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危険 4

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 次の日、オルテンシアは昨日の雑貨店へ行くことにした。

 昨日見つけた紺色のガラスペンを買うためだ。

 ガラスペンは高価だし、すぐには売れないとは思うけれど、もし売れてしまったらと思うと不安で仕方がなかったので、予定が開いていた翌日の朝に購入してしまうことにしたのだ。


 午後からは第二妃にお茶に呼ばれているが、ガラスペンを購入するだけなのでそれほど時間もかからない。

 オルテンシアが帰宅してから着替えやメイクをやり直さなくてはならないクロエは、何も今日出かけなくてもいいではないかと不満そうだったが、フェリクスのプレゼントを買いに行くと言えば仕方なさそうに肩をすくめた。


 馬車で街まで出て、邪魔にならないところに馬車を停める。一人では不用心なのでクロエと一緒に昨日の雑貨店へ向かった。

 雑貨店の店主はオルテンシアの顔を覚えていて、すぐに近寄ってきた。昨日購入したティーカップに傷や汚れがあったのではと不安になったらしい。


 オルテンシアがガラスペンを購入しに来たと告げると、店主はホッとしたように胸をなでおろして、ガラスペンのコーナーまで案内してくれた。

 すでに購入するものが決まっているオルテンシアは、昨日の紺色のガラスペンをプレゼント用に包んでほしいとお願いする。


 無事にガラスペンを購入したオルテンシアが、店を出て、馬車を停めてある大通りまで歩いているとき、ふいに背後から呼び止められた。


「オルテンシア・シャロン公爵令嬢」


 振り返ると、三年生のシャルル・ダンマルタンが立っていた。

 学年も違うし、話したこともないシャルルから呼び止められたことに、オルテンシアは首をひねる。


「突然話しかけてすみません。俺はシャルルと言います。父はダンマルタン伯爵です」


 オルテンシアが自分を知らないと思ったのか、シャルルが早口で自己紹介をする。

 しかしそれだけではシャルルがどうしてオルテンシアに話しかけてきたのかがわからない。


「あの……わたくしに何か?」


 まだ時間に余裕があるとはいえ、午後からは第二妃に呼ばれているので城へ向かわなくてはならない。用事があるなら手短にお願いしたい。

 オルテンシアが訊ねると、シャルルがさっと周囲を確認して、声を落とした。


「ご相談があるのです。その……セレスタン殿下のことで」

「セレスタン殿下のことでしたら、わたくしではなく……」

「いいえ! オルテンシア様にしかご相談できないことなのです。少々問題のあることでして……あまり大声で言えることではないのです。近くに馬車を停めてあります。出来ればそちらで……」

「そう言われましても……」


 セレスタンはオルテンシアの婚約者ではない。そのセレスタンの相談事がオルテンシアに入るのはおかしな話だ。オルテンシアが困った顔をすると、シャルルが仕方がなさそうな顔をして、さらに声を落とす。


「殿下と……レニエ男爵令嬢のことです。これ以上はここでは申せません」

(ルイーザの?)


 思わぬ名前が出てきて、オルテンシアはびっくりした。セレスタンはルイーザともう関わってはいないはずだ。


(もしかして、セレスタン殿下はまだルイーザと連絡を取り合ってるの? だったら確かに問題だわ……)


 シャルルが周囲を気にするのもわかる。そのことについて誰かに報告をしたくとも、シャルルが個人的に国王に面会することは難しいだろうし、フェリクスにしても、一対一での面会は受け入れられないだろう。学園では他人の目もある。フェリクスと二人きりで話ができるオルテンシア経由で知らせるつもりなのだろうと考えれば、シャルルがオルテンシアに声をかけてきたのも頷ける。


「あまり時間は取れませんけど……わかりました。馬車はどちらです?」

「お嬢様」

「クロエ、少しだけよ」

「ご心配なら馬車のところまでは侍女も一緒で構いませんよ。ただ、お話をお聞かせすることはできませんけど」


 クロエは馬車の中にオルテンシアとシャルルを二人きりにするのが許せないようだけれど、話がセレスタンとルイーザの件ならクロエに聞かせるわけにはいかないのだ。


 クロエが渋々、馬車の側で一緒に行きますというので、クロエとともにダンマルタン伯爵家の馬車まで向かう。

 クロエを馬車の扉の近くで待たせて、オルテンシアはシャルルとともに馬車に乗り込んだ。


「それで、セレスタン殿下とレニエ男爵令嬢のこととはなんでしょうか?」


 父の話では、ルイーザはレニエ男爵に勘当されたそうだから、男爵令嬢と呼ぶのは間違っているかもしれないが、ややこしいのでそのまま呼ぶことにして、オルテンシアはシャルルに訊ねる。

 レニエ男爵家を追放されて、ルイーザがどうしているのか少し気になってはいたが、セレスタンにどこかに匿われているのだろうか。


 シャルルは馬車の座席に置かれていたキャンディーの入った箱を開けて、「おひとつどうぞ」とオルテンシアに差し出した。

 暢気にキャンディーを食べている時間はないのだが、勧められたので一つ受け取って口に入れる。


「ルイーザですけど、どうやらまだ学園にいるようなのです」

「学園に? でも、レニエ男爵令嬢は学園を退学処分になったのでしょう?」

「そうなんですけどね、学園の中に匿われているようでして」

「そんなはず……」


 オルテンシアはキャンディーを口の中で転がしながら眉を寄せる。ハーブような、少し不思議な香りのするキャンディーだ。


「匿うと言っても、そんな場所はどこにもないですよ」

「ありますよ。一カ所だけ、匿える場所が」

「そんなもの……」


 あっただろうかと考え込んで、オルテンシアはハッとした。


(『木漏れ日のアムネシア』のバッドエンド……)


 キャラの数だけある四つのバッドエンドのうちの一つで、ヒロインが同じように男爵家を追われるものがある。記憶喪失のまま終わるバッドエンドで、ヒロインに執着する攻略対象がヒロインを学生寮に閉じ込めるというものだ。学生寮はそれぞれ個室で、門限は決められているが、それ以外に厳しい規則もなく、部屋の抜き打ち検査もない。利用者の卒業後はもちろん出なくてはならないが、当面の隠れ場所としては申し分のない場所だ。


(でも待って。このバッドエンドは――)


 攻略対象四人のうち、学生寮を使っているのは一人だけ。


(おかしいわ。だってセレスタン様は当然のことながら王城から通われていて寮生活を送っていない。……じゃあ)


 オルテンシアの心臓が嫌な音を立てた。

 にこり、とシャルルが微笑む。


(さっきシャルルは……ルイーザを名前で呼んだわ。レニエ男爵令嬢ではなく、ルイーザと)


 嫌な予感を覚えて、オルテンシアは立ち上がろうとした。しかし、馬車を飛び出そうと立ち上がった瞬間、くらりと眩暈を覚えて座席に倒れこむ。


「なに……?」


 平衡感覚を失ったかのように、ぐるぐると視界が回る。それどころか徐々に霞んできて、頭を支えることができない。

 体からかくんと力が抜けて、オルテンシアは座席から転がり落ちた。

 視界が白い靄に覆われ、意識が朦朧としていく中、耳だけが最後まで音を拾う。


「さようなら、『悪役令嬢』」


 その言葉を最後に、オルテンシアの意識は闇に飲まれた。


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