ヒロインではなく第一王子(攻略対象)が記憶喪失になりました 4
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「殿下、どうされたんですか?」
一番に正気に戻ったのは、フェリクスに面と向かって「美しい」と言われたオルテンシアだった。
オルテンシアは空耳に違いないと勝手に決めつけて、フェリクスの顔を覗き込む。
(だぶんあれよ、鬱陶しいとか、うるさいとか、そういう言葉と聞き間違えたんだわ)
フェリクスに美しいと言われたことなど、今まで一度もない。それに、真面目な堅物王子が、女性に美しいと言うとは思えなかった。空耳に違いない。
保健室の医師が気を取り直したように咳ばらいをして、フェリクスにもう一度「頭は痛みますか?」と訊ねた。
フェリクスはしかし、オルテンシアから目を離さない。
「女神だろうか。天使だろうか。……君、名前は?」
「殿下、ですから、いったいどう――」
「お待ちください!!」
どうしたのだ、というオルテンシアの言葉を遮ったのは、焦ったような医師の声だった。
「殿下、もうしわけございません。もう一度よろしいですか。この方にいま、何を……」
フェリクスはオルテンシアを押しのけるようにして視界に入り込んできた医師に眉を寄せ、それから不可解そうな顔をして言った。
「女神か天使なのかと言った。本当に……本当に美しい」
(美しいって言った!?)
空耳ではなかったらしい。それどころか女神や天使に形容して来た。これはまずい。打ち所が相当まずかったに違いない。国王もクラウディオも明らかに動揺して、身を乗り出すようにしてフェリクスに詰め寄った。
「フェリクス、そなた、いったいどうした? いつものそなたらしくないぞ」
「そうです、殿下。確かにシャロン公爵令嬢はお美しい方ですが、殿下が女性を褒めるなど、世界がひっくり返っても起こり得ないことだと認識しております。頭ですか? 頭がおかしくなったのですか?」
フェリクスの元教育係と言うだけあって、クラウディオも容赦ない。
しかしフェリクスは動じた様子もなく、オルテンシアに向かってふわりと微笑んだ。
「シャロン公爵令嬢と言うのか。はじめまして。僕は――僕は?」
そこでフェリクスが表情をこわばらせたが、オルテンシアをはじめ、保健室の人間はそれどころではなかった。
「はじめまして!?」
「フェリクス、何を言っている!?」
「殿下、シャロン公爵令嬢はあなたの婚約者ですよ!?」
「殿下、ご自分のお名前がわからないのですか!?」
この状況をいち早く理解したのは医師だった。真っ青になって、矢継ぎ早にフェリクスに様々な質問をはじめる。フェリクスはそのどの質問にも不思議そうに首をひねっていた。
医師は両手で顔を覆って天井を見上げた。
「大変でございます。……どうやら殿下は、記憶喪失になってしまわれたようです」
オルテンシアは目を見開いた。
(ちょっと待って……記憶喪失? ルイーザじゃなくて、フェリクス様が? 嘘でしょう!?)
確かにストーリーは変わった。
断罪プロローグは起きなかった。
だが、オルテンシアを待ち受けているのは、どうやら平穏とは程遠い現実らしい。
フェリクスはうっとりとした表情で、オルテンシアの手を握りしめた。
「よくわからないが、君は僕の婚約者なのか。君のように美しい人が婚約者だなんて、僕は、なんて幸せ者なのだろう……」
そう言って、爪の先にちゅっとキスをされたオルテンシアは、そのまま凍りついた。
(フェリクス様が……壊れた)
誰だこのキザ王子は。
オルテンシアが現実逃避をはじめたくなったその横で、蒼白になった国王がぽつりとこぼした。
「今日は……厄日だろうか」