。暴れるから傷だらけになっちゃったけどさ」
「まあ、おとうさま……! そんなことをしたら、わたくしに懐いてくれないではありませんか」
「言う事をきかせればいいだろう?」
「いいえ。わたくしは、心から慕ってくれる子たちがいいの」
「じゃあ、消すかい?」
ペルラはふるふると首を振った。
「大丈夫。わたくしに考えがあるわ。ふたりをわざと逃しておいて?」
ひどい土砂降りの日だった。雨と泥、血でどろどろになった二人の子どもは、貧民街の入り口に倒れていた。そこに豪奢な馬車が通りかかる。
馬車から降りてきた、彼らよりいくぶん年下の少女は、ドレスや座席が汚れるのもいとわず二人を連れ帰り、甲斐甲斐しく世話を焼いた。二人にとって少女は、すべてを捧げるべき主人となった──。
数年が過ぎた。ペルラは二人に、自分が「二度目の生」を送っていることを告げた。
「このままではわたくし、処刑されてしまうの」
そう言ってはらはらと涙を流す主に、二人は自分たちが守ろうと固く決意する。
兄のエメリーは前の生と異なり、中性的な美人に育てた。
エメリーは侍女としていつでも彼女のそばに控え、妹のミーアは王子の侍女として潜り込むことにした。
それからしばらくして、王子の古参の侍女がセオドリクに毒を盛った。即効性の毒で王子は生死の境をさまよったがなんとか一命をとりとめる。
しかし、毒の後遺症で弱ってしまったところに奇病を得て、体が動かなくなってしまった。
二人の婚約は解消された。
「お嬢さま、これで俺たちは……」
ペルラはエメリーにキスをした。
「まだ無理よ。計画を立てなければ。わたくしに得があるように見えてはいけないでしょう? 婚約がなくなっても甲斐甲斐しくお世話をすることで、疑いの目をはらさなければいけないの。それに、引き続き病弱でいてもらわなければいけないのだから」
すっかり人間不信になったセオドリクは、癇癪を起こして、何度も侍女をやめさせた。
ペルラは自分の侍女であるミーアを紹介する。それでも怯えていた彼に「自分がこれまで以上にできるだけ見にくるから」と伝えた。
ミーアの経歴書は、同時期に雇った同い年の子爵令嬢アミティのものと入れ替えてある。
王も王妃もセオドリクの癇癪に疲れ切っており、また、セオドリクよりも新たな後継者のことで手一杯。調査もせずに雇用を許した。
ミーア、いやアミティが貧民の孤児だということも知られずに済んだ。
そうして「与えていた薬をやめるまで」五年以上に渡って、甲斐甲斐しくセオドリクの世話を焼き、その信頼を得たのである。