サムーイン国にて③
「で?どーするんスか?」
別室で奏が熟睡しているのを確認したランダーは、先程からずっと呆然と立ち尽くすルドヴィックに、ため息混じりに声をかけた。
細身の体躯と年齢よりも幼く見える人懐っこい顔からみんなの弟分的な扱いを受けるランダーだが、こう見えてとても高貴な家の出身だ。
物事を冷静に見極める目を持ち、かつ高等な教育を受けた頭脳派なランダーは、思い込んだら猪的なルドヴィックが暴走した時の諌め役でもある。
「…………。」
油の切れたブリキのオモチャのようにギギギと音を立てそうな動きで顔をランダーに向けたルドヴィックは泣きそうな顔をしている。
「………………ランダー。」
「そんな捨てられた子犬みたいな顔しても可愛くないっスよ。かにゃでをこれからどーしたら良いか、どーするべきか、ご自分で!考えて下さいっス。」
ジトーッとした目付きのランダーの責めるような視線を受けて、ルドヴィックは崩れ落ちた。
「オレは一体どうしたら……。」
奏をルドヴィックの元へと呼び寄せたのは、かなりの高確率でルドヴィック自身なのだろうとルドヴィックは思う。
そう確信しているからこそ、ルドヴィックは途方に暮れている。
「頼む、ランダー。知恵を貸してくれ。」
ルドヴィックは頭が悪いわけではない。
ただ、モノの考え方が真っ直ぐな為、戦闘面以外で不測の事態に陥ると思考が混乱しがちなのである。
「だーかーらー、大隊長が上目遣いしても怖いだけで可愛くないッス!ったく、しょーがない上司っスよ。」
泣きそうな顔でランダーの顔を伺うように見るルドヴィックに、ランダーは肩を竦めた。
「しっかし、まぁ…星の女神様に願いを叶えてもらえるって伝説なんて信じてなかったッスけど、まさか大隊長の願いが叶うなんてねぇ。とりま各国の星の女神様の伝承を調べてみましょうか。オレが知ってる1番古い伝承で1500年前。もしかしたらッスけど、星の女神様への願いを取り消したって話もあるかもしれないッスからねぇ。」
星の女神様の日は年に1度やってくる。
「………取り消し。それもやむを得まい。」
「当然の事ッス。」
ルドヴィックの願いを取り消して奏を元の場所に戻す。勝手ながら奏を帰す事を残念に思うルドヴィックにランダーは怒り顔だ。
「んー………そうッスねぇ、アッチーネの王室に事情を話して話を聞くとしますか。200年前の星の女神様の日に、アッチーネの王子様の願いが叶ったってのは有名な話ッス。」
毎回誰かが願いを叶えてもらえている・願いを願いに行っているわけではないが、叶えてもらったという伝承は多からず残っていた。
叶えてもらったと言う伝承の中では比較的新しい……と、言っても200年前だが、好戦的なドラゴンの襲撃に悩まされていたアッチーネ国の王子が星の女神様の日にドラゴンの襲撃から国を守って欲しいと願ったと言われている。アッチーネ国の王子の切なる願いに星の女神様が応え、アッチーネ国を襲撃していたドラゴンとアッチーネ国の王子は和解をし、200年経過した今でもそのドラゴンはアッチーネ国を襲撃せずにアッチーネ国を守護し続けているのだ。
「ただ、大隊長の願いで『恋はメロディ☆ト・キ・メ・キ♪ラビューン』のかにゃでがここにいるって事が公になるっスから、かにゃでファンがここに殺到するッスよ。そこんとこの対策は大隊長の責任でやって欲しいッス。」
『恋はメロディ☆ト・キ・メ・キ♪ラビューン』はこの世界では知らない知的生物はいないのでは!と言われている位有名かつ大人気の漫画である。ルドヴィックが奏の大ファンであるように、奏のファンは各国にいる。奏のファンでなくても、『恋はメロディ☆ト・キ・メ・キ♪ラビューン』の世界について聞きたいファンは多いだろう。
「かにゃではこの命に賭して守る!!」
先程から情けない姿ばかり見せているルドヴィックだが、こう見えても大隊長であり、こう見えてもこの世界では5本の指に入る武力の持ち主だ。
そのルドヴィックが奏を守る事に命を賭けると言うのであれば安心だろう。
「オレは半日程ここを離れるッスけど、くれぐれも暴走しないで下さいッスよ。」
別室で寝ている奏が、本当に『恋はメロディ☆ト・キ・メ・キ♪ラビューン』の奏であれば、半日は目が覚めないはず。
奏が目が覚めるまでにランダーが帰って来なければ、暴走するルドヴィックを抑えられる者はいない。
「じゃっ、行って来ますッス〜!」
『恋はメロディ☆ト・キ・メ・キ♪ラビューン』での奏は、コンクールの後や運動会の後など、極度に緊張したり疲労した後に眠ると半日は熟睡して起きないと設定付られている。
最近は昔より平和にはなったが、サムーイン国に関わらず、魔物だったり、魔獣だったり、隣国からの侵略だったりと他からの襲撃の多いこの世界では、信頼出来る者のいない場所での熟睡は命に関わる事がある。
『恋はメロディ☆ト・キ・メ・キ♪ラビューン』の中での奏はフルートのソロコンテストの際に宿泊したホテルで熟睡してしまいチェックアウトギリギリまで起きなかったり、運動会の後に教室で熟睡してしまって日が暮れてしまったりしていた。そんな場面を読む度、本当にこんな熟睡する人間がいるのかとランダーは疑いの心を抱いていたが、先程水や軽食を運んだ時にチラッと見てしまった熟睡する奏の寝顔を見て、本当に熟睡するんだと感心してしまった。
「起きるまでに帰って来ないとな。」
『恋はメロディ☆ト・キ・メ・キ♪ラビューン』の奏の設定通りなら、奏は予期せぬ出来る事が起きたり、極度の緊張状態が続くと、深く考える事を放棄して現実逃避に走る傾向がある。精神を守る為の自己防衛だろうが、熟睡から目が覚めると放棄していた思考が一気に奏を襲うだろう。
不安に陥る奏を気遣える奴はここにはいない。
そう断言出来るランダーは、奏の目が覚める前に戻ってくる事を心に誓った。