もう一人の転生者 2
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「オルテンシアはまだ帰らないのか!?」
シャロン公爵家に確認に行っていた従僕の報告に、フェリクスは思わず声を荒げた。
昨日のことだ。
オルテンシアが、フェリクスの母である第二妃の茶会に招かれたと聞いて、フェリクスは迎えに出向いた。
第二妃がことあるごとにオルテンシアにちょっかいを出すのをよく思っていないフェリクスは、極力、母とオルテンシアを近づけたくなかった。学業を理由に無闇に城に呼び出すなと母には釘を刺していたし、オルテンシアもこれまでは母の誘いをそれとなく断っていたはずなのに、どういうわけか母の誘いを受けてしまったのだ。
オルテンシアは、第二妃の誘いをあまり無碍に断るのも悪いと思ったのかもしれないが、正直、そんな優しさはいらなかった。しかしオルテンシアが招待を受けてしまったのならば仕方がない。ならば母が余計なことをしないように目を光らせておくだけだ。
オルテンシアを迎えに行ったついでに強引に茶会の席に割って入ろうと思っていたフェリクスがシャロン公爵家に迎えに行くと、オルテンシアは午前中出かけていてまだ帰っていないと言われた。迎えに来た時間が少し早かったこともあり、フェリクスはそのままシャロン公爵家でオルテンシアを待たせてもらうことにしたのだが、いつまでたってもオルテンシアが戻ってこなかったのだ。
オルテンシアは公爵令嬢として厳しくしつけられているので、約束を破るようなルーズなことはしない。
シャロン公爵夫妻もおかしいと感じたようで、公爵が、オルテンシアが出かけたという街まで遣いをやろうとしたとき、朝オルテンシアを乗せて出かけた馬車が戻ってきた。
けれど、ホッとしたのも束の間、馬車の中にはオルテンシアも侍女のクロエも乗っておらず、御者が言うにはいつまでたっても二人が戻ってこないので、こうして確認に戻ってきたという。
公爵はすぐに公爵家のものを捜索に出した。フェリクスも動こうとしたが、公爵から王子が動くとことが大げさになるので城で報告を待っていてほしいと言われて断念した。
公爵夫人がフェリクスとともに城へ向かい、第二妃にオルテンシアの茶会の欠席を詫びたいと言ったので、それ以上は居座ることもできず、城に戻ることにした。
それなのに今日になっても、オルテンシアは見つかっていないという。
さすがにこれ以上は、城でのんびり報告を待っていられなかった。
フェリクスが従僕の制止も聞かず、部屋から飛び出して行こうとしたその時、、険しい表情を浮かべたクラウディオが歩いてくるのが見えて足を止める。
今日は月曜日。フェリクスはオルテンシアが心配で学園を欠席したが、クラウディオは授業があるはずだ。よく見ると、クラウディオの隣には生徒会長ベルトラン・バルテの姿もある。
「殿下。お急ぎのところすみませんが、少しお時間をいただいても?」
オルテンシアがいなくなったことは、父と正妃、母には報告しているが、学園には伏せている。オルテンシアのことではないだろうが、クラウディオが学園を放ってここに来たくらいだ、よほどのことがあったに違いない。ベルトランが一緒と言うのも気になる。
(……オルテンシアが気になるが仕方がない!)
ここで王子としての責務を放り出すことはできない。
ぐっと奥歯を噛んだフェリクスは、二人を自室に通した。メイドに急いでティーセットを用意させようとすると、クラウディオが「大丈夫です」とそれを止める。
「のんびりしている時間が惜しいので、手短に報告します」
そう言って、クラウディオがベルトランに視線を向ける。
珍しく緊張しているのか、ベルトランが唇を軽く舐めて口を開いた。
「単刀直入に申し上げます。学園祭で我がクラスが発表した薬草がいくつか盗まれました」
「は?」
いきなり薬草の話をされて、フェリクスは不可解そうに眉を寄せた。それが何だろ言うのだろう。クラウディオに説明を求めると、彼が一つ頷いて補足してくれる。
「あの薬草は、効果が効果ですので、管理は厳重に行っていました。発表した実験結果では、麻酔薬として使用できるというメリットのみでしたが、服用の仕方によっては効果が出すぎるため、あれはかなり危険な薬草なんです。葉から抽出する成分の濃度によっては、少量でも意識を混濁させ、数時間から数日目を覚まさないことがあります。私たちが管理に入る前、学生たちが勝手に行った実験で三日目を覚まさないものもいました。本当に危険なのです」
その説明を聞いて、フェリクスの表情がぐっと険しくなる。
「待ってくれ。さっき、盗まれた、と言ったな?」
ベルトランは「紛失」ではなく「盗まれた」と言った。二人が急いでフェリクスのもとに駆けつけたことからも、かなりの緊急事態だと思われる。
「誰が盗んだんだ。見当はついているのか?」
「シャルル・ダンマルタンです」
ベルトランが腹立たしそうな顔で告げることには、シャルルが薬草を盗んだのは学園祭の片づけをしていた時のことらしい。
学園祭のときに、ベルトランの教室には薬草の展示がされていた。シャルル・ダンマルタンはベルトランと同じクラスで、彼とほかの数人の学生が、展示した薬草を保管室に返しに行ったという。
ベルトランは生徒会の仕事もあるので、教室の片づけはクラスメイトに任せていたそうだ。
「今日わかったんです。国立医学研究所に薬草を少し分けてほしいと言われて……植物自体ではなく、乾燥させたものであれば少しくらいなら構わないだろうと、クラウディオ先生とともに朝、保管庫に薬草を取りに行ったんです。そうしたら保管している薬草の数がかわっていました。最後に保管庫に入ったのは、学園祭の後片付けのときです。クラスメイトに問いただすと、シャルルが持ち出したと言いました。どうやら金をもらって口止めされていたそうです」
「そのシャルル・ダンマルタンはどうした」
「今日は欠席です。そしてもう一つ……」
ベルトランは躊躇うようにクラウディオに視線を向ける。クラウディオが頷くのを見て、ベルトランは意を決したように続けた。
「ここのところ……二学期が始まって少ししてからでしょうか。シャルルがやたらオルテンシア様を気にするようになっていました。オルテンシア様の行動を知りたがって、下級生にまで話を聞きに行くことがあったようです。俺も知っていたんですが……すみません、シャルルがオルテンシア様に一方的に懸想しているだけかと思って不思議には思っていませんでした」
「今日、シャロン公爵令嬢が欠席しています。ダンマルタン伯爵子息もです。無関係とは思えず、こうして急いで報告に参りました。殿下のそのご様子から考えても……シャロン公爵令嬢に何かあったんですね?」
クラウディオがベルトランのあとを引き継ぐ。
(さすがに鋭いな)
フェリクスは大きく頷いた。これは下手に隠すより、オルテンシアの失踪を告げて味方につけた方がいい。
「オルテンシアだが、昨日出かけたっきりまだシャロン家に戻っていない。公爵が捜索している。僕も出るつもりだったが……そのシャルル・ダンマルタンを探して捕えてくれ。僕はオルテンシアを探す」
シャルルが持ち出したという薬草は意識を混濁させることはあっても、命に関わるものではないというが、それはあくまで、クラウディオや医師の監修のもとに行った実験結果でのことだ。服用する量によってはどんな結果になるか分かったものではない。
クラウディオとベルトランがフェリクスの命令に頷いて部屋を飛び出して行くと、フェリクスは話を聞いていた従僕に国王に報告へ行くように命じた。
(オルテンシア……!)
フェリクスは今度こそ部屋を飛び出すと、全速力で廊下を駆け抜けた。