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4スパ オタクスマイルと逆身バレ

翌日。



「ねぇ、アンタ?」

「は?」



 登校した俺を、長津田が険しい顔でそう問い詰めてきた。



「ねぇ、正直に答えて。最近の……ほら、配信の。あれ、アンタなんでしょ?」

「え? いや、何言ってるかわからないんだけど」

「!? ち、違うの?」

「違うも何も、俺と長津田さんって関わりないし……つーか、マジで何言ってるかわからないんだけど」



 俺のポーカーフェイスに騙された長津田は、狐につままれたような顔で席に戻る。席といっても他人の机で、モデルのようにすらりとした脚を組んでそこに腰かけているだけなのだが。真っ白なふとももが眩しい。



「あ~イライラする……」



 正体の見えぬ敵に監視されている不安は相当なものだろう。だが、俺は攻撃の手を止めようとは思わなかった。どちらかが倒れるまで終わらない……これはそういう戦いなんだよ、長津田。


 俺がニヒルなオタクスマイルを浮かべていると、再び長津田が歩み寄ってきた。そして一言。



「ねぇオタク。パン買ってきてよ」

「は、はぁ?」

「なに? 逆らうの?」



 この女……!


 体育倉庫の掃除を手伝ってくれたから、ちょっとは見直してやったのに、人間、性根というやつは変わらないらしい。


 まぁこのパシリはイライラしてるから頼んできた節もあるので、そうすると回り回ってスパチャで追い詰めた俺のせいと言えなくもないのだが、そんな不都合な事実は知らないにゃ~。


 やはり罰。この女には罰を与えねばならない。


 長津田は財布から500円玉をとりだす。



「ほら、買ってきて」



 長津田から500円を手渡された俺は、手のひらの金を一瞥し、わりかしデカめの声で呟いた。



「チッ、青スパかよッ……」



 空気が凍った。いや、正確に言うと凍ったのは長津田だけで、隣の淵野辺は「青スパ? なにそれ」みたいな顔をしている。


 長津田はたっぷり10秒ほど沈黙し、ぎぎ、とさび付いたロボットのように動き出す。



「い、今なんて言った?」

「いや、別に?」

「別にじゃないでしょ別にじゃ。え、もしかしてアンタなの? ねぇ」

「質問文が短すぎて意図がわからないな。まぁ、とりあえずパン買ってくるよ」

「あ、みうのもよろ~。クリームパンと串カツコロッケで」



 しかし淵野辺みうは金を出さない。こいつが一番の性悪女だな……と思いながら教室を出ようとすると、長津田はガシッと俺の肩をホールドした。



「ねぇ、逃がすと思った? 待ってよ。ちょっと話そ」

「い、痛いにゃ~ん……」

「オイ!!!」



 長津田は俺の首根っこを乱暴につかむと、そのまま教室の外へとドナドナしていった。痛い、痛いってば!


 連れてこられた先はあの空き教室だった。



「こ、こんなところに連れ込んで……私をどうするつもりっ!?」

「黙って。お願いだから。ねぇ、今そういうネタはどうでもいいの。話、聞いて」

「ごめん」



 目がマジだったのでふざけないでおく。



「え、アンタなの? 私の配信であの赤スパ投げてきたヤツ」

「私って……あ、大人気美少女Vtuber『猫神ま~や♡』のことか?」

「フルで言わんでいいから」



 今の返しから赤スパの犯人が俺であると気が付いたらしく、長津田は眉間にしわを寄せ、力強く俺を睨んできた。



「やっぱりアンタだったの!? ほんと最低。信じられない。邪悪。バチャ豚!」

「そんな酷いこといっていいのかにゃ~?」

「ぐぅっ!」



 そうだ。己の無力さを実感するんだ長津田。


 俺が猫神ま~やの正体を教室でバラせば長津田の人生は終了する。校内新聞では「あの女王の正体は美少女Vtuber!?」との見出しが躍り、昼の校内放送では歌枠のアーカイブが流れる。そうしてカーストトップを追われ、「あ、Vtuberの人じゃんw」を後ろ指を刺され続ける学生生活を送らなければいけないんだからな。学校にファンが押しかけでもしたら、下手すれば退学という可能性もありえなくはない。



「お、お願い! このことは誰にも言わないで!」

「『お願い!』? なぁ長津田。人にものを頼むときは言い方ってものがあるよな」

「ぐぅっ……お。お願いします」

「違う違う。なぁ、長津田は猫神ま~や♡様なんだろ? わかるよなぁ……?」

「さ、さいってー……!」



 長津田は顔を赤くし、顔をうつむける。そのまま蚊の鳴くような声で……



「お、お願いだにゃん……」

「あぁ~!? 声が小さくて聞こえないなぁ!」

「お、お願いだにゃん!!」

「……」

「その笑顔やめて! 満面の笑み! ムカつくから!」



 うんうん。生ま~や様の声が聞けて満足。スマホをタップして録音を終了する。


 というかアレだな。頼んでもないのに両手で猫耳ジェスチャーをしてきたあたり、長津田ってひょっとしてアホの子なのか?


 俺から取り上げたスマホを床に叩きつけた長津田は「もう十分でしょ」みたいな目線を投げかけてくるが、何か勘違いをしているらしい。



「まぁ、許さないんだけどな」

「はぁ?」

「当たり前だろ。これまで散々偉そうに振舞ってきて、自分だけは助けてほしいとか虫が良すぎるだろ」

「そ、それは……」



 自分で言うのもなんだが、これは正論だ。本格的なイジメとまではいかなかったものの、長津田はカースト下位の人間を散々こき使ってきたのだ。それ相応の報いを受ける必要がある。



「そうだな……配信の収入全部俺にくれるなら考えなくもないが」



 俺は長津田を試すつもりでそう言った。ま、絶対渡してこないだろうけど──



「いいよ」

「は?」

「別に、お金ならいくらでもあげる」

「お前……」

「その、なんだったら……え、えっちなこともしていいから。だからお願い。私が配信者だってこと、誰にも言わないで」



 教室に沈黙が満ちる。彼女の悲壮なまでの覚悟に、冗談半分で話していた俺は言葉が出ない。


 そ、そんなのってないペコじゃん……これじゃまるで、俺が悪役みたいじゃないか。



「べ……別に、はじめからバラすつもりなんてねぇよ」

「え」



 そうだ。別に脅すつもりも、それで得をしようとも思っちゃいない。俺はオタクだけどクズではないからな。



「ちょっと痛い目見てもらいたかっただけだからな。配信のスパチャも……ああいうのはもう送らない」

「……いいの?」

「まぁーな。これまで配信を楽しませてもらったのは事実だし、俺は今でもま~や様の信者だから……あ、でも、ああいうパシリとかは勘弁してくれよ。こっちだって辛いんだから」

「う……わかった」

「ならいい」



 どうやら俺が脅してくると考えていたらしい長津田は呆気にとられた様子で間抜け顔を晒している。そんな彼女に俺は背を向け、教室の扉を開く。



「あ。一つだけいいか?」

「なに?」

「さっきの『え、えっちなこともしていいから……』ってところ、ま~や様ボイスでやってくれないか? 一生のお願いだから」

「しっ────死ね! バチャ豚!」



 後ろから首を絞められた挙句足蹴にされて罵倒された。なんかデジャビュ。


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