もう一人の転生者 6
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「おい、その女はまだ寝ているのか。もしかして、体調が悪いんじゃないのか?」
夕食を持った男がそう言いながら近づいてきたので、オルテンシアはさーっと青くなった。
「大丈夫よ。疲れたから眠っているだけだもの」
「本当か? お前たちは大事な商品なんだ。何かあったら困る」
一応確かめると言って、男が食事を乗せたお盆を木箱の上に置いてやってくる。
(……もう少し時間を稼ぐつもりだったのに)
覗き込まれれば一巻の終わりだ。
オルテンシアはちらりと倉庫の扉を一瞥した。
倉庫の扉は閉まっている。外に見張りはいるだろうが、中の様子まではわかるまい。
(仕方ない。どうせばれたら問い詰められるのは目に見えてるもの)
オルテンシアは後ろ手でロープの束を握りしめると、不自然に見えないように立ち上がった。
「そんなに気になるなら確認すればいかが?」
そう言いつつ場所を開けるふりをして横にずれる。
そーっと大男の背後に回り込み、男がオルテンシアお手製人形を確認しようと身をかがめた瞬間――
「ぐっ」
クロエの指示通り、男の首に縄をかけて、全体重をかけて後ろに引っ張った。
後ろに引き倒す要領で体重を乗せると、男が低くうめいて昏倒した。
「うそ、できちゃった」
殺していないかどうか不安になったが、泡を吹いているので多分生きているだろう。
しかし、男が倒れた音を聞きつけて、倉庫の扉の向こうが騒がしくなってきた。
(まっず!)
さすがに全員を相手にロープ一本で立ち回るのは不可能だ。
オルテンシアは急いで奥の方にあった木箱を開けて、その中に身をひそめた。この木箱は、オルテンシアお手製人形を作るときに使ったクッションが入っていたので、人形に使った分隙間がある。オルテンシア一人入り込むスペースは充分にあった。
木箱の中で息をひそめていると、ばたばたと何人もの足音が聞こえてきた。男たちが倉庫の中に入り込んできたのだろう。
オルテンシアがロープで気絶させた男を見て、外が騒然となる。
「逃げたぞ!」
「探せ!」
「何をしていたんだ、役立たずが!!」
男たちの声に交じって、シャルルの怒声が聞こえてきた。どうやらシャルルもここにいるようだ。
(ルイーザもシャルルも、船が出航するまでここにいるつもりなのかしら? ルイーザはともかく、シャルルがいなくなれば騒ぎになるでしょうに……)
寮生活とはいえ、一週間も欠席すれば、さすがに親に連絡が入る。寮の部屋も確認されるだろう。
(……不審がられて寮の中を確認されるのと船の出航……ぎりぎり間に合うって判断したのかしら?)
どちらにしてもシャルル自身も危ない橋を渡っているのは確かだ。そこまでするほどルイーザに惚れ込んでいるのだろうか。
オルテンシアは木箱の中で膝を抱えて、足音が遠ざかるのを待った。ひとまず倉庫の中から人の気配が消えてホッとするも、木箱から出るのは不用心かもしれない。
(倉庫の外では男たちがわたしを探し回っているでしょうし、下手に外に出ない方がいいわね)
クロエはきっとうまくやってくれている。クロエが助けを呼ぶまで、ここで息をひそめていよう。
オルテンシアが木箱の中で膝を抱えたままじっとしていると、少しして、何やら倉庫の外からピーッという笛の音のような音が聞こえてきた。
何だろうと思っていると、「全員捕縛せよ!」という声が聞こえてきて、オルテンシアの胸がドクンと波打つ。
(フェリクス様の声!)
フェリクスが助けに来てくれたのだ。ホッとしたオルテンシアは、木箱の蓋を開けて外に飛び出そうとした。それが、まずかった。
「っ!」
オルテンシアが木箱から出るのと、倉庫に一組の男女が駆け込んでくるのはほぼ同時だった。
(ルイーザとシャルル!)
それは、ルイーザとシャルルの二人だった。
二人はオルテンシアを見て瞠目すると、すぐに憎しみのこもった目で睨みつけてくる。
「全部……あんたのせいよ!」
ルイーザが叫び、シャルルの手にあった短剣を奪い取った。
短剣をわきに抱えるように持って、わめきながらオルテンシアに突進してくる。
オルテンシアは咄嗟に木箱の蓋をつかんで、ルイーザの短剣をそれで受け止めた。
ガキッと鈍い音がして、ルイーザの手から短剣が転がり落ちる。
その短剣を、シャルルが拾い上げた。
シャルルの夕焼け色の目が、しっかりとオルテンシアを捕える。
彼が短剣を振り上げて、オルテンシアがぎゅっと目をつむったときだった。
「捕えろ!!」
フェリクスの怒声がして、倉庫の中に多くの兵士がなだれ込んでくる。
シャルルとルイーザはあっという間に捕まって、ルイーザは大きな目に涙をためてフェリクスを見上げた。
「わたくしは悪くありません。全部、全部オルテンシア様が……!」
オルテンシアのせいだとわめくルイーザを、フェリクスは眼鏡の奥の双眸を冷ややかに細めて見下ろした。
「ルイーザ・レニエ。僕の婚約者を陥れようとしただけでなく、危害まで加えようとしたんだ。どんな言い訳をしようと僕は絶対に許さない。覚悟しておくんだね」
連れて行け、とフェリクスが命じると、兵士たちがシャルルとルイーザを引きずるようにして連行していく。
二人がいなくなると、オルテンシアはへなへなとその場に崩れ落ちた。さすがに、短剣を向けられた時はもうだめかと思った。
「オルテンシア」
フェリクスがオルテンシアに駆け寄ってくる。しかし、その途中で足をもつらせて、びたん、とその場に転倒した。
(ああ、眼鏡が……)
せっかく新しくしたのにまたフレームが曲がってしまった。
顔を打ったのだろう、フェリクスが痛そうに顔を押さえて起き上がる。相変わらずの運動音痴だ。
だがそのおかげで、オルテンシアの緊張が解けた。笑いながら立ち上がって、フェリクスのそばに向かう。
「殿下、鼻の頭が赤くなっていますよ」
手を伸ばして鼻の頭に触れると、フェリクスが恥ずかしそうに視線を背ける。
オルテンシアはフェリクスの鼻の頭をそっと撫でて、それから小さく目を伏せた。
「フェリクス様……いったいいつから、記憶が戻っていらしたんですか?」
オルテンシアの問いかけに、フェリクスは息を呑んで硬直した。





