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もう一人の転生者 3

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 昼になって、パンとチーズの質素な昼食が持ってこられた。

 ぼそぼそした口当たりのパンはお世辞にも美味しいとは言えなかったが、丸一日何も食べていなかったオルテンシアはあっという間に完食して、水を飲みながらほーっと息をつく。


(あー、生き返った気分)


 お腹もすいていたし喉も乾いていた。目を覚ましてから食事が運ばれてくるまで数時間あったので、空腹に耐えきれず倉庫の中の適当な木箱の中を物色してみたが、食べられるものは何もなくて少しイライラしていたのだ。


 オルテンシアより少し遅れてクロエも食べ終えて、二人分の皿を倉庫の入り口近くに置いた。物音を聞きつけて見張りの大男が皿を回収していく。

 朝から、隙を突いて外部に連絡を取る方法を考えているけれど、今のところこれと言って名案は思い浮かばなかった。


 しばらくして、クロエがお手洗いに行きたいと大男に行って倉庫を出て行く。

 クロエが戻ってくる前に別の大男がやってきて、倉庫の中から一つの箱を運び出して行った。もしかして南の大陸に向かう船が到着したのだろうかと、一瞬不安に思ったけれど、大男は箱を一つ運び出しただけで、別の箱を運び出す気配はないことから、どうやら違うらしいと胸をなでおろす。


(この倉庫は、輸出する箱を置く場所じゃなくて、輸入して来たものを保管している倉庫なのね)


 そこまで考えて、オルテンシアはハッとした。

 うまくすれば、この箱を使って外に出られるかもしれない。これはクロエが戻ってきたら相談だ。


 早くクロエが戻ってこないかしらとオルテンシアがそわそわしていると、不意に倉庫の扉が開いた。

 しかし、そこから入ってきたのはクロエではなく、見覚えのあるピンク色の髪をした少女だった。


(ルイーザ・レニエ!)


 オルテンシアは目を見開いた。

 まさかここにルイーザが来るとは思っていなかったオルテンシアが、驚きのあまり声も発せられないでいると、ルイーザはオルテンシアを見て、ふん、と鼻を鳴らした。そんな彼女に、オルテンシアは少なからず戸惑った。なぜなら、学年集会の日に、わたしは被害者なのだと必死に訴えていたか弱そうな雰囲気はどこにもなく、もっと言えば、男爵令嬢らしい気品もどこにもなかったからだ。


 服だけは、豪華なドレス姿だった。レニエ男爵家を追放されたルイーザに高いドレスを買う金などあろうはずもないから、シャルルが買い与えたと見ていいだろう。シャルルが自分で言った通り、ルイーザは学園の寮の、シャルルの部屋にいたのだろうか。

 ルイーザは木箱を背もたれにして座っていたオルテンシアを見下ろして、口元をゆがめて嗤った。


「埃だらけでいい気味。シャルルは会うなって言ったけど、あんたには文句の一つでも言ってやらないと気がすまないもの」


 ルイーザはそう言うが、オルテンシアは彼女から文句を言われる覚えはない。学年集会のときも、オルテンシアが何かしたというよりは、嘘をつき続けた彼女が勝手に自爆しただけだ。


「わたくしは、あなたに文句を言われる覚えはないわよ」


 さすがに黙っていられなくて言い返せば、ルイーザが顔を真っ赤に染めて怒鳴った。


「あるわよ! だって、全部あんたのせいじゃない! わたしはヒロインなのに、悪役令嬢のあんたが追放されなかったせいでストーリーが滅茶苦茶になったのよ!! わたしは幸せになるはずだったのに! こんな目にあってるのは全部あんたのせいよ!!」


 ルイーザのこの言葉で確信した。


(やっぱり、ルイーザは転生者ね)


 しかしここでオルテンシアもそうだと気づかれるのはまずい。彼女を更に逆上させかねないからだ。

 オルテンシアは何もわからないふりをして首をひねる。

 ルイーザは大声を上げたせいか、徐々に興奮しながらまくしたてた。


「本当はセレスタンルートにしようと思ってたのに、あんたのせいで失敗したわ! フェリクスもベルトランもダメ。シャルルが匿ってくれたけど、プロローグが台無しになったからシャルルのハッピーエンドルートにも入れなかったわ! 仕方がないから、バッドエンドルートを改良することにしたのよ!」


 ルイーザが言うことには、シャルルのバットエンドを何とか方向転換し、軟禁エンドではなく一緒に国外に逃げるように仕向けたらしい。もうその時点ですでにゲームのストーリーとは違うので、ハッピーエンドだのバッドエンドだのにこだわる必要はどこにもない気がするのだが、どうやらルイーザは、ゲーム世界と現実の世界の区別がついていないらしかった。自分たちは現実問題ここで生きているのに、ここがゲームの世界だと思い込んでいる。


「でもあんたが国に残ってたらストーリー上どんなバグが出るかわかったものじゃないもの。だからあんたもストーリー通りに追放することにしたの。ついでに売り飛ばせば、わたしもシャルルもそのお金で優雅に暮らせるもの。知ってる? 南の国では、モンフォート国の貴族令嬢は高く売れるんだそうよ。希少価値がとっても高いんですって!」


 希少価値も何も、モンフォート国は人身売買を禁止している。人身売買をすれば、ばれたら最悪の場合極刑になるほどの重刑だ。量刑されても、十年以上の労役である。


(……わたしたちを売り飛ばそうとしている理由はわかったけど、ルイーザはそれで、本当に幸せになれると思っているのかしら?)


 ルイーザの口ぶりから推測するに、シャルルは転生者ではないと思われる。転生者ならば、ルイーザがバッドエンドを改良しようとする必要もないはずだ。転生者同士でゲームのストーリーになぞらえようとするはずがない。

 シャルルの口から出た「悪役令嬢」という単語は、ルイーザが口にしているのを覚ええたのだろう。


(それにしても……ルイーザの口車に乗せられて家を捨てる気……?)


 シャルルはダンマルタン伯爵家の跡取り息子だ。約束された未来を捨ててまでルイーザを選ぶのだろうか。『木漏れ日のアムネシア』でもシャルルのバッドエンドではルイーザに驚くほどの執着を見せていた。ここは現実世界だが、シャルルのその粘着質な性質は同じなのかもしれない。


「あんたは売られて、一生奴隷として生きるのよ! 船は三日後に港に着くわ。一週間後に出航よ。せいぜいそこで絶望して震えているといいわ!」


 言いたいことだけ言って、ルイーザは部屋を出て行く。

 バタンと大きな音を立てて倉庫の扉が閉まると、オルテンシアは閉まった扉を見つめてしばしば茫然としてしまった。


(……逆恨みもいいところじゃない)


 ルイーザの意に添わなかったからと言う理由で、何故自分がこんな目に合わなくてはならないのだろう。しかも、クロエまで巻き込んで。

 沸々とした怒りがこみあげてきて、オルテンシアは勢いよく立ち上がった。


(冗談じゃないわ。見てなさい、絶対に逃げ出してやるんだから!)


 そうして、倉庫に積まれている木箱の蓋を片っ端から開けていくと、中に入っているものを物色しはじめた。


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