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【書籍化】記憶喪失になった婚約者は、どうやらわたしが好きらしい  作者: 狭山ひびき


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告白 1

お気に入り登録、評価などありがとうございます!

 少し前から、おかしいなとは思っていた。

 フェリクスは記憶喪失で人間関係がわからなくなっているはずなのに、会話のさなかに、昔の話を当たり前のようにすることがあったから。

 少しずつ記憶が戻りはじめているのではないかとも思ったが、それにしては、彼の言動にはあまりに違和感がなさすぎた。


 階段から落ちて意識を失った直後のフェリクスは確かにおかしかったが、その一週間後に会った彼は、オルテンシアに対する態度こそ以前とは異なるものだったが、その言動はきちんと「フェリクス」だった。

 ゆっくり記憶が戻ったのか、ある日を境に一気に記憶が戻ったのかはわからない。だが、目の前のフェリクスが、どうしても記憶喪失であるとは思えず、オルテンシアは賭けに出た。


(やっぱりね)


 いつ記憶が戻ったのかと言うオルテンシアの問いかけに、フェリクスは明らかに動揺していた。記憶が戻っているのは間違いなさそうだ。


 しかしそうなると、一つだけ疑問が残る。それは、記憶が戻っているのに、フェリクスはどうしてそれを秘密にして、記憶喪失のふりを続けていたのだろうかと言うことだった。

 フェリクスは戸惑ったように瞳を揺らし、やがて諦めたように肩を落とした。


「オルテンシアの言う通りだ。記憶はとっくに戻っている。だが、詳しい話はまたあとでもいいだろうか? この騒動を片付けてからにしないといけないし、君も疲れているだろう? 公爵も外にいるから、一度家に帰って疲れを癒した方がいい」


 フェリクスがそう言いながら、躊躇いがちに手を差し出してきた。オルテンシアが彼の手に手のひらを重ねると、ホッとしたように小さく笑う。


「オルテンシア、帰ろう」

「はい。……あの、フェリクス様……助けに来てくださって、ありがとうございます」

「お礼を言われるほどのことはしていないよ」


 婚約者を助けるのは当然だと言うフェリクスの真面目さに、オルテンシアは思わず笑ってしまう。

 フェリクスとともに倉庫を出ると、倉庫の外はオルテンシアが想像していた以上に騒然としていた。

 大勢の兵士の姿があり、何人もの男たちが縛り上げられて転がされている。


「オルテンシア!」


 父の声がした。駆けつけてきた父にフェリクスがオルテンシアを差し出す。


「僕はここの片づけが終わってから帰りますから、公爵はオルテンシアと一緒に先にお戻りください」


 フェリクスがそう言って、オルテンシアから離れていく。

 オルテンシアに甘く微笑みかけるフェリクスとは、今日を境に会えなくなるような気がして、オルテンシアは思わず声を上げかけたが、父に手を引かれて諦めた。


(……たとえフェリクス様の態度が元に戻っても、フェリクス様だもの。悲しくなる必要はないわ……)


 そう言い聞かせるも、言いようのない寂寥感が胸に広がっていく。


 父とともにシャロン公爵家に戻って、父からも母からもゆっくり休むように言われて、次の日。フェリクスから呼び出しがあって、オルテンシアは城へ向かった。


 学園はシャルルの一件のせいで今日から三日間の臨時休暇になっている。

 城へ向かうと、玄関までフェリクスが迎えに来てくれていた。

 昨日眼鏡のフレームが曲がってしまったが、フェリクスは同じデザインの眼鏡をかけていた。まだストックがあるらしい。


「すまない。迎えに行きたかったんだが、ばたばたしていて」

「いえ。あんなことがあったあとですから、仕方のないことだと思います」


 昨日の今日だ。フェリクスはまだ忙しいはずである。それなのに、オルテンシアのために時間を割いてくれたのだ。それだけで充分だった。


 シャルルやルイーザは捕えられ、王城の牢の中に閉じ込められていると言う。彼らのついてどのような裁きが下るのかはまだ決まっていないそうだ。シャルルのおかげという言い方はおかしいのかもしれないが、彼がオルテンシアを他国に売り払おうと計画を立てたことで、人身売買に手を染めていたある商会の存在が明らかになったらしい。昨日捕えた人間以外にも大勢の捕縛者が出るだろうとフェリクスは言った。商業ギルドにも管理責任の累が及ぶのは間違いがない。どこにどれだけの罪があるのかすべてを洗い出さなくてはならないので、シャルルやルイーザの裁きどころではないそうだ。


「昨日の報告は以上にしよう。……君を呼んだのは、こんな話がしたかったわけではないからね」


 フェリクスの部屋に入って、ティーセットが用意されるまでの間、昨日の報告を受けていたオルテンシアは、彼のその言葉に背筋を伸ばした。


(いよいよね……)


 緊張で、喉が渇いてくる。この話を聞いたあとから、フェリクスがまた口数の少ない淡々とした様子の彼に戻るのだ。淋しくないし悲しくないと自分に言い聞かせても、オルテンシアに優しく微笑んでくれる彼がいなくなるのは、やっぱりちょっと淋しい。


 喉が渇いているのに、小さく震えている指先に気づかれたくなくてティーセットに手を伸ばすことすらできず、オルテンシアは膝の上で拳を作る。

 フェリクスはじっとオルテンシアの顔を見つめたあとで、目を伏せた。


「オルテンシアが言った通り、僕の記憶は戻っているよ。というか、あのあと城に戻って、すぐに戻ったんだ。でも、周囲には黙っていた」

「どうして――」

「チャンスだと思ったからだ」

「チャンス……?」


 それはいったい何に対するチャンスだろうか。思いもよらぬ単語に、オルテンシアは首をひねる。

 フェリクスは伏せていた目を上げると、オルテンシアに向かって困ったような顔で微笑んだ。


「そう、チャンスだ。……君との関係を、やり直すチャンスだと思った」


 フェリクスはティーカップを手に取る。それは、オルテンシアとお揃いで買ったミント色のカップだった。彼は間を取るようにゆっくりとティーカップに口をつけて、それから、どこか照れくさそうな顔をして、言った。


「これを話す前に前提として知っていてほしいんだが……僕は、君が好きだ。君と初めて会った、六歳のころからずっと、君のことが好きだった」


 オルテンシアは息を呑んで、耳を赤く染めてこちらをじっと見つめているフェリクスを見返した。



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