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学園祭 5

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 フェリクスが紅茶とお菓子を楽しんだ後、オルテンシアは副代表が二回目の休憩に行ってきていいと言ってくれたので、フェリクスと一緒に学園祭の出し物を見て回ることにした。


 三年生の出し物を見に行くと、生徒会長のベルトラン・バルテが自分の教室の前で来客相手に展示物の説明をしていた。オルテンシアとフェリクスに気づいたベルトランが顔をあげ、ぜひ展示物を見て行ってほしいという。


 ベルトランの教室は薬草学を学んでいる学生主体で、品種改良で生み出された新しい薬草についての研究結果がまとめられている。


「クラウディオ先生にもいていただきたかったんですけど、どこへ行ったのか……」


 ベルトランのクラスの担当教師はクラウディオだ。クラス担当として、そして薬学の担当教師として協力してほしかったのに、学園祭がはじまるや否や消えてしまったと文句を言う。

 オルテンシアのカフェにずっと居座って本を読んでいると教えると、ベルトランは盛大にため息をついた。


 オルテンシアはフェリクスとともにベルトランのクラスに入ると、教室の壁一面に研究結果が張り出されていた。実際の薬草も展示されていて、赤い葉をした薬草が、そのまま乾燥させたもの、粉末にしたもの、生のままペーストにしたものなど、数種類が置かれていた。


「なるほど、麻酔系の植物か」


 フェリクスが研究結果を読みながら興味深そうに眼鏡の奥の瞳を輝かせた。


『木漏れ日のオルテンシア』の世界も、それなりに医学が発展している。さすがに前世の日本のように高度な医療技術はなかったが、手術などは意外とメジャーな治療方法になってきていた。ただ、手術のときなどに使用する麻酔技術は不安定なところがあり、薬学研究でも一番注目されていると言っても過言でないほど麻酔系の研究が盛んにおこなわれている。


 研究結果を読む限り、この赤い葉の薬草は、二つの植物を掛け合わせて誕生したものだそうだが、現在主流になっている麻酔に使われている植物よりも、効きがいいのだそうだ。ただし、効きがよすぎるから注意も必要だという。


「粉末にしたものを茶として飲むだけで意識が混濁する、か。実際薬学の授業を選択している学生が試したと書いてあるから怖いもの知らずだな……」

「先生たちは止めなかったんでしょうか?」

「彼らは教師に黙ってやったんですよ」


 突然背後から声が聞こえてきたので振り返れば、保健室に在中している医師が立っていた。今日は彼のほかにももう一人医師がいるから、交代で学園祭を回っているらしい。


「意識を失った学生が次々に保健室に運び込まれてきて、あの時は生きた心地がしませんでしたよ。学園で死人なんて出したら大ごとですからね。まったく、いくら学園祭に熱を入れているからと言っても、やりすぎです」


 実際に薬草茶を飲んだ学生たちは二時間ほどで目を覚ましたというが、そのあと教師たちからたっぷり説教をされて、二度と勝手な実験はしないと誓わされたらしい。


 その結果、クラス担当のクラウディオがしっかり目を光らせながらの研究となったそうで、そのおかげで研究結果としては学生たちだけで行ったものよりもいいものが仕上がったという。

 少しでも危険性がありそうな実験をするときには、クラウディオとともに医師もかり出されたらしい。だから、この研究のことについては彼も詳しいのだそうだ。


 フェリクスが聞きたがったので、医師は乾燥した薬草に視線を向けつつ説明した。


「茶として服用した場合、濃度にもよりますが、数十分から数時間ほど意識の混濁が見られます。濃度によっては完全に意識を失いますし、副作用がないのかなど調べる必要はありますが、このまま研究が進めば現場での使用も充分に視野に入れられるレベルでしょう。生のペーストについては、服用はあまりおすすめできません。ですが皮下麻酔として使えそうです。ほかにも、香として焚いてみたり、乾燥させたものをそのまま服用してみたりと試してみましたが、こちらの成果はあまり芳しくありませんでした」

「ずいぶんと体を張った実験をされたんですね」

「やるといって聞きませんでしたからね。分量は私とクラウディオ先生で厳しく管理しましたが、正直、気が気じゃありませんでしたよ。まあ、これだけ人が入っているなら、その苦労も報われましたけどね」


 医師の言う通り、入れ代わり立ち代わり、多くの人が入っている。学生たちよりも保護者の姿が多い。


「いい研究結果だった場合、権利の交渉は早い者勝ちだからな。これだけいい研究なんだ、学園祭が終わったころには、多方面から使用権について交渉が入るだろう。この植物は生徒会長が品種改良していたものなんだろう?」

「そうなんですか?」


 オルテンシアが驚くと、医師が苦笑しながら「よくご存じですね」と頷いた。


「品種改良は学園で行っていましたけれど、バルテ侯爵子息主体で行っていたものに間違いないですよ」


 ベルトランは入学したときから薬学研究部に籍を置いていたらしい。『木漏れ日のアムネシア』にはそんな情報は出てこなかったから知らなかった。薬学研究部にはフェリクスも個人的な興味でたまに顔を出していたから知っているのだという。

 ベルトランが一年生の時に上級生の研究を引きつぎつつ、自分なりに考察して改良を重ねたのがこの薬草らしい。


「あれだけ熱を入れていたんだ、卒業に間に合ってよかったな。間に合わなければ下級生に引き継ぐことになるから、ベルトランはアピールの場を失うことになっただろう」


 学園で研究している以上、使用権利は学生個人ではなく学園が保有していることになる。しかし研究者としての名前はしっかり残るだろう。卒業後、国の中枢に入り込みたいベルトランにとっては、最高の結果といえる。


 医師に別れを告げてベルトランのクラスを出ると、その隣のクラスに入る。そこは学生が描いた絵が展示してあった。人がいないわけではないが、ベルトランのクラスに比べると閑散としている。ただ、中にはびっくりするほど上手な絵もあった。飾られている絵は販売もするようで、希望者はそれぞれの絵の下にあるボックスに、名前と金額を書いた紙を入れるようだ。一番高い金額をつけた人に売るのだろう。


 そのあとも三年生の教室を二つほど回って、休憩時間が終わりそうなのでオルテンシアは自分のクラスに戻ることにした。

 フェリクスも、自分のクラスのバザーの様子が気になるのか、展示を見て回るのはやめて教室に戻るという。

 三年生のクラスのある一階から自分たちのクラスのある二階に上がって、人ごみを縫うように廊下を歩いているときのことだった。


(……ん?)


 オルテンシアの視界の端に、帽子を深くかぶった同じ年位の女の子が映りこんだ。


(建物の中で帽子……?)


 首をひねっていると、彼女はやや急ぎ足で立ち去ってしまう。

 オルテンシアは不思議な人もいるものだと思ったけれど、深く考えるのはやめて、フェリクスと別れて自分の教室へ戻った。



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