叔父さまはこんな方でした その8
青年は、男が現実と向き合わないために考えないようにしていることを、わざわざ説明してきます。
「王家の鉱山で、平民の死体なんて管理して貰えないだろう?こちらからお願いするのも負担になるし、人を回すのも馬鹿らしい話だ。それにさ、おじさんがまた辺境伯家を騙って、人に迷惑を掛けるとも考えられる。だからね?」
青年の声が低く沈むと、口角は随分と上がっていきました。
「自領の鉱山で働かせることに決まったんだ。父上は泣くと長くてうざいからねぇ」
「……うざい」
ひととき若者言葉に戸惑いを見せた男でしたが、兄は息子からこのような扱いを受けているのかと知ったことで、長く胸につかえていたものがほんの少し軽くなった男なのでした。
すると途端に若者らしくなった青年に対しても、恐れる気持ちが薄らいでいきます。
兄の息子として認識したことで、親近感が湧いたせいかもしれないと男は考えました。
しかし実はそれは青年が殺気を止めたというただその理由だけだったのです。
鍛錬をすぐに投げ出して長年何もしてこなかった男には察することも出来ませんでした。
「兄に会わせてくれ」
泣いたと聞いて希望が見えた男は懇願します。
兄と話しさえすれば、許される未来が男にはまだ見えておりました。
それを青年は鼻で笑います。
「本当に愚かだねぇ。あんたはもう父上には会えない」
「私は弟だぞ?弟の私が会えぬ理由はなかろう!」
「だから除籍されたんだってば。あんたはもう父上とは他人。僕とも他人。もうあんたには身内なんていないんだよ。妻とは離婚済みで、娘たちからも縁を切られているんだから」
「なに?離婚だと?」
男は眉を顰めて聞き返します。
どれだけ人の話を受け入れないようにしてきたのでしょうか。
さすがに青年の方も、眉を顰めておりました。
「おかしいなぁ。少し前にサインしているはずなんだけど」
「サインだと……まさか、あのサイン!私を騙したのか!」
「はぁ?」
「サインすればすぐに釈放されると、そう言われたから私は──」
青年ははっと鼻で笑うと、男の相手をした人間を労うのです。
「僕らの指示ではないけれど。余程おじさんがうざかったんだろうねぇ。嘘を付いてでも早く終わりにしたい気持ちはよく分かるよ」
「分かるとはなんだ?私は騙されたのだぞ?」
「人を騙してきたのはあんたも同じ。手紙を書き過ぎたね?」
青年がふふっと笑ったとき、また牢内の空気が張り詰めていきました。
男は声が出せなくなります。
「僕はね、王都で何を言われたって気にならないんだ。羽虫が騒いだところで何だって話だよねぇ。でもね、僕には大事な大事な婚約者がいるわけだよ。しかももうすぐ結婚するんだ。そうすると彼女は辺境伯家の一員となるわけで。これがどういうことか、分かるよねぇ?」
男は何も分かりませんでしたし、そしても声も出せませんでした。
「王都の愚かな貴族たちが、辺境伯家を悪く言うってことは。僕の大事な大事な可愛い可愛いあの子が馬鹿にされていることになる。信憑性のない噂を信じ、それを吹聴していた愚かな奴らも許せないが。その元凶を作ったのは誰なのかな?」
「ひっ」
「僕はいいんだよ。あぁ、大事な姉さまを悪く言っていたことは許せなかったよ。でもね、姉さまはさ、明るくてかわいい人だから。遠くの声どころか人の話を聴かないし。それに姉さまには、助けてくれる人が他にいたからね。だから僕は動かなかった」
男は青年が何を言っているか、何ひとつ分かっていませんが、ただただ恐ろしく感じていました。
「でもねぇ、姉さまも嫁いでしまったし、今度は誰が噂の標的になるかと考えたんだ。するともう、僕の大事な大事な可愛い可愛い可愛いあの子のしか残っていないだろう?明るくてかわいいところは姉さまと同じだし、気にしない子だって分かっているんだけど。僕が嫌なんだよ。ねぇ、分かるよねぇ?」
「ひぃいっ」
「僕の大事な大事な可愛い可愛い可愛い可愛いあの子が、知らないところで悪く言われているなんてどれだけの屈辱か。ねぇ、おじさん。どうしてくれるのかな?」
男は悲鳴さえ出なくなってしまいました。
間に頑丈な鉄格子があるのに、それが自分を守ってくれる気がしなかったのです。
だから男はじりじりとお尻と足を使って後ずさります。
「辺境伯家がこんなゴミを飼っていると思われたくなかったから、僕は斬首刑でいいと言っていたんだ。でもねぇ、父上がうるさくてうるさくてうるさくて。あんまりにもうるさいから、砦に押しやって、隠居して貰おうかなとも考えていたくらいだ」
男は辺境伯領を長く離れ過ぎていました。
すでに男が知っていた頃とは、権力の情勢が大きく変わっていたのです。




