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危険 3

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 雑貨店といっても、貴族御用達の高級店である。

 内装はとても凝っていて、分厚いカーペットが敷かれた店内には、オルテンシアの目的のティーカップをはじめ、たくさんのものが置かれていた。

 目的のティーカップコーナーは、全体の商品の中で一番充実していて、棚にずらりとカラフルなティーカップが並んでいた。


「城のティーカップは白いものが多いけど、こうして見てみると、色がついていても可愛らしいね」

「我が家も白いカップに絵が描いてあるものばかりですから、色がついたものがほしいです」


 紅茶の色が映えるからという理由で、白いティーカップを使っている貴族はとても多い。確かに、紅茶の色を綺麗に見せるには白がいいのかもしれないが、並んでいる青や緑、ピンクなど、色のついたカップはとても可愛らしかった。


「たくさんあるから迷ってしまいますね」


 オルテンシアがライラック色のティーカップを手に取って、細部まで確認していると、「それも可愛いね」と言いながらフェリクスが濃紺色のカップを手に取る。


 大きさや形、飲み口、色などを時間をかけて確認しながら、最終的にオルテンシアとフェリクスの意見が一致したのが、ミント色のカップだった。持ち手と口の部分が金色で、外側には絵の入っていないシンプルなものだったが、内側の底にクローバーの絵が描いてある。受け皿も金で縁取りがしてあるミント色で、こちらは受け皿そのものの形がクローバーを象っていた。こういう遊び心があるものも、たまにはいい。


 フェリクスがプレゼントすると言ってくれて、ティーカップを持って店主と金銭のやり取りをはじめる。

 その間、オルテンシアは何げなく店内を見て回っていたのだが、ふと、ペンが置いてあるコーナーで足を止めた。


(……ガラスペンだわ)


 この世界にはボールペンのようなものは存在しない。ペン先にインクをつけて各ペンばかりだが、最近ガラス製のものができたと聞いていた。従来のペンよりもインクが長持ちするらしい。ガラスに掘った溝がインクを吸い上げるからだそうだ。

 オルテンシアの視線が、ガラスペンの中の、紺色のそれへ向かう。先ほど、フェリクスはミント色と紺色のティーカップで悩んでいた。紺色が好きなようだ。


(これ、フェリクス様に似合いそうだわ)


 ペン先を何度もインクに付ける必要がなくなれば、書類仕事も勉強もしやすくなるだろう。

 オルテンシアは店主と話しているフェリクスを振り返った。もうすぐ金銭のやり取りも終わりそうだ。


(ティーカップを買ってもらったし、以前は髪飾りももらったし……プレゼントしたいけど、今買おうとしたらまたフェリクス様が自分で払うわよね?)


 オルテンシアはガラスペンに伸ばしかけた手を引っ込めると、後日自分一人で買いに来ようと決めて、会計が終わりそうなフェリクスの側へ向かう。

 ちょうどラッピングが終わったところなのか、二つある包みの一つをフェリクスがオルテンシアに差し出した。


「はい。これでお揃いだね」

「ありがとうございます」


 お揃い、という言葉がくすぐったい。

 店を出ると、そろそろ帰宅しなければならない時間だった。

 フェリクスとともに馬車を停めている場所まで向かって、シャロン家まで送ってもらう。

 ティーカップを持って自室に入ると、部屋の中でオルテンシアの着替えの準備をしていたクロエに、次からこのティーカップでお茶を入れてほしいと頼んだ。


「殿下に買っていただいたの。お揃いなのよ」


 クロエに報告すると、彼女は瞳を細めて微笑んだ。


「それはようございました。夏前に殿下がいらしたときは心配しておりましたが、以前よりもずっと仲がよろしいようで本当によかったです」

「夏前? ……え? 殿下、うちにきたかしら?」

「お嬢様が外出されているときですよ」

「そういえばそんな報告を受けた気もするわね」


 オルテンシアが外出中のとき――確か、夏休みに入る前だったはずだ。フェリクスがオルテンシアを訪ねてきたことがあったらしい。

 オルテンシアはそのとき母とともに観劇に出かけていて不在だった。当主である公爵も家を空けており、執事が困惑顔で呼び戻そうとしていたが、フェリクスは連絡もなく突然来てしまったからと詫びて帰ろうとしたのだそうだ。


 そのときたまたまクロエは庭に降りていて、オルテンシアの部屋に飾る花を庭師に頼んで切ってもらっているところだった。

 クロエがオルテンシアの侍女だと知っているフェリクスは、帰る前にふと足を止めて、クロエに話しかけたという。


 ――最近……オルテンシアが、変わったと思わないか。


 唐突に話しかけられたクロエは驚いて、すぐには答えられなかったらしい。


 ――オルテンシアに何か……心境の変化のようなものがあったのだろうか。


 フェリクスはこうもつぶやいて、それから「忘れてくれ」と首を振ると、馬車に乗って帰って行ったという。


「その話ははじめて聞くわ」

「殿下に忘れてくれと言われたので、お嬢様のお耳に入れない方がいいことなのかと思いまして」

「確かにね……」


 言われたところで、あの時のオルテンシアは断罪プロローグで頭がいっぱいだったから気にも留めなかっただろう。


「思いつめたような顔をされていたので、もしかしたら婚約を解消するおつもりなのかと心配していたのですが、何事もなかったようでホッといたしました」


 フェリクスが記憶喪失になったのだから何事もなかったわけではないのだが、クロエはもちろんそれを知らない。

 フェリクスがそれ以降シャロン家に来ることはなかったし、大した用事ではなかったのかもしれない。もしかしたら、オルテンシアがルイーザをいじめているという噂について確認しに来たのかもしれない。わからないが、今更フェリクスに確認することでもない。


(婚約解消ね)


 婚約解消どころか、断罪プロローグがゲームのストーリー通り展開されていたらとっくに追放されていた身だ。

 オルテンシアは今更ながらにその事実を思い出し、フェリクスと離れ離れにならなくて本当によかったと胸をなでおろしたのだった。


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