危険 1
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学園祭の出し物の投票結果だが、オルテンシアのクラスは二位だった。
唯一のカフェスペースであり、出された茶もお菓子も評価が高かったのだが、来客が多すぎてそれぞれゆっくりする時間が取れなかったのが敗因かもしれない。
一位は、薬草学の研究を発表したベルトランのクラスで、これは学生たちより父兄の投票が圧倒的に多かったらしい。
学園祭が終わると、社交界がぐんと盛り上がる冬のはじまりだ。学園も来春の卒業式まで大きな行事がないので、話題はもっぱら、社交界の話になる。
どこの家のパーティーがどうだったとか、どこの家のお茶会に招待されたとか、特に女子学生はにぎやかだ。
オルテンシアも、フェリクスと相談して決めたパーティーに出席する忙しい日々を送っていた。去年よりも出席するパーティーの数が多く、週に二回は参加しているが、これでも招待状の数から考えるとかなり絞った方だ。
セレスタンと婚約したベアトリーチェからも個人的にお誘いがあり、カリエール侯爵家で二人きりのお茶会もした。ともにそれぞれの王子の正妃なる予定なので、仲良くしていきたいのだそうだ。それから、セレスタンが学園で起こした騒動を知っているベアトリーチェは、彼の心がまだルイーザ・レニエにあるのではないかと心配もしていた。たとえそうだとしても、一度大きな失敗をしている以上、セレスタンが同じような暴走をすることはないだろう。彼はベアトリーチェに誠実に向き合うはずだ。けれど、女心というか、誠実に向き合ってもらっても心が別のところにあるのではないかと思うと不安らしい。その気持ちはわかる気がする。
それとなく、学園でのセレスタンの動向に目を光らせていてほしいと頼まれて、ベアトリーチェとのお茶会は終了した。
「オルテンシアのところの、シャロン家のパーティーは来週だったね」
「はい」
学園祭の準備で放課後残る必要はなくなったが、気がつけばそのまま、学園祭が終わったあともオルテンシアとフェリクスは一緒の馬車で帰宅していた。
馬車の中で今後の予定を確認しながら、オルテンシアはフェリクスを盗み見る。
フェリクスの態度から察するに、彼の記憶はまだ戻っていないようだ。時折、記憶が戻りつつあるのではないかと感じる発言が混じることもあるので、多少はよくなっているのだろうと思うけれど、どの程度記憶が戻っているのか確認するのは正直怖いところがあって訊くことができないでいた。
馬車がシャロン公爵家に到着すると、オルテンシアが馬車から降りるのに手を貸しながら、フェリクスが「じゃあ、明日の昼すぎに迎えに行くよ」と言う。明日は土曜日で学園が休みの日だが、フェリクスとオペラを見に行く約束をしているのだ。
邸に入ると、玄関まで迎えに出てきた侍女のクロエに、父が話があると言っていたと教えられる。
クロエと一緒に自室に上がり、制服から普段着のドレスに着替えると、オルテンシアは父がいるという書斎に足を運んだ。
「お父様、お話があると聞きましたけど」
扉を叩いて返事があったので、そう言いながら部屋に入ると、父が読んでいた書類から顔をあげた。
「ああ。まあ、座りなさい。長い話ではないんだが、一応ね」
父にソファを勧められて座ると、父も書斎机から立ち上がってソファに移動する。
短い話なのかお茶は頼まず、父はそのまま口を開いた。
「陛下からフェリクス殿下とお前の結婚について連絡があってね。予定通り卒業の半年後でいいかと確認されたが、問題ないだろう?」
フェリクスとの結婚式は、学園を卒業後、半年ほど準備期間を設けて秋に行う予定だった。フェリクスは王族籍のままセレスタンの即位後彼を支えることになっているので、オルテンシアは城に居を移すことになる。卒業後の半年だけでは準備が間に合わないので、予定通り嫁ぐなら今頃から少しずつ準備を進めていく必要があった。
(陛下はフェリクス様の記憶喪失のことがあるから、わざわざ確認を入れてくれたのね……)
記憶が戻るかどうかはまだわからない。片鱗はあるが、完全に戻る保証はどこにもないのだ。国王なりに気を遣ってくれたのだろう。
しかしオルテンシアは、フェリクスとの結婚の延期も、婚約の解消も望んでいない。
「はい。予定通りでお願いします」
「ああ、そう言うと思っていたよ。最近のお前と殿下はとても仲がいいからね。互いに結婚を意識し始めたのだろうと陛下とも話していたんだ。陛下はなぜか微妙な顔をしていたが……」
(そうでしょうね)
国王はフェリクスの変わりようが記憶喪失の影響だと知っている。だがそれを大っぴらにするわけにはいかないから、微妙な顔もするだろう。
「じゃあ、私から陛下に返事をしておこう。話は以上だが、お前の方はあれからどうだ? フェリクス殿下がいらっしゃるので大丈夫だとは思っているが、例の始業式の一件もある。学園で何かあればすぐに言いなさい」
「……学園のことに保護者が口を出すのは禁止されているはずですけど」
「状況が状況だ。何かあれば、陛下も認めてくださるさ」
父は、セレスタンとルイーザのせいでオルテンシアが学園で居心地の悪い思いをしているのではないかと心配しているようだ。
「レニエ男爵家には苦情を入れたが、例の娘はいなかったからな。お前になにかすれば次はないと脅しそびれた」
「お父様……」
あきれ顔を作ったオルテンシアは、ふと気になって訊ねた。
「お父様、ルイーザがいなかったって、どういうことですか? 男爵と一緒に王都にいるのではないのですか?」
レニエ男爵家は王都に個人宅を持っていないが、社交シーズンには遠縁が所有している邸の一部を借りているはずだ。王都に邸を構えていない貴族が、社交パーティーに参加するために、親戚の邸の部屋を借りるのは珍しくない。ルイーザは学園を退学になったが、成人した貴族なので、父親とともに王都にいると思っていたが、領地にいるのだろうか。
父は苦笑して、首を横に振った。
「詳しくは知らないが、その娘は男爵に勘当されたはずだ。もともと愛人の子らしいから、奥方からの圧力もあったのだろうが……、男爵家を追われたことは間違いない」
「え?」
オルテンシアは目を丸くした。ルイーザは十六歳の少女だ。家から追い出されて、どうやって生きていくのだろう。驚いていると、父は「お前が気にすることじゃない」と肩をすくめる。
「学園で起こったことだ。身分的な罪は問われない。だが、罪は問われなくとも世間の目は変わらないよ。私の娘のお前に手を出そうとしたんだ、周囲の目は厳しい。娘を切り捨てて家を守ろうとするのは、貴族として間違っているわけではない」
「そう……ですね」
オルテンシアはゆっくりと目を伏せる。もし、オルテンシアがゲームのプロローグ通りにこの国から追放される身になっていたら、父も同じようにオルテンシアを切り捨てただろう。父から愛されていることは理解しているが、貴族は「家」を守らなくてはならない。オルテンシアをかばい、守ろうとし、家を潰すわけにはいかないのだ。それが貴族だとわかっているが、少し淋しい。
「お前が学園ですごしにくい思いをしていないのならばいい。もう行きなさい。帰宅したばかりで疲れているだろう。夕食まで部屋でゆっくりするといい」
「はい、失礼します。それではお父様、また夕食の時に」
オルテンシアは少し複雑な思いを胸に、父の書斎をあとにした。