1.それは花宵の夜のこと
完結話まで執筆済みです!
この話だけでも読めますが、完結済み『ラベンダー!』という作品を先に読んでいただけるとよりお楽しみいただけると思います。
それは花宵の日のことだった。
本来ならば、夜空から花が降り注ぎ、街には灯りが絶えず、人々の笑い声がさざめきあう祭りの日。
星の国・アシュテルラ王国にとって何よりめでたいはずなのに、空は硬く闇に閉ざされ、花が降ることもなかった。そして、一人の女が処刑されそうになっていた。
闇に閉ざされた中、こうして人々の真ん中に立たされている。この光景は、二度目だ。そう。ペルラが以前、処刑されたときに見たもの。
ーーでも、どうして? 両親が、自分と同じように襤褸をまとって、死に向かっているのが見える。二人は顔色をなくし、虚ろな目をしてなにかをぶつぶつと呟いていた。
初めて目にする姿に、ペルラは目を瞬かせた。だって、二人の死を回避したのは他でもないペルラなのだから。その歪みが出てしまったとでもいうの? でも、前回の処刑からもう二年も経っている。乗り切れたと思ったのに……。
「真珠姫などと呼ばれていたが、あれは大層な悪女だったらしい」
「ーー王太子様を毒殺しようとしたのでしょう?」
「あの女の商会で買ったものにも毒が入っていたりしてな」
ひそひそ声がさざなみのように広がっていく。
ぴりりと肌を突き刺すような殺気に顔を上げた。こちらに憎々しげな視線を寄越すのはかつての婚約者だ。
「貴女は、自分がなにをしたのかわかっているのか」
王太子セオドリク・アシュテルラは、絞り出すような声で言った。
燃えるような赤髪に、王家特有の金色の瞳。見上げるような長身に、鍛え抜かれた体躯を持つその人は、見るものに勇猛な獅子のような印象を与える。
過去も今も変わらず、ペルラのいとしい人だ。
セオドリクの隣に震えながら寄り添うのは、聖女・アレッタ。まるでうさぎのような見目の少女である。桃色の髪に、赤い目をしていて。線が細く、儚げで、庇護欲をかき立てるような……しい。
男爵家の庶子で、平民として暮らしていたのだが、前の生では、王子の命を救ったことでこの国どころか世界でも珍しい星魔法の使い手だとわかり、聖女と呼ばれるようになった。
今生では早い段階で目をかけていたのに。ペルラが聖女としての地位を整えたのに、それを裏切るのだろうか。
その後ろ、アレッタの取り巻きのように控えるのはペルラのお友だちたち。
濃紺の長い髪を高い位置でくくっている背の高い女性がトルペ伯爵令嬢。女性は淑やかであるべきというこの国ではあまり歓迎されないのだけれど、騎士服に身を包んでいる。ペルラの騎士だった。
女性にしてはやや短い水色の髪にややふくよかな肢体を持つのがキャンディス子爵令嬢。青ざめた顔でこちらを見ている。ペルラの共同研究者だった。
ーーああ、あなたもなのね。ペルラは目眩がした。
菫色のウェーブがかった髪の毛を背に垂らし、黒いドレスに身を包んだ小柄ながらも豊満な女性が、ペルラに虫を見るような目を向けていたのだ。彼女はヴィオレッタ・ファイルヒェン女男爵。
「……わたくしが一番目をかけていたおともだちなのに」
きっと皆、アレッタになにかを吹き込まれたのだわ、と、ペルラはひとりごちた。けれども悲しくはあった。彼女たちとはそれなりに信頼関係があるのだと、ペルラはそう思っていたから。
マルガリーテ公爵令嬢ペルラニア、二度目の最期が刻々と迫っていた。