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8スパ 気配遮断EX

 翌朝。俺はどんよりした気持ちで校門をくぐり、教室の前にたどり着く。 



(帰りてぇ〜!)



 昨日のことを思い出す。ノリと勢いと場の雰囲気であんなことをしてしまったが、冷静になると後悔が沸き起こってくる。俺の学校生活どうなっちゃうの。


 まぁ、ランオブとして認知されてしまったことは取り消せないが、俺には長年の陰キャ生活で入手したスキル「気配遮断EX」「隠匿Ⅲ」「なんかわからないけど気が付いたら後ろにいるヤツⅡ」がある。



「ッス……ハヨザッス」 



 それらを総動員させ努めて目立たぬように教室にスニークインする。


 が、俺の姿を見るや否や、騒がしかった教室は静まり返った。

 


「……」



 それから小声でボソボソと話し始める。もちろん、彼らの瞳が俺から離れることはない。


 いごごちの悪さを感じながら席に着く。


 まぁ、当然の反応だ。あんなことをしてしまった手前、こうなることは目に見えていた。これまで通りの学生生活が送れるなんて初めから思ってはいない。


 しかし、幸いにも昨日ほどの熱狂は無いように見えた。


 恐らく、冷静になったのだろう。音楽を聴いている人間の脳を解析すると、薬物使用時と同等の箇所が活性化されているとするデータがある。つまり、音楽とは麻薬なのだ。俺の演奏を聞いてトランス状態となった彼らは、いともたやすく「俺がランオブである」という話を信じた。


 しかし、時間が経つにつれ彼らは冷静になり────クラスメイトが失踪した伝説のアーティストだなんて荒唐無稽な話に疑問を持ち始めた。けれど、あのレベルの演奏を見せられたからには完璧に否定できない。そういったところだろう。



「あ、あの。さが……さがわくん」



 恐らく俺の名字を覚えていないであろう女子生徒が、おずおずと俺に話しかけてきた。佐川くん? 宅急便じゃん俺。



「どうしたの」

「ねぇ、昨日の話って本当なの?」

「……」



 単刀直入に聞いてきた。俺は少しの間すらおかず、返事をする。



「いや、そんなわけないだろ」



 長津田を助けることには成功したのだ。なので俺がランオブであるという噂を認める必要はない。


 というか、認めてはいけない。それがネットに漏れでもしたら大惨事だ。高校には連日電話がかかり、下手をすればファンが押し寄せてくるかもしれない。そうなったら停学になる可能性もある。



「俺、ランオブの大ファンでさ。真似して演奏するの得意なんだよ。昨日はちょっとしたドッキリのつもりだったのに、みんな信じ込んじゃったからさ……」

「だ、だよね! そうだよね。佐川くんみたいな人がランオブ様なわけないよね!」



 は???? 佐川くん「みたいな」ってどういうこと????


 湧き上がる激情にそっと蓋をし、俺は努めて冷静に振舞う。俺の話を聞いていたクラスメイト達も、今の話を信じたらしい。


 が、信じる者がいれば疑う者も存在する。 



「そんなわけない!」



 そう声を上げたのは、亮と同じ軽音部の女子だった。俺は陰キャすぎるのでクラスメイトの名前を憶えていない。とりあえずギター娘と呼んでおこう。



「どうして嘘つくの」

「嘘って……どうしてそう思うんだ」

「佐川くんって音楽経験ないって言ってたよね。そんな素人がアコギであんなハイテンポな音出せるわけない……いや、プロでも不可能だよ」

「……」

「それに、ピック二本持ちだって。あんなの常人の音楽じゃない。本人以外マネできるわけないよ」



 ……やっぱりキツいか。


 素人相手ならいくらでも言い訳できる。しかし、少しでも楽器に精通していれば騙すことは不可能だ。彼らは昨日の演奏が常軌を逸した超絶技巧の上に成立していることを理解しているのだから。


 教室がざわつき始める。まずい。ここで疑問を持たれてしまったら、きっともう、信じ込ませることは不可能になる。


 そこで俺は、本当に嫌々だが、次のカードを切ることにした。



「素人ってわけじゃないんだ」

「え……」

「相模マルタって知ってるか?」



 ギター娘はしばし考えこむと、口を開いた。



「知ってる。天才ピアニストだよね」

「ああ。今は活動休止してるけどな」

「それがどうしたの」

「姉さんなんだ。俺の」



 彼女は信じられないとでもいうように体を揺らす。



「相模マルタって、あの?」「国際コンクールで優勝したっていう……」「最年少優勝だよね」「超有名人じゃん」



 その動揺は教室に広がっていく。



「だから、子供の頃から音楽には触れていたんだ。姉さんほどの才能がないから、あんまり話したくなかったんだけど……」



 目の前のギター娘は動揺していた。



「相模……? だ、だって名字が……」

「いや、俺は佐川じゃないけど」

「え」

「相模だけど」

「……いや、知ってたけど」



 嘘言うなよ。めっちゃ汗かいてんじゃん。



「ま、だから俺は音楽の素人ってわけじゃないんだ。といっても猿真似の演奏ぐらいしかできないんだけどな」



 クラスメイト全員に聞こえるように声を出し、強引にそう締めくくる。


 

「そ、それでも──」



 ギター娘は反論をやめない。彼女は聡明だ。だから、俺が強引にごまかした論の穴にも気づいている。


 それは彼女だけではないようで、クラスメイトの数人は納得がいかない様子で俺を睨んでいた。



「は~バカらし」



 その声は半ばパニック状態であった教室でも、不思議と澄んで聞こえた。声の主を見る。不機嫌そうな長津田がそこにいた。



「冷静に考えてさ、ありえなくない? こんなキモオタがランオブなわけないじゃん」



 彼女は自信に集まる視線を毛ほども気にしていない様子でそう言い放った。



「そう思うでしょ?」



 彼女が問いかけた先は、ギター娘ではなく────カーストトップの男子グループだった。


 話を振られると思っていなかったのか、彼らがすぐに言葉を発することはない。しかし……



「そ、そうだよな」「たしかに」「本人がこんな普通の高校通ってるわけねぇし」



 やがて、口々に賛同し始めた。


 そこで俺は長津田の真意に気が付いた。


 カーストトップの男子たちは恐れているのだ。もし俺が本当にランオブだった場合、彼らはきっとトップの座から降ろされることになる。それに、彼らはこれまで俺を虐げてきたのだ。噂が真実だった場合、どんな仕打ちを受けるかわからない。だから必死になって否定する。


 そして、日本の高校生はカースト制に従う。彼らが黒と言えば黒、白と言えば白なのだ。


 混沌としていた教室は次第に静まっていく。そして生まれる小さな笑い。



「たしかに、あんな奴がランオブなわけないか」「ありえないよねー」「まぁ、私は初めから気づいていたけど」



 女王の一声の元に騒動は鎮圧された。


 ……命拾いしたな。


 俺は額に浮かぶ汗を袖で拭い、小さく安堵のため息をつく。


 まさか切り抜けられるとは思っていなかった。長津田には後で礼を言っておこう。



「つーかランオブに失礼だから。キモオタと一緒にすんなし。マジで冒涜」



 いや、もう終わったんだからそこまで言わんでよくね? 死体蹴りやめてよ長津田。


 ため息交じりにオタクスマイル(やれやれ成分多め)を浮かべていると、少し気がかりなことがあった。


 いない。


 淵野辺みう。朝の教室には、彼女の姿がなかった。

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