77.侯爵夫人として仕事の予約が入りました
鍛錬前はいつも笑顔がきらきらしていたエリクお兄さま。
鍛錬を終えたあとは、不思議と姿を消してしまい、見えなくなってしまうエリクお兄さま。
懐かしいですねぇ。
エリクお兄さまが領地から出て行かれ寂しく思っておりましたところに、ここにいる二人が同時期にやって来たのでした。
遊び相手が増えたことに、私はとても喜んでいたことを思い出します。
ジンの性別を勘違いした件から、何故か皆様口を揃えて「女の子と遊ぶときは相手に合わせるように」と言うようになりました。
それ以来、男の子相手にしか、私の遊びには誘うことはなくなったのですが。
そう考えると、ジンが男の子で良かったのかもしれません。
その後も沢山の男の子が領地にやって来ていたものでした。
「気に入らん──まさか本気で妹にする気で考えていたのではあるまいな?」
「ちょっ。僕を睨むのはおかしいって。兄のことだから単に年下の女の子から呼ばれてみたかったとか──。あぁ、だから。僕を睨むのはやめてよ!僕は知らないってば!」
「唆されてはあるまいな?」
「僕にミシェルは無理だって!」
「無理とはなんだ!何故選ぶ立場にいる!」
「ミシェルだって僕は無理だよ。ねぇ、ミシェル」
「人の妻の気持ちを勝手に推し量るな!」
「えぇ~、なんて言えばジンは満足するのさ」
私が過去を懐かしく思い出しておりましたら、何故かジンとハルが揉めていたのです。
無理とは一体……?
考えていましたら、お母さまが助け船を出してくださいました。
「落ち着きなさい。わたくしたちからもあり得ないことですよ」
お母さまが強めに言うと、二人の会話は止まりました。
「それはそうだよ。ジン、よく考えてみて。王妃や王弟妃が心を秘められなくてどうする?」
王妃?王弟妃?一体何の話をしておられるのでしょうか?
「そこが素晴らしいところだ!」
「いや、悪いと言っているのではなくてね?ちゃんと聞いてよ?考えてみたら分かるでしょ?」
「嫌だ。少しの想像もぞっとする」
ジンに横から頬を撫でられました。
食事中に何をしておりますの?
「ま、そういうわけで。エリクお兄さまの子がそのうちこっちに来るからさ、しっかり鍛えてあげてね」
どういうわけかは分かりませんが、エリクお兄さまにはお子様が生まれていたのですね。
その前に結婚されていたことも知りませんでしたが。
そういうことでしたら。
「分かったわ!任せて!」
ここでジンが「何故ハルには敬語でないのか」と零しておりました。
そういえば、何故なのでしょう?
ハルには昔の面影が強く残っているせいかしら?
ジンは容姿もすっかり変わりましたけれど……そういえば口調も変わっていますね。
そうです。きっとそのせいです。
昔はもっと柔らかく、それこそ女の子のように、そうまさに天使の言葉で──。
ごほんごほんとジンがまた咳をします。
いよいよ心配になってきました。
「とにかく。私にも敬語でなくていいからな?」
「はい、分かりました」
あら?もう間違えてしまいました。
「まぁ、うん、それもおいおい──ハル、エリクお兄さまに言っておいてくれ。私が責任をもって子らを厳しく鍛えるとな」
「君ねぇ……。あの子たちのためにもやはり伯の方へ……いやぁ、あっちもアルがな……うん、どっちがマシなんだろうな?」
「あら、わたくしどもを選ばれました暁には、どちらがマシかと考えることが出来ないようご満足差し上げましてよ?」
「はは……今のはその……言葉の綾というものでね……あはははは」
ハルは大きな笑い声を上げながら、視線を泳がせ頬を掻いておりました。
それは最後のデザートを楽しんでいるときのことです。
今夜のデザートは、果物とクリームがたっぷり乗ったプリンでした。
そういえば、ジンはご褒美が欲しいのかしら?
ちらと顔を窺えば、口元を押さえて固まっておりました。
これはどちらでしょう?
私としましては、このプリンを死守したいところなのですが。
「おかわりはあるから、ひと──」
「さて、ミシェル」
ここで急にお母さまが声を大きく言いました。
叱られるのかと思って、自然に姿勢が伸びてしまいます。
「あの二人が大人しく寝ている間に話したいことがございます。お父さまの手紙のこと、それからあなたのご両親についてです。聞きたいですね?」
お母さまが寝ていると言うと、何か不穏な想像が働いてしまいますね。
扇で誰かが倒れて眠らされているときの──。
「ミシェル?」
「はい!お聞きしたいので、お話をお願いします!」
私はぴんと伸ばせる限り背筋を伸ばして、懸命に答えたのです。
しっかり聞きますとも。聞きますから。そんな凍えそうになる目で見ないでくださいませ。
こういう素敵な瞳は、横から見ているのが一番いいのです。




