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学園祭の準備と違和感 4

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 フェリクスがどこか思いつめたような顔でオルテンシアをデートに誘ったのは、学園祭を一週間後に控えた日のことだった。


「装飾品を贈るっていっただろう? でも、城に呼ぶと母上が口を挟んできそうだから……」


 王族が何かを購入するときは、お抱えの商人を城に呼ぶことが多い。

 しかしフェリクスは、第二妃に介入されたくないようで、待ちまで足を運ぶことにしたようだ。

 それはいいのだが、フェリクスの表情が浮かなかったので、城で何かあったのではないかと心配になったが、オルテンシアが口を挟んでいいことかどうかがわからず、それについては触れずに置いた。


 そして日曜日。

 フェリクスを乗せた馬車がシャロン公爵家に迎えに来て、オルテンシアは彼とともに街へ出かけた。


 商店が立ち並ぶ中、フェリクスがまっすぐ向かうのは、王家御用達の宝飾店だ。

 王家御用達の店はいくつかあるが、第二妃やその実家が関係していない店を選んだと彼は言った。二週間ほど前に、セレスタン王太子とベアトリーチェ・カリエール侯爵令嬢の婚約発表があった。ここはカリエール侯爵家が懇意にしている宝飾店だ。カリエール侯爵の顔を立てるという意味もあるのかもしれない。


 フェリクスは真面目なので、本当に多方に気を遣うのだ。王太子である弟より目立たないように気を付けていたことも知っている。今回カリエール侯爵家を立てることは、ひいては弟である王太子を立てることにもつながる。その姿はまるで、自分は将来弟の臣下になるのだと、周知して回っているようにも見えた。


 フェリクスの立場が、少々ややこしいことはオルテンシアも知っていた。

 フェリクスの母は第二妃だが、彼は公爵令嬢のオルテンシアを婚約者に持っている。現王の正妃は侯爵家の出で、公爵家とのつながりは薄い。そしてセレスタンの婚約者も侯爵家。オルテンシアを通してシャロン公爵家のバックアップが得られるフェリクスは、第二妃の息子でありながらセレスタンの立場を脅かすに充分すぎるほどの力を持っている。

 だからだろうか。内外に自分は王太子の座は狙っていないのだと、フェリクスは態度で示しているような気がするのだ。


 店に入ると、事前に話が通してあったようで、店主に奥の部屋へ案内された。貴人を迎えるために作られた部屋のようで、とても豪華な内装の部屋だった。


「お待ちしておりました。ご希望のものはご用意しておりますよ」


 そう言って店主が持ってこさせたのは、どれもサファイアが使用された装飾品ばかりだった。


「オルテンシアはサファイアをよく身に着けるだろう? だから好きなんだろうと思って。瞳も綺麗なサファイア色だし、どうかな」


 オルテンシアがサファイアを好んでいるのは本当だが、それを口にしたことはないはずだ。


(よく、見ているのね……)


 記憶喪失になってからのことだろうが、フェリクスはオルテンシアの装いを観察していたようだ。

 オルテンシアが嬉しくなって口元をほころばせると、フェリクスが微笑む。

 オルテンシアは店主が並べた装飾品を一つずつ手に取りながら確認し、最終的に一つの髪飾りを手に取った。


「それ?」

「はい」


 それは、サファイアのほかにブラックオニキスをあしらった金細工の髪飾りだった。


(どうせなら、フェリクス様の瞳の色も身に着けたいもの……)


 フェリクスは綺麗な黒い瞳をしている。サファイアとブラックオニキスの髪飾りは、まるで自分たちのようだ。照れくさいけど、これが一番気に入った。


「じゃあこれにしよう」


 オルテンシアの考えていることに気づいているのかいないのか、フェリクスが笑顔で店主に髪飾りを渡した。店主が丁寧に包んで持ってきてくれる。


「これをオルテンシアに。次のパーティーの時に身に着けてほしいな」


 店主から受け取った包みを、フェリクスがオルテンシアに渡してくれる。

 オルテンシアがそれを両手で大切に受け取ると、フェリクスは店主に一言礼を言って、オルテンシアを連れて店を出た。


「そろそろ昼食にいい時間だね。たまには外で食べるのもいいだろう?」

「そうですね。どこに行くんですか?」

「この先を曲がったところだよ。予約をしているんだ。すべての部屋が個室になっていてね、人目を気にせずのんびりできるよ」


 フェリクスはオルテンシア以上に外食をしないから、店には詳しくないはずだ。きっと事前に下調べしてくれたのだろうと思うと、オルテンシアの胸がきゅんとなる。


 店に到着すると、三階の個室へ案内された。店主のほかに料理長まで挨拶に来て、フェリクスが苦笑している。


 料理長からおすすめの料理の紹介があり、フェリクスとオルテンシアはせっかくなので、メインをそれに、副菜も料理長にすべて任せることにした。

 前菜からはじまって、昼食には少し量が多いくらいの食事を食べ終えると、最後にデザートが運ばれてくる。それはオレンジのソースがかかったショコラケーキだった。ケーキはとても濃厚なのに、オレンジソースがさっぱりしているので、すごく食べやすい。

 食後の紅茶とともにデザートを楽しんでいると、フェリクスがふと真顔になった。


「オルテンシア、君に訊きたいことがあるんだ」


 改まった雰囲気に、オルテンシアの背筋が伸びる。

 フェリクスはフォークを置いて、紅茶を一口飲むと、真面目な顔のまま言った。


「君はその……以前の僕と、今の僕の、どちらの方が好きだろうか」

「はい?」


 それはつまり、記憶喪失になる前と後、どちらがいいのかと訊いているのだろうか。

 また変なことを訊かれたとオルテンシアは目を丸くしたが、フェリクスは真剣そのものだった。


 オルテンシアは言葉に詰まった。どちらがいいかと訊かれても、答えられない。もちろん今のフェリクスの方が優しいし、以前よりもたくさんオルテンシアとの時間を取ってくれる。しかしだからと言って、以前のフェリクスが嫌だったかと言われるとそうでもない。彼はオルテンシアにあまり興味を示さなかったが、優しくなかったわけでもない。一緒にいたらいつも気を遣ってくれていたし、オルテンシアが嫌がることは何もしなかった。……そう、何も嫌なことはされなかったのだ。


 オルテンシアはふと、彼が記憶を失う前に屋上で話したことを思い出した。

 フェリクスは、オルテンシアがルイーザ・レニエ男爵令嬢をいじめているという噂を知って、弟である王太子にまでそれを言われて、なお、オルテンシアに事実確認を行った。それは噂を信じていなかったからではないのだろうか。噂に流されず、オルテンシアと話をすることを選んでくれたのだ。


 あの時は断罪が確定だと思っていたので、オルテンシアはそんなフェリクスの優しさには気づかなかった。彼がどう思おうと未来は変わらないからどうでもいいとすら思った。


(わたしは、自分のことしか考えていなかったんだわ)


 もしあの時、オルテンシアが自分は無実だと訴えて、フェリクスに助けを求めていたら、彼は助けてくれたのだろうか。助けてくれたような気がする。彼は誠実で、真面目で堅物で、今も昔も変わらず優しい人だから。


(なんだ、フェリクス様の本質は何も変わっていないんじゃない)


 それがわかったら、笑うしかなかった。

 オルテンシアが突然笑い出したからだろうか、フェリクスが怪訝そうな顔をする。


「僕は変なことを言ったか?」

「ええ、とっても」


 記憶喪失なんてだんだんどうでもよくなってきた。彼は変わっていない。もともと優しかったし、今も変わらず、びっくりするくらい真面目だ。


「殿下は殿下ですもの。今も昔も、フェリクス様に違いありませんわ。だからわたくしは――」


 言いかけて、口を閉ざす。


(変わらないのは、わたしもだったんだわ)


 前世の記憶を取り戻す前のオルテンシアは、フェリクスに恋をしていた。でも、前世の記憶を取り戻したオルテンシアの中から、その感情が消えてなくなったわけではない。


(わたしも……フェリクス様のことが、好きなんだわ)


 オルテンシアは笑う。


「わたくしも、なんだ?」


 言葉を途中で切ったからだろう、フェリクスが続きを訊ねるが、オルテンシアは曖昧に笑って誤魔化した。

 この場でそれを言うのは、恥ずかしすぎる。


(どちらも変わらず好きですなんて、言えないわ)


 いくら訊ねてもオルテンシアが言わないからだろう、少し拗ねたような顔になったフェリクスが面白くて、オルテンシアはまた笑った。


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