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11/11

11スパ 始まる地獄

 翌朝。


 登校して席に着いた俺は、昨日淵野辺に言われた言葉を思い出していた。


『これから一週間、私の言いなりになって欲しいの』


 俺は脅迫に逆らうことが出来なかった。晴れて今日から奴隷生活がスタートする。


 が、よくよく考えれば問題ない。


 そもそも俺はカースト下位のキモオタ。入学してから陽キャの言いなりで散々こき使われてきたわけで。脅迫なんてされなくても淵野辺に逆らうことなんて出来ないのだ。


 誤算だったな淵野辺。お前は脅迫して俺を支配した気になっているんだろうが、こちとら元々奴隷なんだよ。お前は交渉に勝った気でいるんだろうが、そんなことするまでもなく俺は負けてるんだ。とんだ徒労だったな。



「フン……」



 俺はニヒルなオタクスマイルを浮かべ、教室の入り口を眺める。


 始めようじゃないか淵野辺。俺の奴隷根性、見せてやるよ。


 ……うん? これじゃどっちみち俺が虐げられることには変わりなくないか? まぁいいや。



「おはよ~」



 おっ、我らがメンヘラ姫のお出ましだ。


 クラスメイトの視線が彼女に集まる。が、誰も返事をしない。いつも仲良さげにしていた女子たち────そこには長津田も含まれている────は彼女を一瞥しただけで、すぐに仲間内で話を始めた。


 当然だ。一昨日、彼女は女王に挑み敗北した。加担していた女子たちは長津田に謝罪したようで表面上は和解したようだが、首謀者である淵野辺はそうではない。昨日休んでしまったこともあってか、淵野辺は見事にスケープゴートとなった訳だ。


 が、当の彼女はそんなことを毛ほども気にしていないようで、真っすぐと歩みを進める。どこへ? 俺の元へ。


 俺の真正面。そこで淵野辺は立ち止まった。席に座っている俺は必然的に彼女を見上げる形になる。


 俺を見下ろす彼女の瞳が、不意に嗜虐的な色に染まった。そして──

 


「ぐっも~にんぐ、れんく~ん♡」



 不意に視点が暗転する。そして顔を包む暖かい感触。


 ……は?


 抱きつかれた、と気づくのに数秒かかった。


 淵野辺はたっぷり10秒ほどぎゅ~っと抱きしめてから、俺を解放した。


 クラスは真空状態になったのか疑ってしまうほど静まり返っていた。誰も言葉を発さない。目の前で起こったことが、あまりに現実味に欠けているからだろう。長津田とか口をぽっかり空けて放心モード入ってるし。



「ねぇねぇ。一緒に職員室きてよ」

「ぇ……」

「ほら、みう昨日休んじゃったじゃん? だから呼び出されちゃって。れんくんも一緒にきてよ」



 人間って、本当に驚くと声が出ないんだな。







「え、男女逆にしたら性犯罪じゃね? これ」

「第一声がそれって、相当拗らせてるねオタクくん」



 俺と淵野辺は廊下を並んで歩く。淵野辺は俺の腕に抱きついたまま。すれ違った人たちからの視線が痛い。


 なんとこのイカレ女、「この1週間、偽装カップルとして過ごす」とか頭のネジが外れたことを言い出したのだ。これには佐川君もびっくり。けれど悲しいかな、俺に拒否権はない。晴れて俺は淵野辺みうの彼氏となった。



「客観視してみろよ淵野辺。お前、弱みを握って男女関係を迫ってるわけだろ? 普通に犯罪ですよそれ。男女逆にしたらエロ漫画でよく見るシチュ────」

「みう」

「え」

「淵野辺じゃなくてみう。次間違えたらバラすから、秘密」



 そういっていじらしそうな上目遣いをしてくる淵野辺。思わぬ反応にドキっとくるが、バラすが解体(バラ)すに聞こえちゃって心臓バクバクだった。メンヘラ怖。



「……なにが目的なんだよ」

「え~?」

「俺みたいなキモオタの彼氏だなんて普通にバッドステータスだろ。こんなことする意味がわからん」



 実は俺のことが好きでした、なんてはずはない。そもそも俺と淵野辺の間に絡みはなかったし、まさかあの演奏を聴いて惚れたなんてことも……否定できなくはないが、淵野辺の性格からすれば考えづらい。


 問われた彼女は、しばし逡巡すると



「…………嫌がらせ、かなァ」



 誰への、かは聞かなくてもわかった。


 淵野辺は俺がランオブであることを知っている。そして、長津田が真正のランオブ信者であることもだ。



「いい性格してるな、ほんと」

「あははっ」



 精一杯の皮肉。ただ彼女は笑うだけで、その瞳からはどのような感情も読み解くことは出来ない。


 俺はこいつが怖かった。たかだか気に入らないクラスメイトへの嫌がらせの為だけに、偽装カップルなんて手段をためらいなく取れる精神性はどう考えても異常だ。



「まぁ、オタクくんはみうの命令に従ってればいいの。何があっても反抗しないで。ぜったい、約束だからね?」

「……わかってるよ」



 俺はそう答えるしかなかった。




 そして地獄が始まった。


 1限目、数学の時間。不幸にも俺と淵野辺は隣の席なのだが……



「だ~りん、教科書みーせて」

「え、なんで?」

「忘れちゃったの」

「お前、教科書あるだろ」

「ないよ」

「は? だって机の上に……」

「ない」

「……」

「見せろ?」

「はい……」



 淵野辺が俺と机をくっつけ、ベタベタと体を寄せてきた。


 色々当たってるんだけど、そんな事気にしてる場合じゃない。


 チッ!!! なんだか舌打ちみたいな音が聞こえた。具体的には、俺の斜め後ろ。長津田が座ってる辺りから。不思議なことに首筋がピリピリする。プレッシャー!? 何者なんだあいつ。




 4限目。体育……が終わり、グラウンドから教室への帰路。廊下を歩いていると……



「だ~りん、おんぶして?」

「は? なんで」

「体育で足くじいちゃって。歩けないの」

「でもさっき普通に歩いてたじゃん」

「歩けないの」

「いや、今だって普通に……」

「おんぶ、して」

「……」

「しろ?」

「はい……」



 淵野辺は意外と軽かった。まぁ色々と薄いしな。胸とか人間性とか。


 ガンガンガンガン! と背後から鉄を打つような音が聞こえたが、俺はなにも聞いてないし知らない。そもそも上履きからあんな音が出るはずないしな。地団太?地団太でその音出してんの?長津田の脚力どうなってんだよ。




 そして昼食。



「だ~りん、あーんして」

「は? なんで?」

「両腕折れちゃって」

「え?」

「両腕、折れちゃった」

「いや明らかに嘘……」

「あーん、して?」

「……」

「しろ?」

「はい……」



 雑じゃない? 淵野辺さん。いや、この際どうでもいいんだけどさ。でもホラ、腕折れたはないだろ。


 どぉんどぉんどぉん! と背後から戦車砲みたいな音が聞こえたが、俺はなにも聞いてないし知らない。知らないってば……! 




 そして放課後。



「おい下僕」



 そんな風に俺を呼ぶのは、我らが女王長津田ユナ。


 HRが終わった瞬間、俺は首根っこを掴まれて空き教室に連行された。その間わずか10秒。はっやーい。



「げ、下僕なんて呼び方止めてくれよ。2000年代に一世を風靡したツンデレ女王様系ヒロインじゃあるまいし……」

「うわその返しキモっ。オタクじゃん。死んだら? ……いや死なれたら困るんだけどさ。死なないでね? やっぱ死んで欲しいかも」



 なにこの女。死ねとか死ぬなとか。ビンタした直後に優しくしてくるDV夫なの?



「そ、それで。なにか用ですか?」

「なんで敬語? キモいんだけど。死んだら?」



 あなたの機嫌が悪くて怖いからです、なんて言えない。



「……いや死なれたら困るんだけどさ。死なないでね?」



 わかった。わかったからその返しは。早く本題に入ってくれよ。



「今日のアレなに?」

「アレ、とは」

「みうと……ベタベタしてたじゃん」



 やっぱそれだよな。うん。



「アレはその……」



 これは困った。


 実は、淵野辺からは「偽造カップルであることを見抜かれたら、その時点で約束はナシ」と言われているのだ。つまり、長津田にバレた瞬間──淵野辺は長津田の秘密を拡散し、俺は淵野辺を社会的に抹殺しなければいけなくなる。そんなの、絶対に避けなくてはならない。


 しかし、ここで「実は俺、淵野辺とラブラブでさぁ!」なんて言ったら長津田は俺の首を絞め、俺は物理的に抹殺される。当たり前だ。昨日まで自分(といってもVtuberだが)にラブラブだった下僕が、いきなり仇敵にケツを振り始めたんだから。女王様気質の彼女からしたら怒り心頭だろう。


 答えに窮した俺は──



「な、なんだと思う?」



 くそっ! 返事に困りすぎて恋バナ好きの女子みたいな返しをしてしまった。



「はァ!?」



 ひぃっ。や、やめて! 首! 首はやめて!


 ギリギリと閉まる首と薄れゆく意識の中、不意に視界を横切るツインテール。



「なにしてんの?」

「……みう」



 淵野辺だ。



「れんくんから離れて」

「は……いきなり何? みうに関係ないでしょ」

「あるよ」



 睨みあう二人。淵野辺はいわずもがな、長津田は昨日と違って臨戦態勢だ。


 額に青筋を浮かべた長津田が、いつもより1オクターブぐらい低めの声で喋りだす。



「は? ないでしょ。今、アタシは蓮也と話してるの。アンタじゃない。用事があるなら後にしてくんない?」

「ん~? みうもれんくんに用事があるの。先、譲ってよ」

「……その『れんくん』って呼び方、なに?」

「うん~? どゆ意味?」

「蓮也のこと慣れ慣れしく呼ばないでくんない? 本人困惑してるじゃん」

「うわ、めっちゃ彼女ヅラするねぇw ユナぴ、顔真っ赤で草なんだが」

「はッ──喧嘩売ってんの?」

「いやいや。事実を言ったまでですよ。あれかな、図星かな」

「彼女ヅラっていうなら、そっちこそ! いきなり蓮也にベタベタして、距離感間違ってんじゃないの? 見てて恥ずかしいんだけど」

「にゃはは。『距離感間違ってる』かぁ。そんなことないと思うけどなぁ」

「は?」

「だってわたしたち、付き合ってるんだし」



 酷く嗜虐的な笑みを浮かべて、淵野辺はそう言い放った。



「……は?」



 長津田の動きが止まる。



「なに、その冗談。……ワケわかんないんだけど」

「冗談、冗談かぁ! にゃはははっ」

「冗談に決まってんじゃんッ! ねぇ蓮也、そうでしょ?」

「…………」

「蓮也!」



 必死に呼びかけてくる長津田。凄い剣幕だが、怖くはない。どこか痛々しさがあった。



「れんくん、言ってあげなよ」



 ここで断れば、淵野辺は躊躇いなくあの動画を拡散する。俺に残された選択肢は1つしかなかった。



「俺と淵野辺、ラブラブなんだ」



 瞬間、俺の首がバキバキに粉砕された──が、それは幻覚。


 長津田は顔を伏せ、空き教室から走り去っていった。


 

「あ~、ばりうける」



 心底楽しそうに呟く淵野辺。


 大丈夫。大丈夫だ。落ち着け俺。淵野辺は1週間と言った。あと1週間さえ経てば、俺は長津田に真実を話すことができる。そうすれば──円満に解決とまではいかなくとも、長津田の抱いた誤解は解けるはずだ。




 ──が、俺は事の重大さを理解していなかった。状況を見誤っていたのだ。淵野辺みうという少女の本性。そして、従順な奴隷を奪われた我らがま~や様の激情を。

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