危険 2
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
「最近は、悲恋が流行っているのかな。正直僕にはいまいちだったよ」
オペラを見終えたあと、のんびり街の中を散歩しようと提案されて、オルテンシアはフェリクスと手をつないで歩いていた。
石畳の道を噴水のある中央広場に向けて歩きながら、フェリクスが先ほど見たオペラの感想を口にする。
オペラは、ロミオとジュリエット張りの悲恋だった。結局二人とも死んで終わったのだ。ヒロインの相手役が敵国の王子と知った時点で嫌な予感はしていたのだが、その予感は見事に的中した。劇の途中から涙が止まらなくなり大変だった。前世の記憶が戻ってからのオルテンシアはナチュラルメイクだからそれほど崩れておらず、化粧室で自分で何とかできるレベルだったが、前世の記憶が戻る前のオルテンシアならメイクが崩れてパンダ状態だっただろう。
「わたくしも、物語は幸せな方がいいです」
感動するのは間違いないが、終わったあとに、胸の中にずーんと重たい何かが居座ったままで、すっきりしない。
「気分転換になることをしないか? 甘いものを食べるとか、買い物をするとか、とにかくあのオペラの内容を早く忘れたい」
フェリクスはよほど気に入らなかったようで、そう言いながら手ごろな店がないかと周囲に視線を向ける。
そして、新しくオープンしたチョコレートの店を発見したフェリクスが、店を指しながらオルテンシアを誘った。
「美味しそうだ。行ってみない?」
客足は多そうだが、テイクアウト専門店だからだろう、客の回転は早い。
フェリクスがチョコレートを買って中央広場で食べようと言ったので、オルテンシアは彼とともに店の列に並ぶことにした。今日は帽子をかぶっているし、まさか王子とその婚約者がのんびりデートを楽しんでいるとは思わないのか、周囲の人には気づかれることもない。
列に並んで十分少々。二十種類ならんでいたチョコレートをすべて一つずつ購入して、フェリクスとオルテンシアは中央広場のベンチに腰かけた。
箱詰めされたチョコレートを出して、フェリクスが好きなのを選ばせてくれる。
「じゃあ、アーモンドのチョコレートを」
チョコレートはどれも一口サイズだ。フェリクスが二十種類全部買ったときは驚いたが、このサイズなら二人で全部食べてしまえると思う。
「僕はこの、ホワイトチョコレートにしようかな」
中央広場でフェリクスと一緒にお菓子を食べるなんて、以前のオルテンシアなら想像もできなかっただろう。
「そう言えば父上から聞いたけど、オルテンシアは卒業後、結婚式の前に城に移り住むの?」
「あ、はい。一応その予定です。荷物の片付けもありますし、結婚前になじんでおきたいですから」
結婚の話をするのはちょっと気恥ずかしいなと思いながら答えると、フェリクスは真顔で考え込んだ。
「……ちなみに、オルテンシアは城に住みたいの? 父上に頼めば、使っていない離宮を譲ってもらえそうなんだけど」
「離宮ですか?」
城の敷地内にはいくつかの離宮が建っている。その一つは王弟夫妻が住んでいるというが、ほかのものは現在空き家になっているそうだ。
考えてもみなかった提案にオルテンシアが驚いていると、フェリクスがチョコレートを口の中で転がしながら、ちょっと困ったように笑った。
「まだ卒業まで一年半あるから、よかったら考えてみて。城よりも離宮の方が落ち着くと思うし」
「そう、ですね」
どうしていきなり離宮を持ち出してきたのかはわからないが、フェリクスの言う通り、城より落ち着いて暮らせるだろう。一考する価値はある。
(セレスタン殿下が即位されたあとに、フェリクス様とわたしは離宮に移り住む可能性だってあるし……それならはじめから離宮でもいいわよね?)
引っ越し準備は面倒くさいものだ。ほとんどのことを使用人がやってくれるとはいえ、あまり何度もしたくない。
答えは今じゃなくていいらしいので、父にも相談することにして、オルテンシアは後日回答することにした。
(でも離宮なんて……フェリクス様がお引越ししなくちゃいけなくなるから大変だと思うのに……もしかして、お城から出たいのかしら?)
ふとその可能性を思いついて、まさかねと否定する。フェリクスが第二妃の息子だからと居心地が悪い思いをしているとは思えない。正妃は公平な方だ。王も、どちらの息子も同じように大切にしている。
「チョコレートを食べ終わったら、次はどこに行こうか」
「じゃあ……雑貨屋に行きたいです。新しいティーカップがほしくて」
「わかった。ついでに僕も買おう。君とお揃いのものがほしい」
「お揃い……」
まるでペアカップのようだ。オルテンシアは咄嗟に、自分の頬を両手で押さえる。赤くなっているかもしれないと思ったからだ。
(結婚もまだなのにペアカップなんて……何を考えているのかしら、わたしは)
フェリクスはお揃いと言っただけで、ペアカップとは言ってない。勝手に妄想して恥ずかしくなったオルテンシアは、フェリクスが優しい目をして自分を見つめていることには気が付かなかった。