学園祭の準備と違和感 1
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昨年の再現度がたりなかったからなのか、王城のパーティー後も、フェリクスの記憶に変化は見られなかった。
文化祭の一か月前になり、各クラスで、本格的に準備がはじまっている。
二学期がはじまってすぐに、出し物を何にするのかは決まっていた。オルテンシアが在籍するクラスでは、オルテンシアの身分が一番高いので、必然的にクラス代表は彼女になる。
しかし、生徒会長ベルトランが全体集会で発表したように、今回の文化祭の出し物で人気投票を行うこと、一位になったクラスには特別国王からお言葉がいただけることから、国王と面識のあるオルテンシアよりも、ほかの学生の方が盛り上がりが大きい。
そのため、クラスの出し物を何にするかと言う点において、オルテンシアは自分の主張は控えることにし、ほかのクラスメイトの意見を尊重することにした。
その結果、オルテンシアのクラスはカフェをすることになった。
美術の展示だと興味のあるなしが大きく分かれて点数が入りにくいし、演劇にしてもそう。一番無難に、なおかつまんべんなく票を集められるのではないかという理由でカフェになったのだ。
カフェと聞くととても人気な出し物で、それだけで票が分散するように思うが、今回の文化祭に特別ルールが採用されたため、今回はカフェなど飲食店の出し物は極端に減ることが想定される。そのため、競合も少ないだろうというのがクラスメイト達の見立てだ。
というのも、これまで、文化祭を行う上で、料理人などを外部から入れることは許可されていた。そのため、学生たちは自分たちで料理をしたりお茶を入れたりすることはなく、外部の人間を雇い入れて、自分たちは企画を立て命じていればいいだけの立場だったのだ。
しかし、今回の文化祭の特別ルールで、外部から料理人などを入れることは禁止された。投票に公平性を持たすという意味で、すべて自分たちの手でまかなわなくてはならないことになったため、貴族の子女たちには、出し物で飲食店を選ぶハードルが上がった。なぜなら食事は料理人かキッチンメイドが、お茶はメイドか侍女かが用意する家庭で育つ貴族の子女たちは、料理やお茶出しを経験したことのない人間が多い。
もちろん、子爵家や男爵家など、ほかの貴族の子女に侍女として仕えることを希望している子たちもいる。学園の選択科目には、そういう子たちのために侍女コースもあるほどだ。だから、お茶の入れ方は彼女たちから教わることができるので、まだいい。
問題は料理である。しかし、オルテンシアのクラスには、幸運なことに料理経験者がいた。
クラスメイトがカフェを選択したのは、料理経験者である男子生徒の存在が大きい。
男爵家出身の彼は、母親が平民で、大きな商家の出だという。手広くいろいろなものに手を出している母方の実家は、飲食系の店もいくつか持っていた。三男で家も継げなければ、父と同じように騎士になる才能もなく困っていた彼は、母から、自分の実家の事業に関わってはどうかと勧められたらしい。母親には一人兄がいるが、兄の二人の子だけでは、商売を横に広げすぎたために人がたりないのだそうだ。そこで白羽の矢が立ったのが彼だったが、将来に不安を感じていた彼は、その話に食いついた。
貴族の中には事業に手を出している人間も多い。彼は母に交渉し、母やの実家の事業の内、飲食店の経営権を譲ってもらうことに成功したという。学園を卒業後、経営にすぐに携われるように学んでいる彼は、その過程で料理にも興味を示し、今ではよほど凝ったものでない限りは何とかなる腕前だという。
卒業後、特に力を入れようと考えているのが、スイーツ関係の店だそうで、彼の頭の中には様々なメニューの構想もある。卒業後のデモンストレーションの気分でもあるのか、彼もずいぶんやる気で、お茶と一緒に提供する料理は彼に任せておけば大丈夫そうだった。
教室にはキッチンがないので、料理を作るにはキッチンを確保する必要があるが、文化祭当日は食堂が閉められる。食堂のキッチンを借りられるかどうかの交渉はオルテンシアに委ねられたが、誰も希望者がいなかったようで、生徒会に申請に行ったその日にすんなりと許可が下りた。
むしろベルトランなどはカフェと聞いて非常に興味を示した。クッキーなどをラッピングして販売することにした一年生のクラスはあったが、飲食店をするのは今年はオルテンシアのクラスだけらしい。
文化祭の成功に将来の自身の出世の道がかかっているベルトランは、たった一つだけしか存在しない飲食店が文化祭の賑わいに大きくかかわってくると主張し、何としても成功させてほしいと言い出した。ちゃっかりしている。
当日のお茶入れとお茶出しは侍女コースの女子たち、料理は男爵家の男子率いる、数名の男子たちに任せて、それらに関わらないオルテンシアたちは、当日の衣装の作成や、教室の飾りつけの担当だ。
文化祭で使っていい費用は上限が決められているので無駄遣いはできないが、給仕係の服は安物を買って刺繍などを入れて加工し、テーブルクロスはベルトランに申請して食堂のものを使わせてもらうことになった。少しズルをしたかもしれないが、美術の展示をする学生が、学園の絵の具を自由に使っていいのと同じようなものだ。たぶん。
そうして、オルテンシアは放課後、購入した服にチクチクと刺繍を刺すのが日課になったのだが――その結果、フェリクスとともに下校することが決まったのは、本当に謎だった。
「当日、オルテンシアは給仕をするの?」
王家の馬車にフェリクスと一緒に乗りこむと、彼は興味津々な顔で訊ねてきた。
オルテンシアが放課後に残ると聞いたフェリクスが、夕方遅くにオルテンシアを一人で帰宅させるのは心配だと主張し、一緒に帰ることになったのだ。オルテンシアも馬車通学だったのだから、危険などあろうはずがない。だが、フェリクスはすでにシャロン公爵家に話を通してしまっており、オルテンシアとフェリクスが仲良くなったと盛大に誤解している両親は二つ返事で許可を出したのだ。オルテンシアに拒否権はない。
「いえ、わたくしは裏方です」
オルテンシアが裏方に回ったのは二つの理由がある。一つは、公爵令嬢で第一王子の婚約者でもあるオルテンシアに給仕をされると、下位の貴族階級出身の人たちが萎縮してしまうから。もう一つは、全体集会であれだけの注目を集めてしまったため、良くも悪くも野次馬が集まりやすくなり、オルテンシアが給仕をすると、カフェの運営に支障をきたすだろうからだ。
「そうか。……少し残念だな」
「残念、ですか?」
「うん。オルテンシアにお茶を出してもらう機会など、そうそうないだろう? だから、楽しみにしていたんだが……」
「よくわかりませんが……お茶くらいなら、いつでも出ししますよ?」
フェリクスがオルテンシアにお茶を出してもらいたがる理由はわからないが、彼が望むならいつでもできることだ。オルテンシアが言うと、フェリクスが驚いたように目を見張った。
「君が? 本当に?」
「お茶くらい出せます」
これはオルテンシアというより、前世の記憶のおかげだが、お茶の入れ方くらいはわかる。
「いや、そうじゃなくて……その、少し意外だったというか……」
嫌がると思っていたと言われて、オルテンシアは首を傾げる。
「別に嫌ではありませんけど、ただ、侍女が入れたお茶の方が何倍も美味しいと思いますよ」
お茶の入れ方ならわかるが、侍女たちのように、蒸らし時間だの、お湯の温度だの、それぞれの茶葉にあうミルクだのに詳しいわけではない。高級な茶葉を使い、洗練された人が入れた紅茶を幼いころから飲み続けているフェリクスのお眼鏡には到底かなわないだろう。あまりおすすめはできない。
フェリクスは不思議そうな顔をしていたが、「じゃあ、今度頼むことにするよ」と小さく笑う。
「殿下のクラスは何をなさるんですか?」
そう言えばまだ聞いていなかったなと訊ねると、彼は肩をすくめた。
「バザーだそうだ」
「バザー?」
「各々、家から不用品を持ってきて販売することになった。手間もかからないし、準備も少なくていいとからね。ただ、僕が城から不用品を持ってくるのだけは生徒会に却下されたけど。公平性を欠くと言われてね」
確かに、王子の私物が出品されたら、それを求める人でごった返しそうだ。王子の私物などそうそう手に入るものではないからである。計り知れない価値のある王子の私物を、文化祭のバザーに出せば、断トツで人気になるのは間違いない。フェリクスのクラスメイトは残念だろうが、公平性を考えるなら却下されてもおかしくなかった。
「だから僕もあまりすることがなくてね。僕も学生である以上、まったく関わらないのは問題だから、当日の展示の方法などをクラスメイトと話し合っているよ」
より注目を集めるにはどうすればいいのか、考え出すとこれが意外と面白かったらしい。
(それにしても、身分を理由に逃げられるのに、学生だから関わるべきだって言うところは、変わらず真面目なのね)
オルテンシアは思わずクスリと笑う。記憶喪失でも変わらない部分はあるようだ。
馬車がシャロン公爵家に到着すると、馬車を降りようとするオルテンシアの手を、フェリクスがきゅっと握った。
「オルテンシア、週末にでも城に遊びに来ないか?」
オルテンシアは目を丸くした。まさか、フェリクスが用事もないのにオルテンシアを誘うとは思わなかったからだ。
だめ? と小首を傾げられて、オルテンシアの頬に熱がたまる。
「いえ……予定もございませんから、お伺いいたします」
「よかった。じゃあ、当日は馬車を迎えに行かせるよ」
そう言って、フェリクスが実にさりげなくオルテンシアの手の甲にキスを落とす。
オルテンシアは真っ赤になった。
どうしよう。これではまるで、恋人同士のようではないか。
恥ずかしさのあまり急いで馬車を降りると、フェリクスが馬車の中から手を振ってくれる。
「じゃあ、また明日」
「……はい。また、学園で」
フェリクスを乗せた馬車が走り去ると、オルテンシアは頬を押さえたまま玄関をくぐる。そして、そこに立っていた両親を見てギョッとした。
「お父様、お母様、何をなさっているんですか!?」
まるで聞き耳を立てるかのように立っていた両親は、悪びれもせずににこにこと笑う。
「仲良しさんでいいわねって、ねえ、あなた?」
「うむ」
「…………」
これまでオルテンシアとフェリクスの関係にちっとも興味がなさそうだったのに、仲良くしはじめた途端これである。
オルテンシアが半眼になっていると、父は満足そうに口髭を撫でた。
「殿下も成長なさったのだろう」
「どういう意味ですか?」
意味がわからず首を傾げたが、父はにやにやと笑いながら「男同士の秘密だ」とこれまた不可解なことを言って、母とともにダイニングへ消えて行った。