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学園祭の準備と違和感 2

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 土曜日――


 昼すぎに迎えに来た馬車に乗って、オルテンシアは王城へ向かった。

 フェリクスの部屋に入るのは子供のころ以来だ。子供のころと部屋の場所がかわっていて、子供部屋の倍以上の広さの二階の角部屋になっていた。

 城の使用人に案内されてフェリクスの部屋の扉を叩くと、侍従ではなくフェリクス本人が扉を開けた。


「いらっしゃい、オルテンシア」

「お招きにあずかり光栄にございます、殿下」


 微笑むフェリクスに淑女の礼で返すと、フェリクスがオルテンシアの手を取って部屋の中に案内してくれる。

 入って右側の壁には大きな本棚が三つもあって、隙間なく本が並んでいた。

 紺色と黒を基調とした部屋は落ち着きがあって、けれども、ところどころに明るい差し色があるからか重すぎない印象だ。


 白地に紺色の糸で緻密な刺繍が施されているカーテンが、本棚のある右側のあたりだけ日差しを遮るように閉められていた。どうやらこの部屋は日差しが強いようだ。本が傷まないように配慮しているのだろう。

 窓が多く風通しはいいので暑くはないが、窓から入り込む直射日光が当たらない位置にソファがある。オルテンシアがソファに腰かけると、フェリクスがベルでメイドを呼んでティーセットを準備させた。


「以前言った本はこれだよ」


 貸してくれると言っていた分厚い推理小説を本棚から抜き取って、フェリクスがソファの前のローテーブルの上に置く。

 帰るときに持って帰ってねと言われて、オルテンシアは分厚い本の表紙を撫でつつ礼を言った。フェリクスと物の貸し借りをするのはこれがはじめてだ。


 フェリクスが記憶喪失になった直後は、彼が別人になったようで戸惑ったけれど、今では穏やかに笑う彼にもすっかり慣れてきた。油断していると出てくる口説き文句にはまだ慣れないが、オルテンシアのことが好きだと全身で表現してくれるフェリクスは、正直なところ嫌いじゃない。


「オルテンシアのいれたお茶が飲みたかったんだけど、さすがにここではまずいだろうから、今日のところは我慢するよ。……あ、このチーズタルトは絶品だよ。食べてみて」


 フェリクスの薦めるタルトは、小さなタルト生地の上にたっぷりのチーズクリームと、ブルーベリーのソースが添えられているものだった。チーズクリームは甘みが抑えられているからさっぱりとしていて、タルト生地とブルーベリーソースの甘みもくどくなく、とても美味しい。


(フェリクス様とお茶をしながらおやつを食べるなんて、子供のころに戻ったみたいだわ)


 フェリクスもたくさん話をしてくれるし、オルテンシアの日常の些細なことも知りたがるので、話題に尽きない。

 正直なところ、オルテンシアは、フェリクスとこんな穏やかな時間をすごすことがあるとは、思ったこともなかった。


 オルテンシアが前世の記憶を取り戻す前――断罪されると思っていた前も、フェリクスとは一生冷めた関係なのだと諦めていたのだ。

 貴族の政略結婚なんてそんなものだし、ましてやフェリクスは王族だ。王族の正妃はとくに政治的な意味合いで選ばれることが多い。ゆえに王族は、政治のために決められた正妃のほかに第二妃、第三妃を置く。正妃は義務、愛する女性は第二妃以下に。オルテンシアもそれを知っていたから、フェリクスがオルテンシアと結婚後、第二妃、第三妃を娶るのは避けられないことだと理解していた。


 現にフェリクスの父である国王の寵愛は、正妃よりもフェリクスの母である第二妃に傾いているというもっぱらの噂である。別に正妃との仲が険悪と言うわけではないが、王と正妃の関係は、夫婦と言うよりは友人関係のそれが近い気がしている。


(一時は、フェリクス様とわたしも、陛下と正妃様のように恋愛感情がなくても友情でつながった関係になれればいいと思ったこともあったけど、そういえば、最近はそんなことも考えなくなっていたわね)


 前世の記憶を取り戻す前のオルテンシアは、自分に興味を示さないフェリクスに腹を立てて、そんな彼が他の女性に視線を向けるのが許せなかった。いつからそんな風に思うようになったのだろう。思い出せなかったが、なんとなく、オルテンシアはどこかを境にフェリクスに恋愛感情を抱くようになったのではないかと、最近では思っている。


 前世の記憶が混ざったからか、自分のことなのにそのあたりの感情が少し曖昧だが、そうでなければ説明のつかない行動を、過去のオルテンシアは何度も取っていた。


(嫉妬、怒り、……絶望……、フェリクス様がからむと『オルテンシア』の感情はとても複雑になったもの)


 でも、何を言っても、どんな感情を向けても、フェリクスのオルテンシアに対する態度は変わらなかった。良くも悪くも、無関心。彼がオルテンシアに向ける感情は平坦なままで、オルテンシアの中にはだんだん諦めが広がっていく。

 過去の自分を客観的に分析するのは少し不思議な気がしたけれど、もし、前世の記憶が融合する前のオルテンシアが今のフェリクスを見たら喜んだだろうか。


「来週の金曜の夜のパーティーだけど、どうする? 僕としては断りにくいところだから、少しは顔を出しておきたいんだけど」


 こんな風にパーティーの出欠を相談されたこともなかった。

 これまでのフェリクスならば、自分でパーティーの招待状を選別し、最低限のものだけを選別し、オルテンシアに連絡を入れる。オルテンシアの意見はそこに反映されなかった。


(……相談されると、嬉しいものなのね)


 オルテンシアの意見を聞いてくれるフェリクスの変貌に、胸の中が温かくなる。記憶喪失の影響だとわかっていても、オルテンシア個人を見てくれているようで嬉しかった。


「法務大臣のお宅ですからね。わたくしも、お伺いした方がいいと思います」

「よかった。じゃあ、当日は迎えに行くね。ついでと言っては何だけど、ほかにも招待状が来ているんだ。一緒に見てくれる?」


 オルテンシアはフェリクスの婚約者であると周知されているので、招待状は、すべてフェリクスへ届けられる。フェリクスに届く招待状には、フェリクスとオルテンシア、二人の名前が書かれているのだが、それについても、オルテンシアは今日初めて知った。彼に届けられた招待状を見たのははじめてだからだ。


「近いものから分けると……こんな感じかな。同日に開催されるものもあるからもちろん全部はいけないし、平日は学園があるから避けられるものは避けたいところだよね」

「殿下が外せないと思われるものはどちらですか?」

「これかな? 去年もいったと思うけど、公爵家主催のパーティーはどこも外せないし、叔父上のところも行かないとあとあとうるさい」


 叔父上というのは、第二妃の生家である伯爵家だ。欠席しようものなら、第二妃と叔父の両方から責められるという。


「それから、正妃様のご実家の侯爵家にも出席すべきだ。僕が行かないと、正妃様と母との間に確執があるのではないかと疑われる。それから父上が国として造船業に力を入れると発表し出資者を募ったから、それに関わっている家のパーティーにはできるだけ出ておきたい。数が多いから身分や出資金額の順番で選り分ける必要はあるけれど……」


 モンフォート国は島国だ。海を挟んだ隣国との付き合いはあるが、遠く離れた国との付き合いは薄い。国王は長距離を航海できる大型船の開発に力を入れて、貿易を広げたいと考えているらしい。

 フェリクスの話を聞きながら、オルテンシアはこれまで彼がどんな基準で出席するパーティーを選んでいたのかを知って感心した。


(すごくいろいろなことを考えて選んでいたのね。わたしが口を挟める隙はなさそうだわ)


 そう思いながら聞いていると、フェリクスが思い出したように一通の招待状を手に取った。伯爵家のもので、造船業に関わりがあるわけでも、国で要職についている人の家でもない。不思議に思っていると、フェリクスがにこりと笑った。


「ここはオルテンシアが興味があると思うんだ。ここの家の親戚が服飾関係の事業に力を入れていて、ほら、君の好きな若手のデザイナーがいただろう? 先月、彼女をこれまで勤めていた店から引き抜いて専属雇用したらしいんだよ。仲良くなっておくといいんじゃないかな。伯爵夫人は二十歳で年も近いから、話もあうと思うよ」


 仲良くなっておくといろいろ融通も聞くだろうと、フェリクスが茶目っ気たっぷりに笑う。

 オルテンシアはびっくりした。


(フェリクス様、わたしの好きなデザイナーを知っていたの?)


 いったいどこで情報を仕入れたのだろう。少なくとも、フェリクスが記憶喪失になってから、オルテンシアはドレスを新調していない。彼の言うデザイナーのドレスを多く注文していたのは去年からこの夏前までだ。秋以降はオルテンシアは自分が追放されると思っていたし、フェリクスの記憶喪失でバタバタしていて、まだ新しい注文は入れていない。


「去年ぐらいからよく着ていただろう? 今年の春以降はドレスの雰囲気は変わったけど、デザイナーは変わっていなかったはずだし」

(去年から……?)


 フェリクスの言葉に微かな違和感を覚えつつ、オルテンシアはぎこちなく頷いた。

 フェリクスは笑って「じゃあ、ここは参加決定だね」と、参加を決めた招待状の束の上に封筒を置いた。


 今届いている分の招待状を分け終えて、フェリクスは参加する日程を紙に書きだしてオルテンシアに渡してくれる。

 パーティー用に装飾品を贈りたいなと言われてまた驚いたけれど、断る理由はないのでありがたく頂戴することにした。


(フェリクス様とこんな話ができるなんて、本当に不思議)


 パーティーの話を終えると、また話は他愛ないものに戻って、出されたお菓子が底をついたころのことだった。

 コンコンと部屋の扉が叩かれて、フェリクスが許可を出す前に誰かがその扉を押し開ける。


「やっぱり、オルテンシア様がいらしていたのね」


 そう言って顔を出したのは、フェリクスの母の、第二妃だった。




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