学園祭 2
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生徒会長のベルトランから空き教室を二つもぎ取ったオルテンシアが急いで自分の教室へ向かっていると、前方からクラウディオが歩いてくるのが見えた。
その手にはオルテンシアの教室でテイクアウト用に販売しているクッキーの包みがある。学園祭がはじまって十五分も経っていないのに、どうやらすでにオルテンシアのクラスに顔を出して来たらしい。
「先生、ご購入ありがとうございます」
足を止めて挨拶をすると、クラウディオが肩をすくめて整理券をひらひらと振って見せた。
「本当はお茶を飲みながらのんびりしたかったんですけど、とうていのんびりできるような雰囲気じゃありませんでした」
びっくりするほど盛況ですねと言われて、オルテンシアは苦笑するしかない。
「お待たせしてすみません。追加で空き教室を借りられたので、これから急いで準備を整える予定です。お昼前には準備を終えるので、もう少しお待ちいただいていいですか?」
クラウディオが持っていた整理券には、昼前の時間が書かれていた。はじまって間もないのに、もう昼前までの予約が埋まったらしい。空き教室を借りられて本当によかった。
それを聞いて、クラウディオが自分の整理券に目を落とした後で、にこりと笑った。
「優先的に席を用意してもらえるなら、手伝ってあげてもいいですよ」
早く準備が終われば、それだけ早くお茶が飲めるだろうとクラウディオが言う。今年は飲食を提供するところがオルテンシアのクラスしかないため、教師たちは落ち着く場所を探して彷徨っているらしい。外部から父兄がやってくるので、教師たちは研究室に閉じこもることを禁止されているそうだ。中庭なども人が多いから落ち着かないという。
(つまり自分のために席を用意しろってことですか、ちゃっかりしているわね)
だが、男手が一人増えるだけでも準備がずいぶん楽になる。小さめのテーブルを一つ多めに用意してクラウディオ専用にするだけの話だ。そのくらいならお安い御用である。
「いいですよ。じゃあ、専門棟の二階のダンス教室にいていただけますか?」
「ダンス教室が借りられたんですか?」
ダンス教室とは、選択授業のダンス用の教室で、普通の教室よりも三倍の広さがある。机はないが、別途ほかの教室の机を使っていいという許可を得ているから問題ない。オルテンシアは得意げに笑った。
「あいている教室で広いところをお願いしたんです。もう一つも、一番大きな音楽室ですよ」
「シャロン公爵令嬢はなかなかやり手ですね」
「人がたくさん入れられる分、接客が大変になりますけどね」
休憩の入り方も考え直す必要がある。接客担当の増員も必要だ。大変だが、行ったのに人数制限で入れなかったとクレームを入れられてはたまらないので致し方ない。
クラウディオがわかりましたと笑うので、ついでに、クラウディオのようにのんびりする場所を求めている教師がいて手伝ってもいいという人がいたら数人に声をかけてくれないかと頼む。クラウディオが笑顔で請け負ってくれたのを確認して、オルテンシアは教室に戻った。
(ほんと、ベルトランが協力的で助かったわ)
むしろ来客の満足度が上がるから好きなだけ空き教室を使っていいとまで言い出したときはあきれたが、逆に多すぎても対応する人数が足りない。二つ増やすだけで精いっぱいだ。
「オルテンシア様、どうでした?」
「ダンス教室と音楽室の二つを借りられたわ。近くのあき教室の机や椅子も使っていいと許可ももらってきました。食堂のテーブルクロスはまだたくさんあったわよね? あ、それから、クラウディオ先生をはじめ、数人の先生が手伝ってくれるらしいわよ。対価は自分たち専用の席だそうだけど、一人掛けの小さな席を教室の隅の方に用意してあげるだけでいいと思うわ」
テーブルクロスも必要ないだろう。むしろテーブルクロスをかけておくと、ほかの来客の席と間違うので、かけない方がいい。
オルテンシアが報告すると、副代表がぐっと拳を握った。
「ありがとうございます。急いで人員を割きますね」
「わたくしは接客担当の増員について話してくるわ」
一つの教室で対応する予定だったので、接客担当は侍女コースの女の子たちだけにしていたが、ほかにも希望者はいたのだ。オルテンシアがパーテーションで区切られた中で作業するクラスメイト達に声をかけると、結構な人数が対応に回ってくれると言った。裏方も重要なので全員は回せないが、それでも、ここの教室を担当していた接客担当の一部も回せば、何とかなるだろう。カフェの制服として用意していたワンピースも、汚れたときの着替えに充分な数を準備しているから、彼女たちの分の服もある。
オルテンシアが接客担当の増員をしている間に、副代表が新しい教室の設営に手の空いている男子学生を回してくれていた。
あとはこちらでやると言われたので、オルテンシアは次に食堂へ向かう。教室が増えるということは、それだけ料理にも追加が必要になるということだ。朝、バターなどの追加購入の手はずを整えておいて助かった。
キッチンに事情を話しに行くと、すでにカフェが盛況だという話を聞いていたのか、お菓子の追加を作りはじめていた。教室を二つ増やすことを告げれば、キッチンの責任者の男爵令息が大きく頷く。
「配分を考えている時間がないので、焼ける端から焼いていきます。食堂のテーブルの上に焼けたものから並べておくので、それぞれの教室への分配は任せていいでしょうか?」
余計なことは考えずに作ることに集中したいと言われたので、オルテンシアは「もちろん」と頷く。
「大変だけどお願いね」
「オルテンシア様も大変だと思いますが、調整よろしくお願いいたします」
「ええ」
オルテンシアが今度はその足でダンス教室へ向かうと、ダンス教室の方は隣の教室から運び込んだ机が設営され終わっていた。パーテーションで区切った作業スペースも作られ、ティーカップなどもすでに準備がされている。
クラウディオをはじめとする数人の教師たちが頑張ってくれたようで、自分たち用の休憩スペースが設けられる代わりに、研究室にあったティーカップや皿も貸し出してくれたらしい。
ちゃっかりしているクラウディオは、ダンス教室の窓際に自分専用の席をすでに用意していた。ほかの教師たちも、隅の方に各々勝手に席を準備している。
「花がたりないけど、仕方がないわね。音楽室の方はどうかしら?」
「もうじき終わるそうです」
音楽室でも、そこに自分用の席がほしい教師が数名準備を手伝ってくれているらしい。教師たちはよほど落ち着ける場所を求めていたようだ。
話している間にも、教室のパーテーションで区切った奥にケーキやクッキーが準備されて行く。茶葉の準備も完了だ。お湯の入った大きめの保温ポットも次々に運び込まれてくる。
接客担当の服を着たクラスメイトが四人やってきた。裏方担当も二人入ってくる。
各テーブルにメニュー表が並べられ、予約待ちの人の名前が書かれたリストも準備された。客の振り分けは教室にいる副代表に任せている。こちらはあくまで予備の場所なので、受付はもともとの教室で行うのだ。
音楽室の準備が完了したのを見届けて、オルテンシアは自分の教室に戻った。朝から多方面に歩き回っているから、すでに足がくたくただ。
副代表に準備完了を告げると、彼がダンス教室と音楽室に客を振り分けはじめる。ぐんと客の回転がよくなった。
「予定より早いですが、オルテンシア様は今のうちに休憩に行ってきてください」
「わかったわ。じゃあ、あとはお願いね。早めに戻ってくるわ」
副代表の指示にオルテンシアがふーっと息を吐きながら廊下に出ると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
顔をあげると、フェリクスが笑っていた。