叔父さまはこんな方でした その9
青年はにこにこと微笑みながら、男に残酷なことを宣告します。
「だけど僕はこれから結婚だろう?新婚のときに当主なんてやってられないからね。まだ二人で遊んでおきたいんだ。それにあんたのせいで当主になるのも馬鹿らしい。だからね、とりあえず父上が当主の間は、あんたには鉱山にいて貰うことにしたんだ」
鉱山を出されたとき、それは恩赦ではない。
おそらくこの青年に──。
愚かな頭でも言葉に含まれた意味を理解出来た男は、青年の威圧に負けてついに服を濡らしてしまいました。
「あぁ、そうそう。次期当主として、すでに一部の権限は譲渡されているんだ。犯罪者の管理は僕の管轄だから、安心して僕にその身体を預けてくれるといいよ」
にこにこと笑う青年が悪魔に見えた男は、気付いた事実に驚愕しておりました。
本当の悪魔とは、こういう男のことを言うのだと悟ったのです。
それは兄などまだまだ可愛いものだったのだ、という気付きでもありました。
すると急に兄に会って懺悔したくなった男でしたが、もはやこの青年がいる限り、兄と会うことは叶いそうにはありません。
男はとうとう現実を見たのです。
しかしせっかく現実を直視した男の目は生気を失い、生きる屍のような状態でした。
「やっと分かったようだね。あぁ、嫌な仕事だった。せめて家族想いなら良かったんだけど。この手の人間の相手は慣れない」
男の目に僅かながらの力が戻りました。
希望が、それはもう豆粒より小さな希望でしたが、それを感じたからです。
「そうだ!妻は何をしている?娘たちもどうなっているのだ?」
「今さら家族を気にしたって無駄だよ。誰もあんたを気にしていないし、縁を切って良かったとも言っている」
「それは流石に嘘だろう?妻も娘たちも私を救いたいと泣いているのではないか?家族から兄に頼んで貰えば情状酌量も──そうだとも、せめて刑期を改めるよう娘たちから兄に──」
兄が姪に甘い男であったことを男は思い出しました。
しかしやはり、もう無駄なのです。
「見苦しい様は見たくないんだ。もういいよ、連行して」
「はっ!」
猿轡をされたのち、毛布でぐるぐる巻きにされて、屈強な男に担がれる形で、男は牢から運び出されていきます。
毛布で巻かれたのは、誰も汚れた身体に触れたくなかっただけです。
それから馬車の荷台で荷物として揺られる間、物理的に声が出せなくなりましたので、男は心中で叫び続けていました。
けれどもその内容は、今まで牢内でしていたときとはがらりと趣を変えています。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
私は鉱山送りになるようなことはしていない。
ただ少し兄の名を借りただけではないか。
私の名では貸し渋った奴らが悪い。
それに兄にとっても悪い話ではなかったはず。
あの田舎では資金が足りず困っているだろうからと援助を取り付けてやっただけだ。
その一部を借金の返済に当てただけではないか。
仲介手数料だと思えば、何も悪いことはしていないだろう?
借金だって領地のために資産を増やそうとしてやっただけなんだ。
それくらいでどうしてこうなった?
兄はいつも許してくれたではないか。
そうだ、いつも……兄上の顔が思い出せない。
だいだいいつの間に離婚していたんだ。
妻は私を愛していたはずではなかったか?
確かに喧嘩はしたが、他の貴族だって同じことをしているのに責めるあいつが悪いのだろう?
貴族の妻としては目を瞑るところのはず。
商売女と遊んだくらいで目くじらを立てるな。
家に帰らないからなんだ。
男には付き合いってものがあるんだから、黙って受け入れてくれればいいものを。
あんなに怒るから、帰りにくくなってしまったではないか。
やはりあいつが悪いな。
それにそっちの無駄な茶会こそ、やめたらいい。
馬鹿みたいにドレスだの宝石だのと金を掛けやがって。
買ってくれなくなった?
確かに昔は買ってやっていたけれど。
昔は……いつから一緒に出掛けなくなったんだ?
妻の昔の顔しか思い出せない。
娘たちもなんだ。
薄情過ぎはしないか?
向こうから縁を切っただって?
今まで育ててやったのは誰だと思っている?
今まで……あの子たちはどうやって育ったのだろう?
娘二人の顔がひとつも浮かんで来ない。
確かに抱いた産まれたばかりの長女の顔さえ、思い出せない。
後悔は、現実の受け止めがはじまってから生まれるもの。
やっと男は、反省というものに手が掛かる寸でのところまできていました。
このあと男が心から反省出来るか、否か。
それは男次第となるのでしょうか。それとも──。
残念ながら辺境伯当主の弟であったこの男のその後の歩みは、辺境伯領内のどの記録にも残されておりません。
当時の辺境伯がそうしたのは、記録に残す価値がなかったのか、あえて消したのか、あるいは──。
過酷な労働の最中に男が少しでも更生の道を歩めたことを祈るばかりです。
別の番外編も考えていますが、一度ここで完結とします。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。




