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叔父さまはこんな方でした その4


 でもそんな彼らですが、領地にいる間に、兄に代わって当主になろうなんて具体的な計画は立てられませんでした。

 ただ二人だけの世界で、自分たちの方が当主夫妻に相応しいのに!と言い合っていただけです。


 そんな折、妹もまた恋をします。

 こちらもまた視察に出向いた砦での恋でしたから、兄も妹も仕事中に何をしているのだろうと弟ながらに男は思っていたものです。

 自分は視察など行ったこともなく、文武どちらも落第点となった彼には、辺境伯家屋敷での雑用の仕事しか回って来ておりませんでしたから、兄や妹について何か言える立場にはなかったのですが。


 そんな男ですが、辺境伯家次男として順序を守っていたことがありました。

 兄の結婚を終えてから、二人は結婚式をして籍を入れることになっていたのです。

 ですからまだ、それぞれの実家にて過ごしておりました。


 若い二人ですから、早く結婚して二人で暮らしたいと望んでいたものです。

 しかし兄の相手が問題でした。

 砦を守る重要な役割を担っていた彼女をすぐに呼び寄せることは出来ず、人員の調整に時間が掛かっていたのです。


 当時は、隣国との小競り合いが長く続いていた頃でした。




 仕方ないと諦めていた男たちでしたが、ここから憤る出来事が続きます。


 まず妹が先に結婚すると言い出したのです。


 妹は領地経営において主に農業の発展に携わっておりました。

 砦を守る騎士たちへの食料安定供給のために、以前から砦の近場での農地改革を提案しており、結婚してそれを実現しようとしていたのです。

 それなら早い方がいいでしょう、というのが妹の主張でした。


 男はこれに対し、兄を差し置いてなんてわがままな、と思ってはいたものの、両親がこれを了承したため、ぐっと堪えて何も言わなかったのです。

 しかし兄は一人猛反対を示します。


 その理由は男とは異なるものでした。

 妹を奪われたくない。屋敷を出て行かないで欲しい。と言っているのです。



 突然始まった兄と妹の世紀の大喧嘩にも、男は静観を貫きます。

 というより、手も口も出せなかっただけなのですが。


 長引いた喧嘩は、兄が当主の座を譲り受けたところで、戦況が変わりました。

 両親が砦に向かい、入れ替わるように兄の婚約者がやって来る、その一連の流れとして当主交代が行われてしまったのです。


 兄妹喧嘩の最中に当主の座を譲る両親もどうかと思われるのですが……。



 兄は周囲が思っていた通り暴走をはじめました。

 当主命令で、妹の結婚を先延ばしにしてしまったのです。


 その理由として、当主交代をしたばかりで手が足りず、妹がそのとき手を付けていた仕事の引継ぎが完了していないから、という尤もらしい話をしていますが……当然妹は反発します。


 そうして喧嘩はなお長引き、このままでは勝手に出て行きそうだというタイミングで、兄がまた暴走しました。

 今度は当主命令で砦から妹の相手を呼び付けてしまったのです。


 当主の妹の相手となるならば、邸で学ぶ時間が必要だ。

 またしても尤もらしい理由を付けておりましたが……妹はしばらく兄と口をききませんでした。

 怒りもありましたが、恋人が側にやって来てしまったら兄の相手などしていられないというものです。


 その寂しさから、兄は暴走を続けます。

 まずは自分の部屋の横並びに、妹夫妻の部屋を用意しました。

 妹に知らせずに勝手に部屋を改装して、そのうえ妹がいない隙を狙って、妹の当時の部屋から勝手に家具を運び入れるよう指示した兄が、妹にきつく叱られたのは当然のこと。


 しかし兄として、この暴走は失敗でもありました。

 これで毎日顔を合わせられる、話も出来ると目論んでいた兄でしたが、結婚せずして用意した部屋を二人で使えるはずがありません。

 これを利用して、妹は兄に結婚を了承させました。


 そのうえ、隣の部屋にしたことで兄は余計に苦しむことになります。

 偶然を装って妹が部屋を出て来たタイミングで自室を飛び出してみても……刺さる冷たい視線に兄は何度泣いたか分からないということです。

 彼の目論見はすべて外れたと言っていいでしょう。




 そろそろ、辺境伯家の次男であった男に話を戻すとしましょうか。

 ここが男の二度目の転機になります。


 男と、まだ婚約者だった夫人は、この部屋の配置に大変な憤りを覚えていました。


 それは二人にとって、『兄は自分たち夫婦を差し置いて妹夫妻を重用することにした』という宣言に等しかったからです。



 兄としては溺愛する妹をなんとか手元に残そうと必死で、もう砦には行きたくないと言ってくれないかと、そんな思惑を持って勝手に動いたことなのですが。


 それでまさか、同じく溺愛する──彼自身はそのつもりだった──弟に逃げられることになるなんて思いもよらないことだったのです。


 兄はちゃんと弟夫妻についても考えておりました。


 弟は自分たちの結婚を待って結婚することに対し何も言って来ませんが、きっと待たせている、兄を想い律儀に待ってくれているのだ、と捉えた兄は、お詫びとお祝いを兼ねて、当主家が保有する爵位のひとつ──おそらくはじめは子爵など──と、近くに建設中の屋敷を二人に贈る予定で動いていました。


 兄として良かれと思い、隠していたことが仇となります。


 それは兄にとっては晴天の霹靂。


 弟に王都に行きたいと願われたその日、兄は人生最大の絶望を味わっておりました。

 もちろん、その当時における最大、という話です。


 妹だってまだ砦行きを諦めてくれていないなかで、今度は弟がもっと遠い王都に行きたいなんて。


 兄は当然猛反対しましたが、最後は折れることになります。

 というのも、「ならば縁を切り出て行く!」と妹さえ口にしなかったことを弟に叫ばれてしまったから。

 妹にいつか言われたらどうしようと怯えていた言葉を、先に弟から聞くことになるなんて……このときの兄の絶望は計り知れません。


 そんなこんなで弟が出て行くことになったせいで、妹はまだ屋敷に残ることになりました。

 兄の落ち込み様を見ていられず、また重なる兄の暴走に領地の未来に一抹の不安を覚え、未来の辺境伯夫人が本当の義姉となるまでは自分が側で支えようと考えたからです。

 そしてその夫は隣国との情勢を見て先に一人で砦に戻り、帰らぬ人になるのですが。

 それはまた別の話として。



 男は新婚の妻を連れて、ひと月と少しののち、王都に入ります。





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