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10スパ 脅迫系女子

「ねぇオタクくん。ちょっと話そ?」



 渦を巻く黒い瞳。それに見据えられた俺は、咄嗟に言葉を発することが出来ない。


 長津田が口を開く。



「ちょっと、みう」



 彼女は淵野辺の腕を掴んだ。



「先に話してたのアタシだから。後にしてくれない?」

「え、ヤダよ」



 淵野辺は嘲笑を込めてそう言い放った。


思わぬ返事にショックを受けた様子の長津田だったが……



「は……? ねぇ、自分の立場わかってんの?」



 さっきまでのしおらしい態度を豹変させ、淵野辺を睨みつける。


 その姿を見て俺はゾッとした。なんでかって? あとで絶対八つ当たりされるから。


 なんかこんな雰囲気重い部屋にいるの嫌だし逃げようかな。あとは若い二人でごゆっくり……と俺がこっそりと後ずさると、長津田が俺の襟を掴む。こいつ、後ろに目でもついてんの? トンボじゃん。



「立場かぁ……」



 どこか呆れた様子で呟いた淵野辺は、長津田と同じように俺の襟を掴む。クロスするような形の彼女たちに引っ張られる俺の首は窒息寸前だ。モテる男は辛いね。首の神経が。



「離してよ。蓮也が嫌がってるじゃん」

「私はオタクくんに用事があるの。そっちが離すのが筋なんだが~?」



 長津田さん、俺が嫌がってること知ってるならそっちも離してくれませんかね。


 顔を真っ赤にして「普通に死ぬ」と指でタッピングをする俺を無視して、淵野辺は俺にだけ見えるようにスマホを向けてきた。



「オタクくん。これ見て」



 その画面には──



「ぷはっ……長津田」

「なに?」

「すまん。一旦外す……行くぞ、淵野辺」

「らじゃ~」

「なっ──ちょっと!」



 俺は彼女の静止を振り切り、空き教室を早足で去る。後ろから長津田が呼び止める声が聞こえるが、振り返ることはなかった。



 


「……何のつもりだよ」



 屋上──は当たり前だが安全面の問題から解放されていないので、屋上に続く階段の踊り場。めったに人が寄り付かないそこで、俺と彼女は向かい合っていた。



「ん~?」



 とぼけた様子の彼女だが、問題はそのスマホに表示されている動画。


 この前、長津田がカラオケボックスで配信をしていた時のものだ。ドアのガラス部から撮影しているためブレてはいるものの、配信画面とマイク・カメラなどの機材、そして彼女の顔がバッチリ写ってしまっていた。


 こんな動画の存在を長津田が知れば、彼女がどれだけ気を病むことか。



「……それ、どうするつもりだ」

「どーしよっかな~」

「ふざけるなよ。昨日話したこと、忘れたのか?」



 そうだ。俺は昨日、彼女に「長津田の正体を金輪際口外するな」と脅したのだ。


 が、どういうわけか今、目の前の彼女は長津田の正体に繋がる動画を削除せずに、あまつさえそれを俺に見せつけている。



「そもそも……何を考えてるか知らないけど、そんな動画は無意味だぞ」

「無意味?」

「あぁ。冷静に考えてみろよ。そんな動画、いくらでも自作自演ができるだろ。ネットにバラしたところで誰も信じやしない」



 俺の言葉は、まるで自分に言い聞かせるかのような雰囲気があった。


 そうだ、なにも心配する必要はない。例え彼女がその動画をバラまいたところで誰も信じやしない。そんな動画は作ろうと思えばだれでも作れてしまうのだから、信ぴょう性は皆無だ。


 が、そんなことは淵野辺も理解しているだろう。だからこそ、俺は目の前の彼女を恐れずにはいられなかった。



「じゃあ、この動画は?」



 彼女が指をスライドし、別の動画を再生する。そこには俺が写っていた。昨日の教室ライブの動画だ。


 

『ま~や様愛してる! 心の底からぁぁぁぁッ!』



 なんで叫んでんのこいつ。俺は冷めた目で画面の中の青春ブタ野郎を見る。


 恐らく、クラスメイトの誰かが録画していたものだろう。それ自体は想定内だ。


 しかし、そこで俺は理解した。自分が致命的なミスを犯していたことを。



「ふふっ。気づいた?」

「…………」



 たしかに、長津田のあの動画だけでは誰も信じない。


 が。今の俺のライブ動画と一緒なら?


 演奏不可能と言われるランオブの曲を完コピする青年。そんな彼は、ライブ終わりに脈絡もなく猫神ま~やに愛を叫ぶ。そして偶然にも、クラスには猫神ま〜やらしき人物がいる。


 つまりは、俺の行動がま〜や様の存在を裏付けてしまうのだ。確かに長津田の動画は単体では意味をなさないが、俺の動画と組み合わさることで真実味を得る。当然、ネット住民がそれを見逃すはずもない。



「淵野辺──お前ッ!」

「いや、自業自得だと思うんだが~?」



 …………。



「ふ、淵野辺ェっ!」

「勢いでゴリ押さんでほしい……」

「ぐっ……!」



 認めざるを得ない。これ、俺のせいじゃん。


 その場の勢いとノリで愛を叫んじゃったけど、普通に考えて黙っておけばよかっただろバカ。「ま~や様愛してる!」とか言わなければ、ランオブの知名度が猫神ま~やの特定に波及する心配はなかっただろうし。



「そ、それで? 淵野辺はその動画を俺に見せてどうしようっていうんだ?」



 が、まだ彼女は動画を拡散していないはずだ。していたと仮定すると、こうしてわざわざ俺に教えるような真似をする必要はないからだ。


 彼女は小さく微笑むと、言った。



「私の頼みごとを聞いてほしいの」

「……脅しか。悪趣味なヤツだな」

「脅しって……お願いだよぉ~。クラスメイトのか弱い女子からのお願い」

「それで、か弱い淵野辺さんは俺に何を求めるんだ? 売春斡旋とかなら断るぞ」

「……うん? 私にどういうイメージを持ってるん?」



 メンヘラ。リスカ跡が10か所ぐらいありそう。危ない薬に手を出してそう。あと裏垢にエロい自撮りを定期的にアップしてる。そんなところかな。


 俺は無言で淵野辺に続きを促す。釈然としない様子だったが、彼女は口を開いた。

 


「これから一週間、私の言いなりになって欲しいの」

「……嫌だと言ったら?」

「この動画、ネットに拡散しちゃう。個人情報つきで」



 断れば俺と長津田はまともな生活を送れなくなる。が、俺は……



「断る」

「へぇ。本気?」

「昨日も言ったよな。淵野辺がそれを誰かに漏らしたら、俺はランオブとしての全てを使ってお前に復讐する」



 俺は昨日のことを思い出す。


『いいか。これから先、長津田の正体を口外するな』

『……んで』

『もしそうしたら、俺はLanding Objectの知名度、人脈──その全てを使ってお前を潰す。まぁ、長津田がま~や様である証拠なんてないから、どうせ信じられることはないだろうけど……』

『なんで』

『……淵野辺?』

『なんで、オタクくんが。なんで……どうして……?』

『おい、聞いてるのか』


 最終的には返事もせずに去っていったが、俺はてっきり、淵野辺は脅しを呑んだのだとばかり思っていた。思い返してみると昨日の彼女は様子がおかしかったが、メンヘラの精神状態なんていつもおかしいだろうから今考えることではない。


 そう。今の状態を例えるなら、俺たちはどちらも核兵器を保有している。どちらかが発射スイッチを押せば、もう片方も報復する。そうなれば共倒れだ。だから、お互い「何もしない」がベストな均衡状態なのだ。


 が、どうやら現実はゲーム理論のように都合よく出来てはいないらしい。



「いいじゃん。勝手にすれば?」

「は……?」

「復讐すればいいよ。私に」



 俺がランオブとして「淵野辺みうは悪女だ」と言えば、それが真実であろうがなかろうが、彼女はまともな生活を送れなくなる。話題集めに忙しいマスコミに追われ、狂信的なファンからは攻撃を受けるだろう。一般人からも色眼鏡で見られることは間違いない。



「本気で言ってるのか?」

「もちろん。私は本気だよ」

「……脅しだ。そうやって強気に出れば俺が折れるとでも思ってるんだろ」

「う~ん。そういうわけじゃないんだが……仕方ないなぁ、まったく。面倒くさ。病む……」



 彼女は心底面倒そうに嘆息すると、スマホを操作する。そして──



「ほい」



 彼女がスマホを差し出してくる。Twitterだ。そこには俺と長津田の情報が投稿されていた。



「お、お前……!」

「あはっ」

「笑ってる場合じゃないだろ! すぐに消せ!」

「じゃ、言うこと聞いてよ」

「……っ」

「どうする? 別に私はこのままでもいいよ。……キミに潰されるなら、別に後悔はないし」



 瞳をこちらに向けたまま、破滅的な言葉を口にする。その意味は理解できないし、するつもりもない。どのみち俺の答えは一つしかないのだから。



「わ、わかった。聞く。お前の言いなりになるから、消してくれ」



 ここで彼女の頼みを断ることによって犠牲になるのは長津田だ。そして俺はま~や様を裏切れない。だから従うしかない。



「ど~しっよかな~」

「なっ……お前、約束が違うだろ」

「……『お前』じゃなくてみうって呼んで」

「は……? 呼び方なんてどうだっていいだろ。それより、今は動画を──」

「あーなんかスマホ窓から投げたくなっちゃった。いい? 捨てても」

「わ、わかった! み、みう! 消してくれ!」



 彼女は心底嬉しそうな顔をすると、動画を削除した。


 削除するときに見えたが、アカウントは鍵垢だった。それもフォロー・フォロワー0の。俺はまんまと一杯食わされたことになる。


 俺はこれまで、彼女のことをただ裏表の激しいだけの女子高生だと思っていた。が、どうやらそれは間違いだったらしい。得体の知れない何か。それが今、俺が彼女に抱く印象だった。



「それじゃ、これからよろしくね? オタクくん」



 深淵のように黒く、渦を巻く瞳が俺を見据える。今の俺に、その深奥を読み解くことは出来なかった。

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