お父さまは大変です その1
あの懐かしい部屋で、まだ若き父親が、同じくまだ幼い娘と、向かい合っておりました。
「聞いてしまったか」
「……はい」
「……そうか」
渋い顔をした父親はそれからしばらく沈黙しておりましたが、やがて強張った顔のままに言いました。
「これからもお父さまはお前のお父さまだからな?」
「はい。お父さまはお父さまです」
「うん」
さてさて。
ここに大きな誤解が生じておりました。
父親はこれで娘に実の母親についての真実を伝えたつもりになっていたのです。
まさか娘が弟の子である姪たちに間違った事実を吹き込まれているとは知らず。
本当は妹の子であるともう知っている前提で、娘と話したつもりでした。
こんなときに限って、娘の心の声は外に漏れなかったのです。
ひっそり忍び込んだお気に入りの部屋に、突然父親が現われたものですから、見付かった後にそうしても無駄であるのに、息を顰めようとしていたせいかもしれませんね。
二人の会話がすれ違っていることに娘の母親と弟は、早々に気付いていました。
そんな二人は自然の流れで、父親の説得を試みます。
しかし彼は、「すでに伝えた!」と言い殴り、取り合わないのでした。
それでも二人は説得を続けましたが、父親は「もうその話はしないでくれ!」と言って、毎度その場から逃げ出してしまいます。
家族のことに関しては、とても心の弱い当代の辺境伯でした。




