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【完結】あなたを愛するつもりはないと言いましたとも  作者: 春風由実
番外編

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叔父さまはこんな方でした その5


 王都に向かう馬車の中で、新婚夫婦は盛り上がっておりました。


 いかにして王都で兄の評判を下げ、他家を味方に付けるか。

 そうです。はじめて二人は兄に成り代わり、辺境伯になろうと画策を始めたのでした。


 しかし男と妻は、しばしこの策略を忘れます。

 王都という、辺境伯領とはまるで違う環境に、すっかり魅了されてしまったからです。


 二人とも一度は足を運んだことがある場所でしたが、当時は親やお目付け役と共に過ごしていたので、その魅力に憑りつかれるほどの自由はなかったわけです。

 それが完全に自由となれば……二人は煌びやかな暮らしに夢中になります。

 それは妹が亡くなったと聞いても帰らないほどに。


 そして王都で二人の娘が生まれました。


 姪を見せよと煩く手紙が届くので、男は夫人に娘を連れて領地へ帰るよう頼みます。

 自分には役目があるからと説明しましたが、男はもう領地に帰ることが怖くなっていたのです。


 それはどうせ一月も掛かる距離で葬式にも間に合わないからと妹が亡くなっても帰らなかったことが起因しておりました。

 男の身体には幼い頃に重ねた経験によって逃げ癖がしっかり根付いてしまったのです。


 それは妹がもういないという現実を避ける意味と、亡き妹のために動かない薄情者として領地に戻れば罵られるのではないかという恐怖からの逃避、その二つで成り立っておりました。


 一度逃げると、そこに戻ることは難しくなります。

 ですから兄から当主命令を掲げられたときだけは、渋々と、それはもう時間を長く掛けて帰り、領地では嫌々と一泊、二泊、それから急いで王都に戻ってきたものでした。

 こんな様子でしたから、近年は兄も弟を呼び出さなくなっていました。

 本当は会って長く話したいと思っているのですが、会うたび見られる余所余所しさに泣きたくなるので避けたのでしょう。

 逃げ癖といえば、この兄にも根付いていたと言えるかもしれません。


 

 そしてこの夫人と長く離れる経験は、男にさらなる逃げる人生を提供してしまいました。

 戦と無縁の土地であり、王国の中心でもある王都では、人も集まり、物も集まり、あらゆる文化が発展していましたが、その分娯楽も多く、誘惑の多い場所です。

 男は一人になって羽目を外し過ぎました。



 そんな男に夫人も愛想を尽かして、関係が冷え切った夫婦は、それでも共通の敵として辺境伯夫妻を認識することで何とか繋がって、夫婦関係を続けていきます。

 それでも言い合いが絶えず、男は屋敷から逃げるようになり、二人は顔を合わさずに暮らすようになります。

 こんな二人が子育てに力を入れるはずもなく……。



 そして落ちに落ちた先で、男はとうとう逮捕されました。



 当主であるだけで戦を抑える力を持つ、実績ある当代の辺境伯です。

 これを陥れて成り代わろうとする計画は、考えるだけでも、国を揺らがす危険思想と受け止められるものでした。


 だから王家が動いたのです。

 しかしまだ男は、牢にあっても自分の置かれた状況を理解出来ておりませんでした。


「もう伯に甘えさせませんわ。現実を見なさい」


 辺境伯夫人にはっきりと言われていても。

 男は今まで通り現実を受け止めることから逃避します。


 そしてここにいない遠くの兄へと怒りをぶつけるのです。

 それはもはや時間的にも遠く、過去の兄に対するものでした。


「私がいつ兄に甘えたと言うのだ!幼い頃から私がどんな想いをしてきたか!」


 見張り役の騎士がうんざりした顔で聞いていますが、そんなことはお構いなしで現実逃避から出た憤りの言葉が続きます。


「兄は辺境伯を名乗るに相応しい男ではないのだぞ!幼い私を虐待した悍ましい悪魔だ!あんな男が辺境伯などをしていたら、この国は終わってしまう!」


 この男が何か間違えて辺境伯になっていたら、それこそこの国の危機だっただろうな。

 と、見張り役の騎士は思うのですが、これ以上喚かれたくはなかったので、口を噤んでおりました。


「少なくとも!私は兄より賢かった!だから私の方が辺境伯に向いている!」


 今となっては、それも怪しいものです。

 この男が学問を放り投げたあとも、兄は苦手な座学も頑張って続けていたのですから。

 それでも今も領地経営についてはちょっと怪しい辺境伯ではありますけれど、それは彼の人望の厚さと、周囲の人間のサポートでなんとかなっている次第。

 もはや領地に男の出る幕はどこにもありません。


「私が──!私の方が──!」


 見張りの騎士たちは交代のたびに互いを労い、この苦痛もあと少しだと励まし合っておりました。

 そしてようやくこの不快な男の叫び声を聞かなくて済むときがやって来ます。







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