表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/11

7スパ エピローグとしてのプロローグ

 放課後。空き教室。



「いや、やっぱ首絞めんのはナシじゃね?」



 保健室で貰ってきた氷嚢を首にあてた俺は、申し訳なさそうな顔をした長津田を責める。



「し、仕方ないでしょ! あんな──あんな恥ずかしいことされたら、女の子はみんな首絞めるに決まってんじゃん!」



 決まってないだろ……。


 とんでもない女の子論を語られてドン引きする俺。そんな俺をよそに、長津田は両腕を頬にあててもじもじと喋りだす。



「ほ、ほんとありえない。あぁいうのは……その、こうやって二人の時にさ……」

「うん? わかった。──ま~や様愛してる!!! 心の底から!!!」

「あっわわわっうるさいうるさいうるさい! 黙れ! バチャ豚!!」



 再び襟を掴まれかけるが、俺はそれをぬるりと回避。なんども絞められて踏まれていたら氷嚢がいくつあっても足りないからな。



「あ、淵野辺のことだけどな」

「……みうがどうかしたの」

「金輪際、秘密は洩らさないってさ。他の女子たちもそう言ってた」



 あの後、俺は淵野辺を筆頭とする女子たちに口封じをした。口封じはLanding Objectの知名度を使った強引なものだったが、まぁ、自業自得だろう。


 それより、淵野辺。アイツにはまだ何か違和感がある。彼女の言った「絵畜生」という言葉はネットスラングだ。配信界隈にそれなりに詳しくないと知らないはず。少なくとも普通のJKは知らないだろ……衛門でもない限り。


 すると長津田の一言が、俺の思考を中断した。



「……なんで、そこまでしてくれるの?」

「は?」

「アタシは……蓮也に酷いこといっぱいしてきたのに。なのに……」



 長津田は泣いていた。翡翠色の瞳からぽろぽろと涙が零れている。


 ……なんで泣くんだよ。全部解決したのに。女ってやつはわからんね。


 俺は彼女にハンカチ……がないのでティッシュを差し出しながら、当たり前の答えを口にした。



「そんなの、ま~や様が好きだからに決まってるだろ。……心の底から」



 聞かれるまでもない。俺はずっとそう言っていたし、その気持ちが揺らいだことは一度たりともない。


 長津田はその答えを聞いて固まった。お目目をパッチリ開いたままたっぷり十秒硬直して、それからぼんっ!と瞬間湯沸かし器もびっくりな速度で頬を染めた。



「その……アタシも」

「うん?」

「アタシもっ! 蓮也のこと好き! 大好き! 心の底から!」



 長津田は赤に染まった頬のまま、まっすぐ俺を見つめる。


 えっと。……うん。

 


「……ごめん、無理だわ」

「……は?」

「いやだって……俺たち、話し始めて1週間とかだし。そもそもお互いのこと知らないし」



 いきなり告白とか、陽キャさんこっわ……。


 確かに俺はランオブで、長津田がこの1年、その存在を心の支えとして配信活動を行っていたことは事実だ。でも、だからといって交流して1週間しか経っていない相手に告白するってどうなの? それとも俺の恋愛観が大和撫子すぎるだけ?



「え、ちょ、は? なんで? え、絶対OKするところでしょこれ」

「は?」

「え? た、だって、私のこと好きって言ってたじゃん!?」



 どうにもディスコミュニケーション。意思の疎通が図れていない。



「……あっ!」



 そこで俺は長津田のしている誤解に気が付いた。



「あのな……俺が好きなのはま~や様で、お前じゃないぞ」



 「猫神ま~や♡」の中身が長津田であることに疑いはないが、それは長津田=猫神ま~や♡ということではない。うん、どう説明すればいいかな。ガンダムに乗ってるのはアムロだけど、アムロはガンダムじゃないだろ? つまりはそういうことだよ。


 俺はわかりやすい例えを交えて、丁寧に説明してやった。


 長津田は口を半開きにした放心状態でこくこくうなずき、そして── 



「ほんとキモいんだけど! バチャ豚! 死んじゃえ!」



 い、痛っ。頸椎骨折はシャレにならんから! と俺は首を庇うが、いつまでたっても襟が絞められることはなかった。


 代わりに──ばすん!と、長津田は俺の手にお札を渡してきた。



「……え、なにこれ?」

「ジュース買って来いって言ってんの! キモオタ!」



 え、パシリに逆戻り? 


 断りたいが、頬を真っ赤にして涙目になっている長津田の頼みを断れるわけがない。あまりにも可哀そうすぎて。俺の説明不足で失恋させたみたいなもんだしな……。



「仕方ねぇな……」



 氷嚢を首にあてたまま、俺は空き教室を後にしようとする。すると、長津田に呼び止められた。



「その……蓮也」

「なんだよ」

「……ありがと」



 小さな声だったが、確かに聞こえた。


 それを聞いて、俺は。思わず何も言えなくなってしまった。


 ……。えっと。その。



「ち、違うだろ」

「え」

「そこは『ありがとにゃ~ん♡』だろ! プロ意識が足りねぇんだよ……!」



 そう言われた長津田は



「うっさい! 早く買って来い!」



 またもや顔を赤くしてそう叫ぶのだった。




 だいぶ歩いて、自販機の前。渡された1000円札を入れようとすると……



「諭吉さんじゃん……」



 どんだけテンパってたんだよあいつ。いや、気づかなかった俺も人のこと言えないけどさ。



 仕方がないので教室に戻ると、長津田は姿を消していた。カバンがないから家に帰ったらしい。


 人をパシっておいて帰るなよ……。一万円札、返すの面倒だな。他人から金を預かっている状況というのは、なんというか落ち着かない。


 だからといってどうしようもないので、俺は家に戻った。


 時刻は6時半。スマホを開くと、ちょうどま~や様が配信を開始したところだった。



「……長津田」



 配信画面を眺めながら、彼女の名前を呟く。薄暗い部屋の隅にある、ヒビの入ったアンプと根元から折れたコンデンサマイクがその音を拾うことはない。


 俺は一年前、長津田を救ったらしい。


 でもな。


 違うんだよ。お前だけが救われたわけじゃないんだ。


 俺もお前に救われたんだ。


 姉さんが心を病み、家を出て行ってからの1か月間。俺は死んだも同然の生活をしていた。腹が減ったら買ってきたジャンクフードで腹を満たす。眠くなったら寝る。誰とも会うことはない。一日中、暗い部屋でぼーっとスマホを眺めるだけの日々。


 そんな時、猫神ま~やを知った。大炎上し、四方八方から批判されながらも頑なに配信を続けるVtuber。


 炎上。きっと色々な人を傷つけたのに、それでも配信を続けられる精神に俺は惹かれた。それは俺ができなかったことだから。姉一人を傷つけたショックですべてを投げ捨ててしまった俺に、炎上しても活動を続ける彼女は輝いて見えた。だから俺はま~や様の信者になった。


 ……それはきっと、俺にないものを持つ彼女を崇拝し、過去の自分から逃げようとしていただけなのかもしれないが。


 それでも、ま〜や様のファンとして配信を追っていく内に……俺の心の傷は塞がり、まともな日常生活を送れるようになった。学校にも登校し、高校受験もして、そこそこの進学校にも合格した。きっと彼女が存在しなければ、俺は今も暗い部屋に閉じこもっていたかもしれない。


 しかし。どれだけまともな生活を送れるようになっても、俺はLanding Objectという存在から目を逸らし続けたままだった。


 あいつはそんな俺をまた救ってくれた。形はどうであれ、再びLanding Objectとして活動していくきっかけは長津田が与えてくれたのだから。


 俺たちは一年前、お互いを救いあっていた。そうして今日も同じことを繰り返した。


 だからきっと、俺も『ありがとう』と伝えるべきなのだ。さっきは気恥ずかしくて誤魔化してしまったけど。



「恥ずかしくてやってらんねぇな……くそ」



 ふと机の上を見ると、さっき受け取った1万円札が視界に入った。


 そこで俺はあることを思いつく。


 ……あ、これにするか。


 俺は配信画面を開き、文章を打ち込んだ。

 


『ま~や様の飼い犬

 ¥10000


 こちらこそありがとう』


 

 俺は投稿ボタンを押し、スマホの電源を落とす。そうして大きく伸びをすると、クローゼットに保管しておいたギターの修理を始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ