70.じっと座ってはいられません
お母さまは私の視線を受けるとゆっくりと扇を開き、顔を隠して微笑みます。
不思議なもので、その目を見るだけで口元が笑っていることは伝わるのです。
「酌量の余地はあると言いましたよ」
「お母さま!」
「そんなっ。わたくしはもういいのです」
「生温い。他家からの処分を受けるだけで許されると思ったら大間違いですわ。各家と話を付け次第、わたくしの元であなたを厳しく鍛え直して差し上げましょう」
お母さまが厳しい言葉を掛けましたのに、レーネは泣き始めてしまいました。
ハンカチが濡れていきます。
「わたくしはおばさまの大事にしてきたミシェルお姉さまに酷いことを言ってきたのですよ?」
「だからこそです。わたくしから逃げることは許しません。いいですわね?」
レーネはこんこんと泣いておりましたが、お母さまにお任せすれば大丈夫でしょう。
私はほっと胸を撫で下ろしていたのですが。
「お姉さまが断るなら、わたくしを助けたらよろしいわ!」
ミーネが喜々として言うのです。
私にはミーネの気持ちがさっぱりと分かりませんでした。
どうやらお母さまにも、ミーネの気持ちは分からなかったようです。
「……何を言っているのかしら?」
「お姉さまがいいと言っているのだから、助けるのはわたくしにしなさいと言っているのよ!」
今度はミーネの先行きが不安になって、胸が苦しくなります。
「あなたには姉を苦しませた罪悪感はないのですか?」
「悪いことなんてしていないわ!お姉さまにお相手がいらっしゃらなかったから、譲って差し上げただけよ。それで訴えられたとしたら、お姉さまが悪いのでしょう?」
「あなたはもっと多く訴えられておりますわね?ならばあなた自身は相当に悪いということになるわ」
「それは違うわ!わたくしはあの男たちに騙されたのよ!本当は結婚したくない、妻と別れたい、そう言ったのはあいつらの方よ!わたくしは利用されただけだわ!」
「そのような言葉を囁かれる前に、淑女は婚約者や夫人のいる殿方に近付きません」
「相手がいるなんて知らなかったのよ!」
「相手のご令嬢やご夫人に、わざわざ挨拶をしていたと聞いているわよ?」
「知らないったら知らないわ!」
「いずれにせよ無知は貴族令嬢の恥です。あなたに手助けは致しません。平民として裁かれることね」
「いやよ!いや!わたくしはミシェルお姉さまよりも、お姉さまよりも、誰よりも素敵な人と結婚して、幸せになるんだから!」
駄々をこねる姿は、かつての幼いミーネと重なるのですが。
やはり完全には一致せず、知らない人を見る気持ちで眺めてしまうのでした。
ミーネが可愛く、「ミシェルお姉さま、遊びましょう」と言って、私の手を引いていた頃が思い出されると、胸が一段と苦しくなります。
どうしてこうなってしまったのかしら。
私が二人に何もしてこなかったことがいけなかったのかしら。
ジンと出会った後のことです。
女の子と遊ぶときには女の子たちの遊びに合わせるように、と教わっておりました。
けれども従姉妹たちに対しては、それではいけなかったのかもしれません。
そのように反省していたときでした。
「許せないわ。お姉さまだけ助けるなんて。ミシェルお姉さまが侯爵夫人だなんて……」
低くなったミーネの声と共に、ミーネの美しい手が背中に回ります。
明らかに気が変わりました。
こうなってしまっては、私が動かないわけにはいきません。




