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学園祭 3

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「フェリクス様!」

「やあ、オルテンシア。盛況みたいだね。僕のクラスの前まで列になっていてびっくりしたよ」


 フェリクスのクラスの出し物はバザーだ。それなりに人が入っているようだが、物を物色してすぐに出て行くので、回転率が高く列になるほどではないらしい。

 バザーなので、学園祭がはじまるまえにすべての商品を並べ終えているから、裏方担当のフェリクスの出番はもうないそうだ。オルテンシアの手が空くのを、ずっと待っていてくれたという。


「さっき母上が来ていたんだけど、オルテンシアがいなかったからか諦めて別の場所を見に行ったよ。君がいても、君とのんびり話ができる時間はないのにね。本当に困った人だよ」


 第二妃に捕まれば、オルテンシアも邪険にできない。新しい教室を借りたり設営したりと駆けずり回っていた時に呼び止められたら正直なところすごく迷惑だったので、入れ違いになって助かった。


「休憩だろう? 一緒に回らないか?」

「はい」


 オルテンシアを待ってくれていたフェリクスの誘いを断るわけにはいかない。オルテンシアも、今日は一日忙しいから彼とは会えないかなと思っていたので、短い休憩時間だけでも一緒にいられるのはすごく嬉しい。


 フェリクスと一緒に歩いていると、第一王子とその婚約者は目立つようで、ちらちらと人が振り返っていく。学生たちだけならばあまり珍しがられないが、今日は学生の父兄が学園に来ているので、特に彼らからの視線が多かった。


「父上と正妃様は、午後からこちらに来ると言っていたよ。午前中は一年生の教室を主に見て回っているみたいだね」

「セレスタン様の教室は何をされているんですっけ?」

「楽器の演奏だそうだよ。一日四回に分けで演奏会をするんだ。効率的に休憩を挟めるし、よく考えた出し物だと思う」

「音楽室を借りなかったんですか?」

「他の教室を借りるという頭はなかったんだろう。生徒会に申請して通るとも思わなかったんだろうし。そのオルテンシアはなかなかやり手だね」

「生徒会長が、唯一のカフェに協力的だからできたことですよ」

「ああ、バルテ侯爵子息か。彼は野心家だよね。実は将来の僕の側近にどうかと侯爵から打診されたことがあるよ。保留にしておいたけど」


 正直なところ、有能だけど自己アピールが鬱陶しそうだと小声で言って、フェリクスが笑う。


(打診されたことがある……?)


 オルテンシアはフェリクスのその言葉に小さな違和感を覚えたが、それがどうしてなのかはわからなかった。


「オルテンシア、使える教室が増えたのなら、午後から僕も行ってもいいのかな?」


 フェリクスはオルテンシアのクラスでお茶とお菓子を楽しみたかったらしいが、人が多いのであきらめたという。フェリクスが並ぶと、ほかの学生が遠慮してフェリクスを先に行かせようとするので、それが嫌だったようだ。真面目なフェリクスらしい。


「回転率が上がったので大丈夫だと思います」

「そう、よかった。じゃあ、あとから予約を入れておくよ。そう言えばオルテンシアはお昼はどうするの? まだ少し早いけど、休憩の間に食べないと食べる時間がないんだろう?」

「今日は食堂がないので、お弁当にしたんです。だからフェリクス様が問題ないなら食べてしまいたいんですけど……」

「じゃあ、僕も食べるよ。僕もお弁当なんだ」


 フェリクスがいったん自分の教室に帰ってお弁当を取ってくると言ったので、オルテンシアも、教室から自分のお弁当を持ってくる。


 お弁当箱を抱えながら、どこで食べるかと考えて、屋上へ向かうことにした。まだお昼時ではないので、何の出し物もしていない屋上は人が少ないはずだ。

 二人で屋上に上がると、案の定、人は少ない。学生よりも、休憩中の教師の方が多かった。


「先生たちは大変だね。人が多いし、歩き回っていたら父兄に捕まるし」

「そうですね。クラウディオ先生なんて、教室の増設を手伝う代わりに自分の席を要求して、ちゃっかりダンス教室に居座っていますし」

「そんなことをしたの? 迷惑じゃない? 迷惑なら僕から言っておくけど……」


 クラウディオは教師だが、フェリクスが子供のころの城での教育担当だった。フェリクスが言えば言うことを聞くだろうが、設営を手伝ってもらって助かったのは本当だし、隅の方に机を置いているだけで邪魔ではないのでかまわない。ただ、それを知ったほかの教師からずるいと声が上がりそうだとは思うけれど。

 フェリクスとともに屋上のベンチの一つに並んで座り、オルテンシアは弁当箱を開けた。


「美味しそうだね」

「フェリクス様のお弁当も、とても美味しそうですよ」


 お弁当と言っても、自分や家族が作ったものではない。オルテンシアのお弁当は公爵家の料理人が、フェリクスは城の料理人が作ったものだ。だからとても豪華だし、美味しいのは間違いない。


「そのエビの香草焼き、いい匂いがする」

「おひとつどうですか?」

「いいの?」

「はい。その代わり……、ローストビーフを一枚ください」


 フェリクスのお弁当箱の中身を物色しながら言えば、フェリクスが笑って弁当箱を差し出してくる。

 その後も、いくつか弁当箱の中身の交換を行った。


(……まるで、恋人同士のやりとりみたいでくすぐったいな)


 少し照れながらお弁当を食べていると、オルテンシアはふと視線を感じて顔をあげた。

 視線の先には焦げ茶色の髪に夕焼け色の瞳をした一人の男子学生がいた。


(あれは……シャルル・ダンマルタン?)


 記憶の中と容姿が同じなので間違いないはずだ。シャルル・ダンマルタン。『木漏れ日のアムネシア』の最後の攻略対象で、学園では三学年に在籍している。ダンマルタン伯爵家の跡取り息子だ。


『木漏れ日のアムネシア』の攻略対象は文科系の細身の男性が多い中、四人の中で唯一体育系の体格の攻略対象、それがシャルルだ。

 伯爵家の跡取りである以上、騎士団に籍を置くことはないが、将来騎士団でも通ずるほど武芸に秀でている。


(なんでこっちを見ているのかしら?)


 オルテンシアはシャルルと面識はない。ただ前世のゲームの知識で知っているだけだ。


「オルテンシア、シャルルと知り合いなのか?」


 フェリクスもシャルルに気づいたらしい。フェリクスもシャルルと親しいわけではないが、王子である彼は伯爵家以上の跡取りの顔は覚えているのだ。

 オルテンシアが首を横に振ると、フェリクスがシャルルを見て訝し気に眉を寄せる。

 シャルルはフェリクスの視線に気づいたのか、慌てたように一礼して屋上から立ち去って行った。


(なんだったのかしら?)


 まるで射抜かれるような、居心地の悪い視線だった。

 オルテンシアは首を傾げ、しかし考えたところでわからないので、お弁当のデザートにフォークを刺す。あんまりゆっくりもしていられない。そろそろ休憩を切り上げなくては。


 お弁当を食べ終えると、オルテンシアはフェリクスともに教室に戻り、クラスの副代表に行ってフェリクスの予約を入れてもらっておいた。回転率が上がったからか、並んでいた人数がだいぶ少なくなっている。しかし、勝負はこれからだ。お昼時は一気に混雑具合が増すだろう。


「フェリクス様、ではわたくしはクラスの仕事に戻りますね」

「うん。頑張ってね」


 フェリクスがオルテンシアの頭を軽く撫でて、予約の時間を確認して立ち去っていく。

 オルテンシアの次に副代表が休憩に入るので、彼から予約票を受け取って、オルテンシアは予約に来た学生の対応をしつつ、裏方作業をしているクラスメイトから今の状況を確認した。


 今のところ、ケーキの在庫が不足しているものはないそうだ。キッチン担当もうまく回してくれているらしい。ただ、生クリームの底がつきそうなので、クリーム系のケーキはそろそろ終わりにした方がいいだろう。今ある数量を確認して、残りの数量を教室の前に書きだしてもらうことにした。


「お昼三十分前になったら、お昼限定の軽食メニューをキッチンから運び込むようにしてくれる? サンドイッチは、打ち合わせ通りテイクアウトも準備して」

「わかりました。それからもう一つ、クラウディオ先生が紅茶のお代わりを何回も要求して迷惑だそうです」

「……。……大きめのティーポットに紅茶をいれて、そのまま差し出したらどうかしら? 自分で注いで飲んでもらえばいいわ」


 休憩のために居座る気満々のようなので、そのくらいの塩対応は別にかまわないだろう。オルテンシアが言うと、報告に来たクラスメイトが苦笑して、「それはいいですね」と頷いた。


 クラウディオはよほど居心地がよかったのか、朝からずっと居座って、とうとうそこで読書まではじめたという。設営の手伝いの代わりに居場所を提供した手前追い出せないが、この忙しい中クラウディオの相手ばかりしていられない。少しはこっちのことを考えてほしいものだ。


(クラウディオ先生、殿下の記憶喪失の件ももうどうでもいいと思っていそうだし、本当、困ったものだわ)


 あれで頼りになるのも間違いないし、オルテンシアが断罪されそうになるのを救ってくれたことにも間違いない。もちろん感謝はしているが、マイペースすぎるのはどうかと思う。

 やれやれと息をついた時、廊下の奥から国王と正妃が並んで歩いてくるのが見えた。

 二人の足の運びから、目的はオルテンシアのクラスだろうと思う。


(さすがに陛下は並ばせられないわ)


 ほかの学生も父兄も、国王陛下が並んでいたら心臓が縮む思いをすることだろう。


「テーブル、一つあけられる?」


 オルテンシアが振り返って確認すると、クラスメイトが大丈夫だと人差し指と親指で丸を作った。国王夫妻は事前に予約を入れてくれたそうで、時間通りに席を開けるように副代表が手配していたらしい。有能である。

 オルテンシアがテーブルのあきを確認し終えたタイミングで、国王と正妃がオルテンシアの前で足を止めた。




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