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学園祭の準備と違和感 3

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 第二妃が顔を出した途端、それまで笑顔だったフェリクスの表情がすっと抜け落ちた。

 まるで記憶喪失前のフェリクスに戻ってしまったかのような無表情に、少なからずオルテンシアは戸惑ったが、オルテンシアが顔を向けると小さく微笑んでくれたのでホッとする。


「何か御用ですか、母上」


 硬質な響きの声に驚いたけれど、よくよく思い出してみると、昔、第二妃にお茶会に呼ばれていたときにも、フェリクスは母親に対してこうだった。あのときはオルテンシアにも同じように硬い対応だったので疑問には思わなかったが。


「何か御用ですか、ではないわ。オルテンシア様がいらっしゃっているのに、どうしてわたくしに教えてくれないの? この前のパーティーの時はお話する時間がなくて残念だったって言ったでしょう? それなのに内緒にするなんてひどいわ、フェリクス」

「母上のためにオルテンシアを呼んだのではありませんから」

「まあ!」


 第二妃はムッとしたように眉を寄せたが、オルテンシアを見ると一転してにこやかになった。


「学園に通われていてお忙しいでしょう? 以前のようにお茶会ができなくて淋しかったのよ。オルテンシア様、たまにで結構ですから、わたくしにも会いに来てくださいませ」

「オルテンシアにはそんな暇はないと以前から言っているでしょう」


 オルテンシアが返事をする前に、フェリクスが母親の望みを退ける。


「そう言ってフェリクスがわたくしからオルテンシア様を遠ざけるから、最近ずっとお話できていないのよ」

「母上のお話は急を要するものではないではないですか。オルテンシアの勉強の邪魔になりますから、無理を言わないでください」

「……フェリクスはオルテンシア様を呼んでいるじゃないの」

「僕は婚約者ですから」

「わたくしは未来の義母ですよ」

「それは未来の話であって今ではありません」


 いいから帰ってくれとフェリクスは第二妃を追い出そうとするが、第二妃は何が何でも居座る気らしい。勝手にメイドを呼びつけて、自分の分のティーセットを用意させた。

 第二妃の前でも口数が少ないフェリクスしか知らなかったオルテンシアは、彼が母親を邪険に扱うことに驚いたけれど、第二妃は平然としているので、珍しいことではないようだ。


(そう言えば、お妃様はフェリクス様が記憶喪失だって知っているのかしら……?)


 普通、息子が記憶喪失になったなら、気遣うそぶりの一つや二つあるはずなのに、そう言う仕草はあまりない。


(外部に知られたくないと陛下がおっしゃっていたから、もしかしなくても、お妃様にも秘密にしているのかしら?)


 日常生活に支障をきたさないよう、一週間かけて、フェリクスの記憶喪失対策が取られた。その時に以前の「フェリクス」を徹底的に叩き込まれたのかもしれない。


「オルテンシア様、もうすぐ学園祭でしょう? オルテンシア様のクラスは何をなさるの?」

「カフェです、お妃様」

「まあ、ではオルテンシア様も接客に?」

「いえ、わたくしは裏方です」

「そうなんですの。それは残念ですわ」

「残念って、まさか母上、学園祭に来るつもりですか?」


 フェリクスがギョッとしたように口を挟んだ。

 第二妃は大きく頷く。


「ええ。いつもはいかないけど、今年は陛下もいらっしゃるそうですし、正妃様もセレスタン様の様子を見に行かれるとおっしゃっていたわ。お二人が行かれるなら、わたくしだって行ってもいいでしょう?」


 学園祭当日は、保護者が学園を訪れてもいいことになっている。多くの保護者は、懐かしさも手伝って、自分の子らの活躍を見に学園祭に出向くが、学生たちを緊張させるという理由でいつもならば国王陛下は学園祭には足を運ばない。しかし今年は、学園祭の出し物の投票があり、一位になったクラスには陛下が直々に言葉をかけると決まった。そう言った理由から、今年は顔を出してもいいだろうということになったという。


 王と王妃が行くなら自分だっていいはずだという第二妃の主張に、フェリクスは不愉快そうに眉を寄せた。


「陛下と正妃様は公平に出し物を見ていかれるはずですが、母上の場合は偏りがありますから、行かない方がいいと思います」

「我が子やその婚約者の活躍を見に行って何が悪いの」

「公平に全教室を短い時間で回るお二人と違い、母上はそう主張して、僕やオルテンシアのクラスに入り浸るつもりでしょう? 第二妃にいつまでも居座られたら周りが気を遣って迷惑しますよ」 


 だから駄目だと息子に言われて、第二妃はあからさまに不機嫌になった。


「すべての教室を公平に見て回ればいいのよね?」

「それならかまいませんが、正妃様が一緒ですから、陛下は正妃様とご一緒されるはずです。母上は自分の侍女と回ることになりますが、それでも全クラス回りますか?」

「…………」


 どうやら国王にくっついて回るつもりだったようで、第二妃はむっつりと黙り込んだ。

 国王の寵愛は第二妃に偏っているとは言うが、王は公の場では必ず正妃を立てる。正妃を差し置いて第二妃とともに回ることはないだろう。しかし王に愛されている自信のある第二妃は、どうやらそれが面白くないらしい。


 第二妃はしばらく黙り込んでいたが、やや不満そうに「陛下がご一緒でなくでもすべての教室を回るわ」と言った。

 それから気分がすぐれないと言って立ち上がると部屋を出て行く。

 ぱたりと部屋の扉が閉じると、フェリクスが疲れたように息をはいた。


「すまないね。母上はどうも、子供じみたところがあって……本当に、困ってしまうよ」


 それは、昔から第二妃のことを知っているような口ぶりだった。彼の母親なのでそれは間違いないのだが、記憶喪失のフェリクスが言うには変に聞こえる。

 フェリクスが気を取り直したように、中庭に行かないかとオルテンシアを誘って、彼とともにゆっくりと秋の花が咲きはじめた中庭を一周した後で、オルテンシアは帰途に就いた。


(婚約してから過ごした時間は一応それなりにあるはずなのに……フェリクス様が第二妃様とあんな風にしゃべるのは、はじめてみたわ)


 まるで、フェリクスは母親のことを煙たがっているような感じがした。


(お兄様も昔、お母様に反抗的な態度をとっていたことがあるけれど……なんだかフェリクス様のあれは、ちょっと違うみたいだった)


 フェリクスと第二妃の間には、オルテンシアが知らない何かがあるのだろうか。

 気になったけれど、なんとなく、踏み込んではいけないような気がした。


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