甘々王子に困惑中 1
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王子が記憶喪失と知られるわけにもいかないので、フェリクスはいったん城に回収された。
療養のためと銘打って城に隔離され、「第一王子フェリクス」としてのこれまでを叩きこまれた彼が学園に戻ってきたのは、全体集会があった日から一週間後のことだった。
その間、騒動を起こしたルイーザとセレスタンには粛々と処分が下った。
これまでの数々の嘘も裏が取られたルイーザは、学園を退学処分となった。身分剥奪がされなかったのは、国王の言った通り、校則に則った公正判断だからだが、貴族の子女が通うことを義務付けられている学園を退学になったことは、のちのちルイーザに大きな影を落とすのは間違いない。
そしてセレスタン。彼はルイーザに巻き込まれとはいえ、一人の学生に入れ込みすぎたがために公正な判断を欠いた。しかし、ルイーザ同様、校則に則った公正な判断ということで、王子としての素質には言及されず、一学生として罰が下り、一か月の奉仕活動が義務付けられた。しかしこれは、一学生にとっては妥当な罪でも、王子であるセルスタンにとってはそれ以上に重たいものになる。王子である彼が地べたに膝をついて草むしりをしたりゴミを拾って回るのである。相当恥ずかしいはずだし、屈辱であるはずだ。そして、個別に母である王妃からも強く叱られたらしい。近く、強制的に婚約だという。ルイーザの嘘を見抜けなかった彼の自業自得とはいえ、可哀そうな結果になった。
しかし、フェリクス同様、真面目なセレスタンは、その罪を妥当だと受け入れたようだ。オルテンシアにも、オルテンシアの父であるシャロン公爵にも、わざわざ謝罪に来て、深い反省を見せた。
オルテンシアは追放を免れたこともあり、寛大な心でその謝罪を受け入れることができたが、シャロン公爵は今回のことに相当怒っていて、国王の手前謝罪を受け入れた形を取ったが、セレスタンの治世でシャロン公爵家が彼に味方するかどうかは別の話だと言った。公爵家が本気になれば、王太子の身分から引きずり降ろされることも、王位につけたとしても早々に退位を迫られることになることもあると知っているセレスタンは青くなっていたが、言い訳はしなかった。やはり真面目である。
オルテンシアとしては、父が本気になって、セレスタンを王太子から退けてフェリクスを上げるようなことにはなってほしくないので、早く父の怒りが沈下してほしいものだと思っている。フェリクスが幼いころから臣下として育てられたように、オルテンシアも国王をそばで支える臣下の妻として育てられた。いきなり王妃の座が転がり込んできても困るのだ。
それに、記憶喪失になっている今のフェリクスはいろいろまずい。
城からの報告で、どうやら抜け落ちたのは日常の記憶だけで、教養部分には何ら問題がないとのことだが、日常が抜け落ちただけで性格が大幅に変わるものだろうか。城に連れ帰られるときも、オルテンシアの手を握りしめて「離れたくない」と駄々をこねたフェリクスを思い出してため息が漏れる。
今朝も、つい心配になって、始業の前に隣のクラスに様子を見に行ったのだが、オルテンシアの顔を見つけたフェリクスが花が咲いたような満面の笑みを浮かべて、駆け寄ってきて、こう言った。
「会いたかった、僕の女神」
どうやらオルテンシアへの形容は女神に落ち着いたらしいが、マジでやめてほしい。一週間の特訓で、記憶喪失を気取られないくらいになったと聞いていたが、あきらかにオルテンシアへの態度が違えば不審がられるに決まっている。現に、彼のクラスメイトが全員ギョッとしたように振り返った。
「フェリクス様……あの、ここでそのようなことを言われるのは……」
オルテンシアがやんわりと注意をすると、フェリクスは背後のクラスメイトを振り返って首を傾げ、それからにこりとして、わざと大きな声で言った。
「これまで我慢していたが、いろいろ考えた結果、僕は君への思いを隠さないことにしたんだ」
「…………」
これは誰の入れ知恵だろうか。不審がられた時に誤魔化すために、誰かが彼に余計なことを吹き込んだに違いない。
結局、にこにこと幸せそうなフェリクスにそれ以上何も言えず、始業のチャイムが鳴る二分前まで拘束されて、根こそぎ精神力を削られたオルテンシアはぐったりしながら自分の教室に帰ってきたのである。
(選択科目でも、フェリクス様とかぶっているものが多いのよね……。この調子だと、絶対に張り付かれるわよね。今はよくても、もし記憶が戻ったら、フェリクス様、困るんじゃないかしら……)
追放されなかったので、おそらくオルテンシアとフェリクスはこのまま結婚することになる。だから、関係性は変わらない。しかし、急に態度が甘くなったフェリクスが、記憶を取り戻した日を境にまた冷たくなれば、よくない噂が経つだろう。冷たい態度から甘くなれば微笑ましがられるが、逆のパターンになると不和だの婚約を解消するのかだの、いらぬ勘繰りをいれられることになる。
それを避けるためには、フェリクスは他人の目があるときは常に記憶喪失の時の態度を続ける必要があるが、彼にとってそれは多大な精神負担になるだろう。
これは、今後のフェリクスのためと、自分の平穏のため、オルテンシアから距離を取るしかなさそうだ。
選択科目は今更変えられないが、さすがに授業中に話しかけられることはないはず。生来真面目な彼は、授業中はいらぬ私語などしないからだ。始業時間ギリギリに入室し、就業時間の鐘の音とともに退出すれば、極力フェリクスとの関りを避けられる。
(クラスが違って本当によかったわ。同じだったら逃げられないもの)
三限目の、侯爵家以上の者しか選択できない帝王学の授業の教科書を鞄から出して、オルテンシアが教室から出ようとすると、廊下にフェリクスの姿があってギョッとする。
「殿下?」
「同じ授業だろう? 一緒に行こうか」
オルテンシアはカクンとうなだれた。
フェリクスが記憶喪失になったとはいえ、彼の頭の出来に変わりはない。オルテンシアの浅知恵など彼に通用するはずがなかったのだ。
(迎えに来られる可能性を、どうして考慮していなかったの、わたし……)
嬉しそうに、エスコートするようにオルテンシアの手を取るフェリクスの横顔を見上げて、彼を避けることができないのならば、早急に彼の記憶を取り戻そうと決めた。
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