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学園祭 4

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「ずいぶん人気のようだね」


 国王が目を細めて笑う。その隣で、国王より一つ年上の正妃が、優しい微笑みを浮かべた。


「フェリクス王子からおすすめだと聞いていたから、とても楽しみにしていたのよ」

「殿下がそのようなことを?」

「フェリクスのクラスはバザーだからな。もちろん見に行くが」


 さすがに他人の不用品を国王や正妃が買っていくことはない。買われた側も非常に困るだろう。だから基本的には見るだけらしい。国王が見るだけなのはつまらないと文句を言うと、かわりにオルテンシアのクラスの出し物を勧めてくれたそうだ。

 予約票をクラスメイトに預けてオルテンシアが席まで案内すると、国王と正妃は物珍しそうに教室の中を見渡した。


「こう言うのもなかなか楽しいな」

「ええ。普段は足を運びませんからね。まるで学生のころに戻ってみたいですわ」


 正妃が席に座って、メニュー表を楽しそうに見つめる。


「しかも今年は、全部学生たちが準備するのでしょう? この料理も学生たちが作っていると聞きました。楽しみだわ」


 国王や正妃に毒見なしのものを食べさせるのも問題な気がしたが、二人は今日はそういう堅苦しいことを抜きにしたいと言って笑う。しかし、最低限のことはすべきだと、オルテンシアはクラスメイトに国王夫妻には銀食器を使うように頼んだ。貴人用に銀食器も用意しているのだ。これはオルテンシアが父に頼んでシャロン家のものを借りてきた。


「ふふ、どれにしようかしら。どれも美味しそうよね」

「私はこのイチジクのタルトにしようかな。そなたは好きなだけ頼めばいいのではないか? そのために昼の抜くのだろう?」

「……そういうことは、口に出さないでくださいませ」


 困った人、と正妃が咎めるように目を細める。

 正妃は迷った末に、チョコレートケーキとシフォンケーキの二つを頼む。

 注文を聞き終えると、国王が「忙しいのだから、私たちの相手は大丈夫だよ」と微笑んだ。気遣いに感謝してオルテンシアは予約の管理の仕事に戻る。


 予約票を見ながら、ダンス教室や音楽室に来客の振り分けをしていると、休憩中なのか、セレスタンがやってきた。婚約者のベアトリーチェも一緒だ。ベアトリーチェはすでに卒業している身だが、セレスタンが招待したのだろう。

 オルテンシアと挨拶を交わした後で、セレスタンが教室内を見て、国王と王妃がいるのを知ると顔をしかめた。


「父上たちがいるのか……。予約もいれていないし、ベアトリーチェ、テイクアウトだけしてほかで食べないか?」

「そうですわね。ご迷惑になるでしょうし……」


 王族が来るとどうしても気を遣わせる。すでに国王夫妻がいるのだ、テイクアウトでいいならオルテンシア側としてもとても助かる。


「そろそろお昼時なのでサンドイッチが並ぶ頃なんです。よかったらあわせていかがですか?」

「それはいいな。私は弁当を持って来たがベアトリーチェアは持ってきていないだろう? ついでにサンドイッチも買って行こう」

「ええ」


 教室の外にいる、テイクアウトの注文担当の方へ、セレスタンとベアトリーチェが歩いていく。王命で急遽整えられた婚約だったが、どうやらそれなりに仲良くしているようだ。セレスタンはフェリクスほどではないが真面目なので、婚約者を無碍に扱うようなことはしないし、二人はこれからもうまくやれるだろうと思う。


 セレスタンたちがテイクアウト品を買って去っていくと、ややして、副代表が休憩を終えて戻ってきた。そのころには国王夫妻も食事を終えて教室を出ていたので、オルテンシアは副代表に予約票を渡す。そろそろフェリクスの予約時間だと思っていると、彼が自分の教室の方からやってきた。教室の中で少し休憩していたらしい。


「フェリクス様、ダンス教室の方でもいいですか?」

「もちろんいいよ」

「ではご案内しますね」


 オルテンシアがフェリクスを連れてダンス教室の方へ向かうと、広い教室内に並べられたたくさんのテーブルはほぼ満席だった。隅の方ではクラウディオがまだ本を読んでいる。

 フェリクスはクラウディオを一瞥してあきれ顔をした。


「もしかしなくても、一日中あそこに居座る気なのか?」

「かもしれませんね」


 ティーポットから自分で紅茶を注いで飲みながら、マイペースに過ごしているクラウディオには苦笑するしかない。小腹がすいたらケーキやクッキーを注文すればいし、彼にしてみればとても快適な読書空間だろう。

 オルテンシアがフェリクスをあいた席に案内する。接客係がすぐに来て、メニュー表を手渡した。


「オルテンシアのおすすめは?」

「バターサンドクッキーです。それから、アップルパイも美味しかったですよ」

「じゃあその二つで」


 フェリクスは複数ある紅茶の茶葉からストレートティーに向くものを選ぶと、お菓子と一緒に注文する。

 オルテンシアはフェリクスが注文を終えると立ち去ろうと思ったのだが、接客係が、少しぐらいゆっくりしてもいいのではないかと提案してくれたので、彼の対面の椅子に腰を下ろした。


 バターサンドクッキーとアップルパイが運ばれてきて、接客係が目の前で紅茶を注ぐ。

 彼は紅茶の香りを楽しんでから、バターサンドクッキーに手を伸ばした。


「ああ、確かにこれは美味しいね」

「はい。実はわたくしも個人的に買って帰ってほしくて、お父様にお願いしておいたんです」

「ふふ、それはいいね。公爵なら買い占めていきそうだ」

「……そう思ったので、四つまでと制限をつけておきました」


 父は本当にやりかねないので、とオルテンシアがため息をこぼすと、フェリクスがぷっと吹き出す。

 そこで、オルテンシアは「あれ?」と首をひねった。


(フェリクス様、今、わたくしのお父様ならやりかねないって言ったわよね?)


 フェリクスは人間関係の記憶がすっぽり抜け落ちているはずだ。もちろん父のことも覚えていない。


(もしかしなくても、少しずつ記憶が戻りつつあるのかしら……?)


 思い出してみれば、その片鱗はほかにもあった。本当なら覚えているはずのないことが、ぽつぽつと話題に上がったのはこれがはじめてではない。


(記憶が……)


 記憶が戻るのは喜ばしいことなのに、オルテンシアの胸がチクリと小さく痛む。戻ってしまったら二人の関係はどうなるのだろうか。記憶喪失のフェリクスと、その前のフェリクス。二人がかわらず優しいことも知っているけれど、記憶喪失の前の距離感に戻ると思うと悲しいと思ってしまう自分もいた。


 オルテンシアは記憶を失う前も後も、同じフェリクスだと認識しているし、等しく好きだ。でもできることなら、距離感は変わらないでほしかった。フェリクスには、オルテンシアが好きな彼のままでいてほしい。


(……わたし、我儘だわ)


 好きだと態度で示されるのはとても心地いい。オルテンシアが彼のことを好きだと自覚したから、なおさら。記憶が戻って、以前のような距離感に戻ったら、オルテンシアは淋しくて悲しくて泣いてしまうかもしれない。


「オルテンシア、どうかした?」

「いえ……なんでもありません」


 自分の中のずるい感情に蓋をするように、オルテンシアは笑顔で首を横に振った。



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