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プロローグ


ここは人と妖精と獣人、そしてエルフが暮らす世界。

海には人魚がいるし、地下にはドワーフ、空にはドラゴンが飛んでいる剣と魔法のファンタジーの世界だ。


今この世界にある1つの国、ヌクイーナでは……いや、この世界に生きる人からドラゴンまでが夢中になっているモノがある。


「うっし!新刊買えたぜ!!」


「買えたの?!良いなぁ、私が本屋さんに行った時にはなかったのよ?前日から並んだのに。」


剣士風の冒険者が1冊の本を高々と掲げれば、エルフの少女が羨ましそうに声を上げた。


「へっへっへ!3日前から並んだんだぜ?先頭にいたアッチーネ国の姫やポッカポー国のドワーフは1週間前から並んでたってさ。」


「前日からじゃ甘かったかぁ。ガクブール国王子様もサムーイン王国の国防隊大隊長もお忍びで並んでたって噂だもんね。」


剣士風の冒険者が鼻の穴を広げながら本を懐にしまうと、エルフの少女は残念そうに溜め息を吐いている。


「そう落ち込むなって。今日は聖なる星の夜だし、懸命に本が欲しいって祈れば、星の女神様が叶えてくれるんじゃね?」


聖なる星の夜と言うのは、1年に1夜だけ女神様の星が空に浮かぶと言われている特別な日だ。


「あ〜女神様のお星様、お願いします!この憐れな私めに新刊をお恵み下さい!!」


それなりに真剣に祈るエルフの少女の横を、発売されたばかりの本を大事そうに抱える身なりの良い男が猛スピードで走り抜けて行った。


「今回の表紙絵が推しだとは……幸福の極みなり!」


走りながら小さくガッツポーズをする男のスピードは落ちない。


早く帰って推しを堪能したい思いに溢れている。


「このペースで走り続ければ明日の朝には帰れるが……、早く読みたい!」


走り続けて、早数時間。

男が本屋を出たのは昼過ぎだったのに、辺りはもう真っ暗だ。


「読みたい…、しかし!こんな辺鄙な場所で読むのは、推しへの冒涜だ。いや、でも……だが。」


しかし、いや、でも、だが……をぶつぶつ繰り返しながら、走ったり立ち止まったりする男が言うように辺鄙な、ごつごつとした岩に囲まれた辺境の地。

この男の他にも、この男同様に大事そうに本を抱えて走る人影がちらほら見える。


「いち早く推しをお迎えする為にヌクイーナの本屋まで出向いたが……ぐぬぬぬ。」


ちなみにこの本は事前に注文しておけば、通販魔法ショップでも買える。もちろんこの男も通販魔法ショップでも購入したのだが、通販魔法ショップ経由で本を買うとヌクイーナの本屋で買うよりも手に入るのが3日も遅いのだ。


「くっ……、どうしたら良い。」


早く読みたいが、読むなら落ち着いて読める自室で……と言う葛藤。


「うわっ!!」


心に迷いが生じると、人は時に思いがけない失敗をしてしまうのである。


ペショ。


「あぁーーっ!!!」


葛藤の中、足をもつれさせてしまった男は転んでしまった。

しかも運が悪い事に、転んだ先にあった泥で濁った水溜りに本がダイブしている。


「!!」


パッと見た限り、本の中はそこまで汚れてはいない。


中だけは。


「あ、あぁぁ……。」


そう、彼の推しの書かれた表紙絵は泥水で真っ黒になってしまったのである。



ドサッ。



彼は崩れ落ち、涙した。


自分の不甲斐なさで大切な(推し)を汚してしまった事が悔いてならない。



「あぁ……なんて事を。」



本に付着した泥を自身の服で拭うが、汚れが余計に広がるばかり。



「絶望しかない。」



自身の服を脱いで地面に広げその服の上に本を置くと、地面に頭を打ち付けて己の失態を悔いる姿はまさに土下座。

上半身裸の男が汚れて真っ黒になった本に土下座をすると言う、何ともシュールな絵面だ。


「………。」


男がジッと汚れた本を眺めるが、辺りが暗いのもあり、彼の推しは泥に隠れて顔を見せてはくれない。


「推しに会うためにに頑張ってきたと言うのに……どうしてこんな事が。」


前巻の発売から6ヶ月。推しに会うために日々頑張ってきたと言うのに、この有り様だ。



「推しに、…会いたい!」


その悲痛な叫びは男の魂の叫びだろう。

頭上に輝く星の中で最も美しく光輝く星に、男は推しへの想いに馳せた。


「?!」


そんな時、男に奇跡が起こる。


この男の切なる願いを、星の女神が聞き届けたかのように男の頭上の女神の星が光輝いた。


そしてその光の中から誰かが落ちてくる。


「えっ?えっ?キャーァァッ!」


悲鳴と共に光の中を下降しているのは小さな荷物を抱えた女性だ。


「まさかっ?!!」


男は走り出し、地面を蹴って飛び上がって女性を空中で受け止め、女性の顔を見る。


「まさか、かにゃで?」


男が女性をジッと見つめてそう呟くと、地面に着地した。


「本当にかにゃで……、(かなで)だ。」


「どうして私の名前を?」


男には(かなで)と言う名は発音しにくい。それでも男はしかとかなでと呼んだ。


「これは夢か?幻か?奏だよな?フルートを吹くのが好きだよな?それににょ、にょ、にょう、ぎょ…、クソ、発音出来ない。弟がいるよな?あっ、今何章……じゃない、何歳だ?」


「確かに弟はいますが。あなたは誰?それに……ここはどこ?」


矢継ぎ早に質問されるし、初対面であるはずの男が何故自分の名前を……と不安でいっぱいの奏の表情に庇護欲を煽られた男の胸がキュンとした。


「ここはヌクイーナ国とサムーインの間の地だ。」


「ヌクイーナ?サムーイン?」


「あぁ、すまない。ヌクイーナやサムーインと言ってもわからないのだな。」


ヌクイーナが何かわからず、ますます不安気な表情の奏に、男は狼狽える。

ちなみに奏は上半身裸の男に空中で受け止められたまま横抱き……お姫様だっこされている。


「一先ず落ち着いて話が出来る所に移動しよう。」


そうして奏は連れて行かれる先々で注目を集め、自身がこの世界で大人気漫画の登場人物である事を知る事となる。


気が向いた時更新です。

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